【特集】中小企業における知的財産(産業財産権)の重要性

(一社)東京都中小企業診断士協会認定 知財活用ビジネス研究会
中小企業診断士/情報処理安全確保支援士/知的財産アナリスト/2級知的財産管理技能士
白石 尚人
1.はじめに
中小企業は市場の変化に柔軟に対応できる一方で、資金力、情報収集能力、専門人材の不足といった構造的な課題を抱えている。そのような状況においても、新たなデザインや商品、サービスを考案し、他社にはない独自の価値を生み出す力を有している。
このような新たなアイデアを保護し、模倣を防ぐために存在するのが知的財産法である。特に「特許」「実用新案」「商標」「意匠」のいわゆる知財4法は、中小企業の創造的活動を支える重要な法律である。ここでは、はじめにこの知財4法について簡単に紹介する。
1) 特許権
特許は、自然法則を利用した新規かつ高度で産業上利用可能な発明を保護するものである。高度な技術が必要とされるが、その技術を公開する代償として、原則20年間その技術を独占的に利用する権利が認められる。
2)実用新案権
実用新案は、物品の形状、構造、組合せに関する考案を保護するものである。特許ほど高度な技術は求められず、比較的容易に登録することができる。
3)商標権
商標は、商品やサービスを他と区別するために使用されるマーク(文字、図形など)を保護するものである。商品の名称やロゴマークが対象となり、ブランド力の強化および保護を目的としている。近年は、音および立体形状 といったものも標章として扱う。
4)意匠権
意匠権は、独創的で美感を有する物品の形状、模様、色彩などのデザインを保護するものである。自動車のボディや万年筆など、製品のデザインの保護を目的としている。
2.中小企業の知財(産業財産権)の状況
特許庁が作成した「特許行政年次報告」(2012年~2024年版)によれば、中小企業における国内の知財活動は、図表1に示すように、特許出願数が緩やかに増加している。一方、商標出願数は2019年をピークに一時的な減少傾向が見られるものの、赤の補助線で示されるように、全体としては増加傾向にある。これは、長年にわたる特許庁や中小企業庁、INPIT(独立行政法人 工業所有権情報・研修館)、一般社団法人 発明推進協会などによる支援活動の成果と考えられる。
今後も、国内における知財活動のさらなる推進が期待される。
特に中小企業による商標出願の増加は、ブランド戦略の有効な手段として商標が積極的に活用されていることが考えられる。
3.中小企業のブランド戦略における商標の役割
「ブランド」という言葉は、もともとヨーロッパにおいて「焼印をつけること」に由来するといわれている。古くから、人々は放牧中の家畜に焼印を押すことで、自らの所有物であることを示していた。現在では、コトラー教授による「ブランドとは、個別の売り手または売り手集団の財やサービスを識別させ、競合する売り手の製品やサービスと区別するための名称、言葉、記号、シンボル、デザイン、あるいはこれらの組み合わせである」という定義のように、ブランドを構築する手段として、商品の名称やロゴが用いられ、それらを見にするだけで商品や企業のイメージが記憶から自然に想起されるようになっている。たとえば、「シャネル」という名称からブランドが想起され、多くの人が有名な香水や宝飾品を思い浮かべるだろう。製造業、小売業、飲食業など、中小企業のさまざまな業種においても、ブランド戦略の一環として商標が広く活用されている。特に「標準文字商標」は、文字列に対する称呼(読み方)によって権利を取得できるため、広い範囲での権利保護が可能となる。起業にあたっては、屋号や主力商品の名称を商標として出願し、成功への想いや決意を形にする起業家も少なくない。こうした背景からも、中小企業のブランド戦略における商標の役割は非常に大きいと考えられる。
図表2は、ブランドの構築・維持に取り組む企業が活用しているブランド要素を示したものである。「企業のロゴやマーク」「商品・サービスの固有名称」と回答した企業の割合が高く、商標がブランド形成に大きく貢献していることがうかがえる。さらに、2021年に特許庁が作成した「日本の中小企業のための知的財産支援策」によれば(図表3参照)、商標権を保有している企業とそうでない企業の間では、営業利益額に明確な差が見られる。このことからも、商標が中小企業の経営成果に与える影響の大きさが示されている。
4.中小企業の製品戦略における知財(産業財産権)の役割
