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老舗企業、経営革新計画 承認企業に学ぶイノベーションの実際と重要性

経営革新計画・実践支援研究会 出版プロジェクト

1.  はじめに

ビジネス環境が急速に変化するなか、企業が成長し存続していくためには、社会の変化に適応してイノベーションを起こすことが鍵になる。「経営革新計画・実践支援研究会 出版プロジェクト」は、事例企業の分析を通して、イノベーションの実際と重要性を解き明かす書籍の出版を意図した。
そして、老舗企業6社、経営革新計画で躍進する中小企業7社の計13社を取り上げ、これらの企業におけるイノベーションの実際を取材し、各社の事例を分析した。
以下、第2章では13社の取材から解き明かしたイノベーションのポイント、成功要因を概説し、第3章、第4章で、13社中の一部企業の事例を紹介する。
最後に第5章で、中小企業のイノベーションにおける経営革新計画承認制度の意味合いを再確認する。

2.  イノベーションのポイント、成功要因

イノベーション(変革・革新)とは、顧客、自社、供給者など社会のいずれかを対象に、プラスの変化を与える新しい価値を、提供できるようにすることである。
取材した13社のイノベーションは、対象も、提供方法も、変化の程度もさまざまであった。また、各社各様の背景や道のりを経て、多様な変化を実現し、固有の成功要因があった。

① 老舗とイノベーション

老舗と呼ばれる長寿企業は確立した提供価値やその提供方法をもち、社会にブランドとして認知され、一見変化しがたい存在である。
しかし実際には、取材した6社いずれも、時代の変化を敏感に感じ取り、社長のリーダーシップのもとでイノベーションを企業運営に巧みに取り入れていた。むしろ、ブランドを劣化させないため、常にブランドを変化させる方向性を探っていた。
長寿企業は、確立した提供価値、ブランドを自ら変えるイノベーションに果敢にチャレンジすることで、環境変化を乗り越えて今日まで繁栄を続けていた。

② 経営革新計画 承認企業

新興の中小企業は、老舗のように事業やブランドが確立しているわけでも、大企業のように経営資源が豊富なわけでもない。
取材した7社は、変化する環境や顧客の声に価値提供の機会を見いだし、独自の提供価値や提供方法を確立する段階にあった。ニーズを取り入れて製品やサービスを開発し、シーズ由来の製品やサービスをニーズに結びつけ、価値提供の実現を模索していた。ビジョンのもとで内部資源のポテンシャルや特性を適切に組み合わせ、外部の資源や評価を最大限に取り入れ、自社の技術やアイデアを実現していた。
こうして、イノベーションを実現したことで企業が躍進・成長していた。

③ 13社共通のポイントと成功要因

13社のイノベーションの実際から抽出した、老舗にも新興中小企業にも共通するイノベーションのポイント、成功要因を以下にまとめる。

【イノベーションのポイント】
● 社会(顧客、自社、供給者など)に新しい価値(プラスの変化)を提供する
● 多様であり、価値も提供方法もプラスの変化の程度もさまざまである
● アイデア、発明、技術革新だけでは成り立たない総合的な経営活動である
● すべての企業に関わり、企業の設立、発展、存続、いずれでも必要となる
● 現状維持の慣性を突き破り事業を良い方向に進めるための原動力である
【イノベーションの成功要因】
● 社長がビジョン、想いを効果的に伝え、パッションで社員を導いた
● 平時より常に変化を意識し、計画的・組織的に取り組んだ
● 変わらない価値観を固め、柔軟性をもって戦略的に変化した
● 現在の社会ニーズ、自社の理念、事業の理解を起点とした
● 行動計画として具体化し、資源を組み合わせて外部を最大限活用した

