ローカルベンチマーク等を活用した営業力掘り下げ支援ツールの開発
営業力を科学する売上UP研究会 山本 哲也(発表者)
渡邉 卓・村上 和也・町田 博・柳澤 智生・花村 大祐・奥村 泰宏
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1.ツール開発の背景、経緯
営業力を科学する売上UP研究会は、法人営業における課題が一目で分かる「営業力診断アンケート」を開発し、2014年度中小企業経営診断シンポジウムで発表した。これを皮切りに、新規顧客開拓、値上げ交渉など、企業が行う営業活動を支援するツールを開発してきた。
今回は、支援者(中小企業診断士、支援機関、金融機関など)がよく用いるローカルベンチマーク(以下「ロカベン」)に注目した。ロカベンは、経営改善に役立てるため、企業と支援者が対話を行いながら、企業の経営状態の把握、いわゆる「企業の健康診断」を行うツールである。ある金融機関では、ロカベンをそのまま使うのではないが、一部の項目を自行の事業性評価に取り入れているほどだ。
当研究会は、ロカベンを用いて営業力を掘り下げるための支援ツールを開発するために、有志の分科会を立ち上げた。
2.ロカベンを活用するうえでの問題点
(1)課題設定に至りにくい
ロカベンに対する金融機関や支援機関の声を聞いた結果を図表1に示す。数多くある空欄を埋める作業にとどまり、個別課題にたどり着けない、改善計画につながるような具体策に言及できていないという、課題設定の問題がある。
(2)営業の視点が不足している
ロカベンは「財務分析」「商流・業務フロー」「4つの視点」という、3つのシートから構成される(図表2)。中でも、「商流・業務フロー」シートに含まれる「業務フローと差別化ポイント」は、企業のビジネスモデルや強み・弱みを明確にできる優れたツールである。これを有効活用することに狙いを定めた。
当分科会メンバーが某県支援機関のコーディネータだった時に携わった業務フローを図表3に示す(注:顧客や地域がわかる情報を隠すために一部修正している)。ある金属加工業者と対話した支援者が作成したもので、図の上段に左から順番に5つの業務が記入されている。見積受注、生産管理、部品加工、外注加工、品質管理の5つからは、QCDを高めることに企業の意識が向いており、営業の視点が明らかに不足している。
今は、メイン顧客に頼っていれば仕事量を確保できる時代ではない。QCDを高めることは当然として、業務フローの中に営業に関わる業務を意識的に入れて、売上UPに向けた改善計画を作成することが、図表1で示した通り、金融機関や支援機関からも求められている。
3.ロカベンを活用した営業力掘り下げ支援ツール
図表4の上段にロカベンを活用した企業との対話の手順を示す。図の右上「現状型業務フロー」において前項に挙げた問題が発生するが、その原因は「企業訪問・ヒアリング」の中に隠れている。対象業種の記入事例がないために、企業の説明に沿って記入しがちであり、営業の知識・経験が少ない支援者が多く、営業課題を引き出す質問が難しいと思われる。
このような営業の知識や経験が少ない支援者に参照してもらえるように、ロカベンを活用した営業力掘り下げ支援ツールを作成した。図表4の下段に示す3つの支援ツールを活用することで、企業訪問・ヒアリングの質が高まり、営業面での課題解決策まで踏み込んだ「改善型業務フロー」を提示できることを狙っている。
続いて、3つのロカベンを活用した営業力掘り下げ支援ツールを紹介する。
(1)業種別業務フロータイプで訪問企業の営業関連業務を想定する
営業にも様々な活動があるので、情報収集、広告・宣伝、展示会出展、顧客訪問、企画提案、見積作成、商談、配送(納品)、アフターフォローという9つの業務フロー項目に細分化した。業種によって業務フローは異なるため、製造業、卸売業などの業種別に「業種別業務フロータイプ」を作成した。その1つを図表5に示す。この例では、7つの業務フロー項目のうち、二重線で囲った展示会出展、企画提案、見積作成、アフターフォローの4つが営業関連の項目である。
企業訪問前の事前準備で、収集した企業情報とともにこの業種別業務フロータイプを参照することで、これから訪問する企業の営業関連業務を想定したうえで、企業訪問・ヒアリングに臨むことができる。
ロカベンのシートに用意された業務フロー項目の枠は5つなので、ヒアリングで聞き取った企業のビジネスモデルや強み・弱みに応じて、項目を適宜選択すればよい。
(2)業務フロー項目カードで営業面の課題の仮説を設定する
業務フローの各業務において、実施内容や差別化ポイントをどのように記載するのかを示したのが業務フロー項目カードだ。作成したカードは、情報収集、広告・宣伝、展示会出展、顧客訪問、企画提案、見積作成、商談、配送(納品)、アフターフォローの9種類ある。図表6に、展示会出展における業務フロー項目カードの例を示す。
実施内容の記入例を用意しているので、営業の知見が少ない支援者であっても業務内容を事前に推測できる。また、差別化ポイントは企業の強み・弱みに直結するので、課題設定につなげることができる。