中小企業にとって、特許や実用新案は商標ほど身近な存在ではないと考えられる。その理由の一つは、商標であれば自社で出願することで費用を抑えられるのに対し、特許や実用新案では、詳細な明細書や図面の作成が必要であり、通常は弁理士への依頼も伴うため、出願から登録までにおよそ50万〜80万円の費用がかかる点にある。さらに、登録後の維持費(年金)も負担となる。たとえば、3件の請求項を持つ特許を10年間維持する場合、中小企業が利用できる審査請求料の減免制度(1/2に軽減)を活用しても、総額で約11万円が必要となる(弁理士費用を除く)。しかも10年目以降はこの減免制度が適用されず、毎年約7万円の年金を支払う必要がある(弁理士費用を除く)。小規模な企業にとっては、こうしたコスト負担のために、出願件数が限られることが多い。
しかし、新しいアイデアをもとに創業した企業にとって、初期段階では不正競争防止法などによって一定の保護が期待できるものの、ある時点から資本力を持つ企業が模倣し、より安価で高性能な製品を市場に投入することで、自社製品の売上が大きく落ち込むというケースが少なくない。このような模倣のリスクから製品を守るためにも、知的財産による保護、すなわち出願を通じた権利化は極めて重要である。もしその製品について、請求項によって十分にカバーされた特許が登録されていれば、たとえ大企業であっても類似製品を法的に製造・販売することはできず、前述のような不利益を回避できる。こうした観点からも、中小企業の製品戦略における特許の役割は非常に大きい。
特許出願において、どのように権利化を進めるかという戦略的な視点からの検討が重要である。たとえば、仮に新たな発明が優れていたとしても、他社がその発明を使用していることを立証できなければ、広範囲な特許権を取得していても模倣の防止は難しい。このような場合、自社で製品化しても他社に技術の核心が分かりにくく、模倣が困難と判断される場合には、あえて特許を出願せず、技術を秘匿するという選択肢も考えられる。その際には、公証役場に発明当時の証拠を提出・保管するなど、将来の紛争に備えた対応を講じておくことが重要である。また、製品を製造する際には、自社が他社の知的財産権を侵害していないかどうかを事前に確認することも欠かせない。他社が特許などの権利を有している場合、製品の製造中止や損害賠償請求といったリスクが生じ得るため、新製品の開発初期段階において、他社の知財権を調査しておく必要がある。
さらに、特許以外にも、製品の機能が外部形状として現れる場合、たとえばネジの構造や切削工具の刃の形状に特徴がある場合には、意匠による保護も有効である。機能的な意匠は製品の形状に機能的な特徴がある場合にも、意匠出願によって法的に保護することが可能となる。意匠権は、一般的に侵害の立証が容易で、出願・登録にかかる費用も比較的安価であることから、中小企業にとっては非常に有用である。
新たな市場に参入する場合は、図表4のような、関連技術分野におけるIPC(国際特許分類)の出願状況をパテントマップなどで確認することが推奨される。IPCは、技術の分類を示す。したがって、IPCごとに出願件数を示すことで、どの技術に出願が活発にされているかがわかる。図表に示されるように競合他社の出願が集中している場合、その分野への参入は困難である可能性が高い。同様に、既存事業を展開する中でも、パテントマップを作成して競合他社の研究開発の状況を調査することは有効である。IPCを詳細レベルで分析することで、競合の技術開発の方向性を把握し、それに対応する戦略を構築することが可能となる。
近年、実用新案の出願は減少傾向にあるが、実用新案には依然として有効な側面がある。実用新案は実質的な審査がないことから登録され易く、出願・登録の費用も比較的安価であるため、中小企業にとっては特に利点がある。権利期間は出願から10年と特許より短いが、審査を経ずに早期に権利を得られるメリットがある。また、出願から3年以内であれば特許への変更も可能であり、製品の販売状況や競合他社の動向に応じて柔軟に対応することができる。必要に応じて、特許庁に実用新案技術評価書を請求し、権利の有効性を確認することも有効である。
2021年に特許庁が作成した「日本の中小企業のための知的財産支援策」によれば、図表5のとおり、特許権を保有する企業とそうでない企業の間では、営業利益額に明確な差が見られる。このことからも、知的財産戦略が中小企業の経営に与える影響は非常に大きいといえる。