④ 事例企業からの考察

現在の商品・サービス、ブランド、ビジネスモデルのままでいられる時代ではない。常に先を読んで変化に備えることは社長の責務であり、企業の社会的責任でもある。
イノベーションは、少数の天才や希代の起業家のみが成し遂げられるアートの産物ではない。新興企業、既存企業、老舗、大企業を問わず、あらゆる企業の経営課題である。先を読み、計画し、改善を加えながら達成に取り組む管理を行うことが重要である。
環境の変化に新しい価値を提供し続ける企業は社会に新しいブランドを打ち立て、リニューアルされた認知を確立し、長く、大きく発展していくであろう。

3. 老舗企業のイノベーション事例

創業100年を超える老舗の中から図表1の6社を取材した。本稿では2社の事例を簡単に紹介する。

図表1:老舗企業 取材先一覧

社名 事業内容 創業
株式会社千疋屋総本店 果物・洋生菓子・グロッサリーなどの販売 1834年(天保5年)
株式会社船橋屋 和菓子の製造販売 1805年(文化2年)
株式会社銀座テーラーグループ テーラー事業・教育事業・不動産事業 1935年(昭和10年)
株式会社江戸屋 刷毛・刷子(ブラシ)の製造・販売 1718年(享保3年)
ホワイトローズ株式会社 ビニール傘の製造・販売、その他雨具 1721年(享保6年)
株式会社伊場仙 団扇、扇子の製造販売 1590年(天正18年)

①  株式会社千疋屋総本店

同社の代名詞であるマスクメロンは、品質が良く高級品であるということを、誰でも一度は耳にしたことがあるはずだ。バブルの時期までは、社用を中心とした贈答需要が中心であった。
21世紀に入り、新しい時代にあったブランディングを進めている。高級フルーツを中心とする路線に加えて、洋生菓子やグロッサリーなどの加工品販売、フルーツパーラーやレストランの営業を積極的に展開し新規顧客層のご褒美需要を開拓している。
また、ECサイトの展開による新しい顧客層の獲得やニーズの充足を行っている。

【株式会社千疋屋総本店のイノベーションのポイント】
● 千疋村の槍術道場から江戸の野菜・果物商への業態転換
● 安うり処(低価格路線)から高級路線への戦略の大転換
● 明治の開国をチャンスに、海外産果物の直輸入化と果物食堂の展開
● 高度経済成長期・バブル期の法人の贈答需要の取り込み強化
● ブランド拡張戦略による販路と顧客層の拡大(中間層・若者)
【株式会社千疋屋総本店のイノベーションの成功要因】
● 大島家の家訓を胸に創業者の精神を代々受け継いできた
● 時代の変化を捉える嗅覚を持ち、さまざまなニーズに柔軟に対応してきた
● 果物の絶対品質をベースに、顧客との信頼関係を築き上げてきた
● ブランドコンセプトを明確化し、一貫した世界観を確立し浸透させてきた
● 時代の変化に合わせ、ブランドの価値創造への探求と挑戦を実践してきた

図表2:千疋屋総本店イノベーションの歴史

当主(社長) 就任時期 革新と進化
初代・弁蔵 1834年
(天保5年)
槍術道場主から野菜・果実商へ
千疋村(埼玉県)の果物を船で江戸(東京)へ運ぶ
2代目・文蔵 1864年
(元治元年)
「安うり処」(低価格)から高級品路線への転換、江戸幕府御用達
1868年、果物食堂(後のフルーツパーラー)をオープン
3代目・代次郎 1877年
(明治10年)
本店を人形町から日本橋室町に移転
海外の果実の導入や、国産果物の品種改良を行う
4代目・代次郎 1920年
(大正9年)
さらなる品種改良のため駒沢村(世田谷)に大農場を開設
マスクメロンや高級フルーツの生産を開始、戦災からの復興
5代目・代次郎 1960年
(昭和35年)
経営の近代化と支店拡充に注力、法人需要を確立
1971年本店建設、フルーツパーラー&フルーツレストランを併設
6代目・博 1998年
(平成10年)
ブランド・リヴァイタル・プロジェクトを開始、新規顧客層を開拓
新本店、百貨店・駅・空港への出店、ECサイト開設、加工品拡充

