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【特集】世田谷区内に広がる「商店街まちバル」現象
~ ポストコロナに向けた新たな取り組み ~

東京協会 商店街研究会
松原憲之 永井謙一 田島哲二

1.要旨

従来、開催されてきた大規模な繁華街や有名な観光地における「まちバル」とは異なり、小規模な住商混在地で独自の進化を遂げてきた世田谷モデルの「商店街まちバル」を紹介するのが本稿の目的である。また、コロナ禍以降、危機的な状況に陥っている飲食業界や商店街に対しての新たな価値提案である「商店街まちバル2.0」の取り組みも併せて紹介する。はじめに、世田谷モデル特有の三つの背景(①飲食店にとっての取り組みやすさ、②資金面でのサポート、③人材面でのサポート)を確認したうえで、区内全域の商店街に広がる起爆剤となった「八幡山商福会商店街振興組合」の具体事例を提示する。また、区内の商店街で短期間に「商店街まちバル」が広がった要因と、ステークホルダーごとの「商店街まちバル7つの効果」について述べるとともに、ポストコロナに向けた新たな取り組みや、今後の課題についても提示する。

2.世田谷モデルの「商店街まちバル」について

「まちバル」とは、主に飲食店を中心としたチケット制の食べ飲み歩き事業である。参加者は3,500円(700円券×5枚セット)程度のチケットを購入し、地域に点在する複数の飲食店などを「ちょい飲み&つまみ食い」しながら入店の“きっかけ”を得ることができる。一方で、飲食店にとっては新規来店客の獲得および、再来店客(生涯顧客)の育成が図れる“きっかけ”となる。また、実施主体(飲食組合や商店街など)は個店レベルで成し得ない相乗効果を地域(参加店)全体で獲得することを目的としている。

平成27年2月13日、世田谷区の北西部に位置する八幡山商福会商店街振興組合において区内初の「商店街まちバル」が開催された。その後、区内では毎年のように追随して開催する商店街が現れ、令和2年2月時点では区内25箇所の商店街により45回以上の「商店街まちバル」が開催されるに至った(参照:図表1)。

図表1 世田谷区内「商店街まちバル」開催実績
(実績ゼロから5年間で25商店街45回以上開催へと拡散)
出典:世田谷区産業振興公社 WEBサイト

特に、平成28年からは毎年10回以上の区内開催が定着したことで、毎月どこかの商店街で開催されているという盛況ぶりである。また、コロナ禍直前の令和2年2月7日~8日には、京王線沿線の区内10商店街が協力しあい、計115店舗による広域連携まちバルの開催が実現した。

わずか5年間で、開催実績ゼロだった「商店街まちバル」がなぜ、連鎖的に世田谷区内で広がったのかについては、4節を参照してもらいたい。本節では、その前段に確認できた世田谷モデル特有の三つの背景について紹介する。

第一点は、参加飲食店が取り組みやすい事業であったことである。従来型のイベント事業であれば店主が店舗の外に出て運営をサポートする必要が多々あった。しかし、「商店街まちバル」は自店舗内で実施することができる事業であるため、余計な負荷がかからず、また、看板メニューをバルメニューに活用することで直接お客様に店舗の魅力を伝えることができる。さらに、必要経費がチケットやポスターなどに限定されるため、低予算での運営が可能だ。

第二点は、行政が資金面のサポートをしていることである。東京23特別区内では、世田谷区のみが「まちバル」、「まちゼミ」事業に対する助成金を用意している(当初は、まちゼミに限った助成金であったが政策提言を踏まえて、まちバルも対象となった)。各商店街は年間2回まで両事業を行う経費の半分にあたる金額(上限額25万円)の助成を受けることができる。初めて開催する商店街にとっては負担を軽減できる支援策といえる。

第三点は、人的なサポート体制が整っていることである。世田谷区では、法人格を持っている商店街振興組合については、診断士から年間12回の支援を受けることができる派遣制度(顧問的診断士派遣)が平成31年から創設された。すでに、区内34箇所の商店街へ24名の中小企業診断士が顧問役として派遣されている。本制度により、「商店街まちバル」の企画立案の際などには、充分な支援を受けることが可能となる。また、本稿を執筆している診断士の有志三名により、世田谷まちバル応援隊を結成し、初めて企画する商店街の参考となるよう、過去の開催記録データの蓄積や解説(世田谷区のまちバル情報)および、理解しやすい四コマ漫画の提供なども行っている(参照:図表2)。