5.中小企業における知財管理(産業財産権管理)の重要性
出願後の知的財産の管理は極めて重要である。たとえば、複数の商標権を保有している場合、それぞれに対し10年ごとの更新が必要である。さらに、更新費用は初回登録時の費用よりも高額になることが多いため、その商標を維持するか放棄するかの判断が求められる。更新手続きは自らが期限を管理しなければならず、手続きを忘れてしまうと失効する恐れがあるため、商標の管理には十分な注意が必要である。
特許権についても同様であり、毎年の年金(維持費)の支払いを怠ると権利が失効するため、登録後の継続的な管理が必要となる。また、特許は登録後にもさまざまな情報が蓄積される。たとえば、図表6に示すように「被引用件数」や「閲覧請求」の有無などである。
閲覧請求とは、他社が特許庁に対して自社の特許の包袋(出願書類一式)の写しを取り寄せた記録であり、これは他社がその特許を詳細に調査した証拠と考えられる。調査には時間や費用がかかるため、閲覧請求が行われている特許は、それだけ注目度が高く、価値のある特許である可能性がある。また、被引用件数とは、他の出願に対する審査の過程で、自社の特許が引用された回数を指し、これもその特許の技術的影響力を測る有効な指標である。これらの情報に基づき、自社の特許の使用状況や市場での有効性を評価し、有効性の高い特許は積極的に維持し、価値の低い特許については更新費用の削減を検討するなど、メリハリのある知財管理が求められる。
さらに、有効な特許を生み出した発明者に対しては、報奨金制度などのインセンティブを導入することが望ましい。これは発明者個人のモチベーション向上にとどまらず、企業全体の技術力向上にもつながる。実際、多くの中小企業経営者が「自社には資金や資産はないが、社員の能力では他社に負けない」と語るように、人材は中小企業の最大の財産である。その意味でも、発明者への正当な評価と報償は、企業の競争力を高めるうえで欠かせない要素である。こうした知財管理を実効性のあるものとするためには、「職務発明規定」の整備が必要である。具体的には、職務に基づいてなされた発明については会社が権利を保有することを定め、その代償として発明者が相応の利益を得られる旨を職務規定に明記することで、社内における発明活動を促進できると考えられる。
6.まとめ
上記のように、中小企業における知的財産の重要性について論じてきた。中小企業は、資金力・情報収集能力・専門人材の不足といった構造的課題を抱えながらも、新たなデザイン、新商品、新サービスを自らの力で生み出す潜在力を有しており、特に起業家の中には、屋号や主力商品の名称に想いと決意を込めて商標出願を行う方や、革新的なアイデアを権利化して新たな製品を世に送り出したいと強く願う方々が数多く存在する。このような中で、知的財産権をうまく活用することは、中小企業にとって有効な競争手段となると考えられる。今後は、弁理士のみならず中小企業診断士においても、知財の専門的知見を活かし、中小企業の成長と発展に大いに貢献していくことが期待される。
中小企業診断士としては、経営者に対して知的財産の重要性を啓発するとともに、経営戦略と知財戦略の統合を支援し、日本の中小企業の競争力強化に寄与していくことが求められる。
7.引用文献
□特許庁 日本の中小企業のための知的財産支援策2021
https://cdnw8.eu-japan.eu/sites/default/files/imce/jpo_zhong_xiao_qi_ye_zhi_yuan_ri_ben_yu_.pdf
□中小企業庁 2022年版「中小企業白書」第1節 ブランドの構築・維持に向けた取組
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2022/chusho/b2_2_1.html
□特許庁 特許行政年次報告書
https://www.jpo.go.jp/resources/report/index.html
□特許庁 職務発明制度について
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shutugan/shokumu/
□特許庁 令和3年特許法等改正に伴う料金改定のお知らせ(令和4年4月1日施行)
https://www.jpo.go.jp/system/process/tesuryo/kaisei/2022_ryokinkaitei.html