②ホワイトローズ株式会社

同社は唯一、日本国内で生産されるビニール傘の製造販売を中心事業としている。素材の用途開発に注力し、世界初のビニール傘、風に強い逆支弁構造、軽量で耐久性に優れたグラスファイバー骨の採用など、機能性と品質を向上した新しい価値の提供により持続的な成長を遂げてきた。
また、修理対応を含む日本版サステナビリティの理念を取り入れ、顧客との長期的な信頼関係を深めている。さらには、SNSやクラウドファンディングを効果的に活用し、ブランド価値の向上や次世代への継承に取り組んでいる。
同社は経営資源の価値、希少性、模倣困難性、外部との関係性を高めることで、持続的な競争力を強化し、長寿企業としての確固たる地位を築いている。

【ホワイトローズ株式会社のイノベーションのポイント】
● 刻みたばこの卸売りから雨具店への変革
● 傘業界の歴史を変えた世界初のビニール傘の開発
● 独自のストーリーを持った商品、「カテ―ル」、「縁結(えんゆう)」の誕生
● 常識を覆す逆支弁構造とグラスファイバー骨の独自技術開発
● クラウドファンディングによるブランド価値向上と新規販路開拓への挑戦
【ホワイトローズ株式会社のイノベーションの成功要因】
● 環境変化に対応した事業転換と新市場創出の柔軟性
● 使う人のための商品作り、という理念の堅持と進化
● 従来のビニール傘の常識を覆す技術開発による製品の機能性向上
● 顧客ニーズに応じた独自製品の開発
● ブランド価値向上と持続可能な成長への取組み

4.経営革新計画で躍進する中小企業のイノベーション事例

東京都の経営革新計画承認を受け、一歩進んだ取り組みをしている中小企業7社を取材した。本稿では2社の事例を簡単に紹介する。

図表3:経営革新計画で躍進する中小企業 取材先一覧

社名 事業内容 創業
株式会社ウオールナット 調査計測サービス、 調査機器製造販売 2016年承認(優秀賞)
2020年承認
株式会社デジタルデータソリューション データリカバリー事業、 フォレンジクス事業等 2019年承認 (優秀賞)
株式会社アイエクセス SI事業、 AI事業 2019年承認 (優秀賞)
エスエスビジネスフォーム株式会社 ビジネスフォーム印刷物等の製造・販売 2016年承認 (最優秀賞)
2019年承認 (奨励賞)
株式会社ともしび 歌声喫茶、 音楽講座、 出前歌声、 劇団、 出版事業 2022年承認
株式会社イマジネーションプラス 児童書を中心に紙および電子での書籍出版事業等 2023年承認
GINGO株式会社 生花販売、 花器などの雑貨販売等 2022年承認

① 株式会社ウオールナット

同社は電波など波動を利用した調査機器を開発し、インフラの調査点検サービスを提供している。国全体でインフラの老朽化が進み調査計測ニーズが高まる一方で、人材の不足や技術承継の課題があるが、同社は連続的な革新で成長を続けてきた。
同社成功の要因は、ミッションや理念を裏打ちする自社の中核能力を維持・強化しながら、発展段階や環境変化に応じて事業ドメイン(活動領域)の拡張を行ったことである。また、革新ビジョンと実行計画を具体的に表現した経営革新計画を中期計画とし、産官学連携、公的支援を最大限活用して着実にこれを実現させてきた。
それらの背景には、社員がプロであることを期待し、プロとして育成し、プロに報いるという同社の組織風土があった。