図表2 「商店街まちバル」参加店を勧誘する際に活用している四コマ漫画
出典:世田谷区のまちバル・まちゼミ情報 WEBサイト

このように、「商店街まちバル」には事業としての魅力や可能性があることに加え、行政からの助成金という資金面でのサポート、診断士による人材面でのサポートがあり、発展過程のなかで有益な土壌となったものと考えている。

3.八幡山商福会商店街振興組合の事例

3-1.商店街をめぐる状況

平成25年に世田谷区内で最後発となる42番目の振興組合となった八幡山商福会商店街振興組合は、世田谷区と杉並区の端境に位置する住商混在エリアで京王線八幡山駅北側に広がる比較的小規模な駅前商店街といえる。世田谷モデルの「商店街まちバル」はここから拡散していった。きっかけは、地元住民から意見を聞く「消費者懇談会」(年1回開催)において、法人設立後、複数年連続して同じような意見が下記2点に集中したことであった。

(1) 商店街に加盟している店に興味がない、知らない。

(2) 関心のある店(特に飲食店)はあるが、入りにくい。

以前より、当商店街エリアに点在する魅力的な飲食店の認知度が低いことに危機感を抱いていた組合トップ(理事長)は、個店の情報発信力を上げることが何よりの課題と考えた。そこで、担当の顧問的診断士も加わり検討した結果、料理の美味しさや、雰囲気の良さ、素晴らしい接客サービスを伝え、地元住民が気軽に入店できる“きっかけ”を提供する商業活性化事業「まちバル」を実施する案が浮上した。他方、成功している先行事例は、有名な観光地(夜景の有名な函館、清酒発祥地の伊丹など)や、大規模な繁華街(京阪神の中心部)であったため、小規模で然したる特長もない当商店街エリアで受け入れられる仮説づくりから取り組むことになった。

3-2.世田谷モデルの「商店街まちバル」が確立した過程(参照:図表3)

飲食部会が組織されていない当商店街において、飲食加盟店と理事会役員とのコミュニケーションは希薄であった。そのため、平成26年7月から始めた初期活動として取組んだのは、旗振り役となる実行委員長と、サポート役を担ってもらえそうな飲食店経営者に対して、「商店街まちバル」の目的と効果を説明し、賛同してもらうことだった。当然のことだが、「商店街まちバル」では参加する飲食店が事業の主体者であり、主たる受益者といえる。そのため、通常の事業のように理事会役員や事務局任せでは開催は覚束ない。しかし、初めての「商店街まちバル」を立ち上げるには、多くの協働作業に取組まなければいけないのも事実である。とくに、個店主義の強い飲食店同士が相互に協働作業を行うのはハードルが高いと考えられた。そのため、実行委員会形式をとって意思の統一を図ることにした。委員長には飲食グループの重鎮であるベテラン経営者を据え、参加全店を実行委員に任命し、全員、商店街まちバル事業へ参画させることで、フリーライダーを生まない環境を整えた。初回の実行委員会では、会議へ参加しやすい時間帯(水曜日14:30~15:30の1時間限定)を調整することで、「原則毎回全員出席」をルール化し、開催までに検討しなければならないさまざまな項目について、充分な準備期間を設けることを決めた。その結果、8ケ月間で計9回もの公式会合を持つことができた(非公式も含めると20回以上となる)。実行委員会の初期段階では、想定するお客様像や、そのニーズなどを考察することで、独自の「商店街まちバル」計画を策定していった。たとえば、提供するバルメニューは「看板メニュー」を基本とし、仮に原価率の高い食材(ふぐ刺しなど)であってもポーション調整や仕入業者との交渉などを工夫(開催目的を説明し相互利益に資するとの理解を得て前向きな協力[例えば、現物協賛、一部値引きなど]を引き出した)することで、価格以上の価値をお客様に感じてもらえるバルメニュー品質を求めた。また、パンフレットにはメニュー画像だけでなく、「スタッフの笑顔や店内の様子」を必ず掲載するように義務付けた。他にも、開催当日の営業をまちバル専用(貸切)にするのか、一般フリー客にも開放するのかなど、難解なテーマが次々と発生したが、開催する目的を「新規来店客の“きっかけ”づくり」および、「再来店客(生涯顧客)の育成」に絞り、「当日の売上・利益は追求しない」との共通認識が図れていたため、結論を出すのに多くの時間はかからず、迅速な合意形成に役立った。また、初めて開催する「商店街まちバル」の成否を握るポイントとして強く意思統一したのは、前売券の徹底した販売である。他人事ではない(フリーライダーを出現させない)、自らが参画している事業であることを認識して、各店が責任を持って販売することとした(販売実績は310セット[バラ券1,550枚]に至り、通常営業日の客席回転数1.5回転のところ、平均8.6回転を記録するほどの集客力を達成した)。