(3)営業力深掘り質問リストで経営者との対話をイメージする
営業に関連する業務フローや差別化ポイントを引き出すために、経営者にどのような問いかけをすればよいか。具体的な質問文とその意図を、営業力深掘り質問リストとして作成した。9種類の業務フロー項目別に50個以上の質問文を用意した(2024年9月時点)。図表7に展示会出展の深掘り質問リストを示す。
支援者は、50個以上ある質問文を丸暗記する必要はない。訪問先に関係しそうな業務フロー項目のみ読み込めばよい。また、ヒアリングの時間は限られるので、質問リストを活用することで効率的にヒアリングを実施できる。
4.補完支援ツール
前項の3つのロカベンを活用した営業力掘り下げ支援ツールを活用しやすくするための「チュートリアル動画」、面談時に気軽に使用できる「営業力簡易診断」、ロカベン作成後の支援策につながる「営業のよくある問題・タイプ別解決法」を補完支援ツールとして用意した。図表8では、営業力掘り下げ支援ツールと補完支援ツールの関係性を示す。
(1)チュートリアル動画で使用する前に理解を深める
概要編と実践活用編の2種類のチュートリアル動画を用意した。概要編では、営業力掘り下げ支援ツールの目的と概要をわかりやすく説いている。特に3つの支援ツールの関係性を理解することを意識した内容になっている。また実践活用編では、支援の現場でどのように活用していくのか、記入例を使ってツールの詳細を説明している。これらを視聴してから支援ツールに取り組むと、理解が早く進む。
(2)営業力簡易診断で経営者の人物像を理解する
企業訪問で経営者にヒアリングをする際、経営者の人物像について情報が多いほど、会話の糸口が見つかり、問題点にたどり着きやすい。そこで活用できるのが、当研究会ホームページ(https://sales-up.jp/)上で無料利用できる「営業力簡易診断」だ。わずか2分程度で10個の質問に答えてもらうと、豊臣秀吉や明智光秀といった戦国武将でタイプ分けされる。企業訪問時にスマホの画面をいっしょに見ながら営業力簡易診断を行えば、ヒアリングの際の話題になるので活用していただきたい。
(3)「営業のよくある問題」タイプ別解決法でイメージをつかむ
3つの営業力掘り下げ支援ツールにより、営業力強化につながる課題設定・課題解決策の提示まで進めることができるが、具体的な支援策をイメージしづらい支援者のために用意したのが、「営業のよくある問題」タイプ別解決法である。当研究会メンバーが、『企業診断』(同友館、2024年7月号)の特集<最新 営業力強化支援「よくある問題」タイプ別解決法>に25頁にわたって寄稿しており、この誌面PDFを当研究会HPに掲載している。
「営業のよくある問題のタイプ」と「解決法」の組み合わせは以下の通りである。
①商談力が弱い ⇒ ロールプレイング研修による強化支援
②提案力が弱い ⇒ 売上をアップする提案書のつくり方
③売上見込が立たない ⇒ 属人的営業から脱却する組織変革
④営業リソースが不足している ⇒ Webマーケティングで新規顧客開拓
物語調で書かれた当資料を読んだうえで企業と対話すれば、商談力が弱い問題に遭遇した支援者は、ロールプレイング研修の目的や、事前の準備から終了後のフィードバックまでの進め方を、経営者に説明できるようになる。
(4)当研究会ホームページに掲載して広く使っていただく
ここまで取り上げた3つの営業力掘り下げ支援ツールと、3つの補完支援ツールについては、当研究会ホームページ(https://sales-up.jp/)から閲覧可能である。随時、事例や質問リストを増やしていく予定だ。また、『ロカベン 営業』などのキーワード検索で上位にヒットしており、支援者からアクセスしやすい環境を整えている。
5.支援ツールの効果
今回開発した支援ツールを、実際の支援現場で活用したところ、以下のような声が届いており、高評価を得ている。活用はまだ始まったばかりなので、支援者に支援ツールを開示して広めていきたい。
・ 今まで開発、生産、営業など大雑把な掘り下げにとどまっていた。業種別の業務フロー例を参照することにより、営業活動を展示会出展、企画提案、アフターフォローなどに細分化できた。
・ 記入事例や質問例に沿って考えればよく、ヒアリング時の対話がスムーズに進んだ。
6.今後の進め方
以下の2つの方向性を想定している。1つは、今回開発した支援ツールのブラッシュアップである。使用した支援者からの声などを元に、必要な改変を実施し、より活用しやすい、効果的な支援ツールにしていく。
もう1つは、営業課題への具体的解決策や営業力強化メニューへの連携である。今回の支援ツール開発とその活用により、企業支援の現場での営業力強化観点での支援者の活動が活性化される。当研究会には、企業支援に使える営業力強化メニューが多数蓄積されており、支援者あるいは企業経営者から営業力強化に関する相談が増加することに期待するとともに、その相談に応えることで、営業力を科学する売上UP研究会として、より一層、中小企業の成長に貢献していく所存である。
以上