【株式会社ウオールナットのイノベーションのポイント】
● 産官学連携の共同開発を自社の価値提供基盤に取り込んだ
● 測定とデータ解析を分業し、全国の顧客への対応を可能とした
● AI解析で事後保全からデータによる予防保全に対応した
● ロボットIoT、エキスパートシステムで人と組織の能力を拡張した
● 計画化で連続的なイノベーションを管理可能とした
【株式会社ウオールナットのイノベーションの成功要因】
● ミッションや経営理念を裏打ちする中核能力を維持・強化した
● イノベーションを管理し、計画的・連続的に実行した
● 自社の発展段階、環境変化に応じてビジネスドメイン(活動領域)を拡張した
● 外部資源をフルに活用した
● 社員がプロであることを期待し、プロとして育成し、プロに報いた

② 株式会社アイエクセス

創業者は、家族の病気の経験を通じて、必要な医学・医療情報を本当に必要としている人に提供したいという想いを持ち、同社を創業した。同社が開発した「InTreS®(イントレス)」は、3,500万件を超える膨大な医学・医療論文からAI自然言語処理技術を用いて製薬会社や研究者などの情報収集、分析を支援する革新的サービスである。
まったく新規のサービス開発・提供を目指すにあたり、SI事業で安定収益を生み出し、その利益をAI事業の将来性に投資するハイブリッドモデルで企業をスタートした。
InTreS®の技術的な問題の解決後も、顧客獲得に苦戦したが、データサイエンスからソフトウェア提供まで担うコンサルティングを通じてお客さまの課題解決に寄り添ったことで、ピンポイントで刺さるAIサービスとして事業を軌道に乗せた。

【株式会社アイエクセスのイノベーションのポイント】
● 膨大な医学・医療論文情報に対して、AI自然言語処理で情報収集や分析を支援するAIサービス「InTreS®」を実用化した
● InTreS®では、利用者が直感的に情報を把握できるユーザインターフェース画面を考案した
● AIサービスの受注につながるコンサルティングプロセスを構築した
● SI事業で安定的な収益基盤を確保しつつ、将来性の高いAI事業に投資する安定性と成長性を兼ね備えたハイブリッド型ビジネスモデルを構築した
● AI事業の売上高が、SI事業にならぶまで成長を遂げた
【株式会社アイエクセスのイノベーションの成功要因】
● イノベーションを実現可能にする諸条件が整いつつある状況のもと、AIサービスの実用化に向けて、創業という具体的な行動を起こした
● >創業の強い想いと先達の教えに学ぶ企業理念を支えにして、社員や関係者とともにAIサービスの事業化をめざした
● 経営革新計画を活用して、客観的な事業計画を定め、AI事業の実現性を高めた
● SI事業の収益、融資や出資で得られた資金を活用して、AI事業の成長に向けてあきらめずに投資を続けた
● 一歩踏み込んだコンサルティングにより顧客ニーズをしっかり把握することで、刺さるAIサービスの提供につながる道筋を見いだした

5. 経営革新計画 承認制度の有用性

経営革新計画は、中小企業が新たな事業活動に取り組み、経営の向上をめざすための具体的計画である。新たな価値にしたいイノベーションに取り組む宣言であり、社会の変化に柔軟に適応して企業を次のステージに導く羅針盤となる。
経営革新計画の利点として、経営の現状把握、関係者と目標の共有、意思決定の迅速化、外部視点からの評価などがある。
経営革新計画を立案し、承認をうけることは、第2章で抽出したイノベーションの成功要因を満たすことに直結している。現状を打破しようという社長の想いを表出化し、社員と一丸で実現することを支援するための仕組みと言える。承認制度、東京都の表彰制度はこうして頑張る企業や社長を勇気づけ、賞賛する制度になっている。
イノベーションを計画として表出化し、社長がリーダーシップを発揮したとしても、イノベーションの実現には暗闇の坂道を歩くような困難もある。社長が悩んだり、不安になったり、孤独感を感じる場面もあるかもしれない。社長と一緒に悩み、解決策を考えていくためのフォローアップ支援は、経営革新計画 策定支援とともに診断士のミッションであり責務であることを再認識した。

以上

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