図表3 世田谷モデルの「商店街まちバル」7つの視点
出典:フード&ビバレッジビジネス研究所

3-3.施策の効果

本取組みでは、お客様と参加飲食店、商店街、そして地元の地域社会(まち:最寄駅を中心に半径500mのエリア)が三者を包み込むような「四方よし」の関係性も確認できた。お客様は八幡山エリア飲食店の再発見、参加飲食店は新規客と再来店客(生涯顧客)育成機会の獲得、商店街は組織力強化、地元の地域社会(まち)はコミュニティ再生へのきっかけであり、図解すると図表4の通りとなる。

図表4八幡山「商店街まちバル」の効果
出典:フード&ビバレッジビジネス研究所

4.世田谷区内で「まちバル」が広がった要因

特筆すべき事実は、5年間で1つの行政区域内の商店街群にゼロから25箇所へ幅広く浸透したことである。きっかけは、区内最後発の振興組合で加盟店数も多いとはいえない八幡山商福会商店街振興組合がリスクを恐れず、果敢に新しい商業活性化事業にチャレンジしたことが挙げられる。振興組合に限らず任意会に対しても、「あの八幡山ができたのなら、うちの商店街にもできる」という機運を高め、「小・中規模商店街のロールモデル」になったことが決定打となった。八幡山で行われた「商店街まちバル」の要諦は、開催することで得られる効果を明確に仮説立てし、検証しながら目的に向かって推進したことにある。不明確な目的のまま、従来通りの前例踏襲型(来街者型)イベントを実施する活動とは一線を画したといえる。具体的には、参加者アンケートや参加飲食店アンケートおよび、事後検証会などから導き出されたステークホルダーごとの「まちバル7つの効果」(参照:図表5)を参照されたい。

図表5「商店街まちバル」7つの効果
出典:フード&ビバレッジビジネス研究所

5.ポストコロナに向けた新たな取り組み

コロナ禍において一定程度、定着してしまった巣ごもり需要(内食・内飲み)は、外食する店選びのハードルを著しく押し上げている。ポストコロナでは、今まで以上に「外食する価値のある店」であることが求められることになり、本物しか残らない時代の幕開けといえる。そのような厳しい外部環境のなか、個店だけの力で事業継続していくのは難しい。出来る限り近隣の同業者と連携・協力を図ることにより、「地域」でお客様を呼び込む仕掛けをつくることが肝要だ。

危機的な状況に陥っている飲食業界や商店街に対しての新たな価値提案である「商店街まちバル2.0」の取り組みを図表6にて紹介する。

図表6「商店街まちバル2.0」
出典:フード&ビバレッジビジネス研究所

6.今後の課題

「商店街まちバル」を飲食業に限定した活性化策にしてはいけない。食品小売業やサービス業なども取り込みながら拡充することが大切である。現在、イートインに限らず、お土産バル(物販業、飲食業等のテイクアウト)や惣菜バル(食品小売業等のテイクアウト)、体験バル(サービス業等)、朝市バル(朝市とのコラボ)などのハイブリッド型を世田谷区に限らず試行している。今後、具体的な成果に繋げていくことが課題となる。

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