地域・中小企業支援エコシステム構築に向けた商工会と首都圏診断士との連携による取組事例
公的サポート研究会 代表 岩井 智洋
1.はじめに
公的サポート研究会は、「公的支援のこれからのあり方について実務を通じて考えていく研究会」を主な活動の理念とし、東京協会城北支部の認定を受けて活動する研究会である。
研究会の名称の通り、「公的支援」に焦点をあてながら活動を実施しており、特に昨今ではコロナ禍において実施した中小企業の支援施策も終息し、その後に直面する様々な変化に対して実際の現場での実務を通じてキャッチアップを図っている。
本研究会の会員には自治体や中小企業支援機関、各種の公的機関、地域金融機関などに勤務する中小企業診断士が多く所属しており、その会員らが有する自治体や商工会などの中小企業支援機関とのネットワークを積極的に活用しながら活動している。
研究会の活動方針として大きく2つの特徴があり、1つは今回の取組事例にあるような首都圏で企業に勤務する中小企業診断士(以下、首都圏診断士)の会員に対して実務の場を提供し、中小企業への支援スキルの獲得とともに、支援機関で働く職員らがどんな思いで地域の中小企業の支援をしているか、そのマインドにも触れてもらい、経営コンサルタントとはまた違った「公的支援のマインド」を醸成しながら、実務を通じて公的支援の実態や公的支援ならではの「お作法」について学べる場としての機能である。
もうひとつの特徴は、かつての中小企業指導法から中小企業支援法と変わる中で今の中小企業診断士制度では「企業」への個社支援や「個別診断」に大きくシフトした一方、失われてしまった産地や工業団地、広域商業地域などの「集団診断」のノウハウを現代に引継ぎ、現代の時代の形に変え、地域などの面的支援の体系化と新たな形での価値提供を活動方針としている。
◆「公的サポート研究会の活動資料」と中小企業指導法時代の「診断の種類」について
(出典:公的サポート研究会資料)
2.今回の取組事例に至る背景
下記の通り、今回の取組では「商工会」、「首都圏診断士」、「地域の小規模・中小企業」のそれぞれが抱える課題を背景として、本取組は実施した。
(1)商工会
多くの商工会ではコロナ時において様々な緊急的な支援を行った結果、商工会への加入会員が増加した一方、コロナ収束後において対応できる職員(経営指導員)の数は変わらず、通常に戻り予算が減少する中、伴走型支援やデジタル・省人化支援など新たな支援ニーズが増え、人員不足や知識不足で対応に苦慮する支援機関は増加している。
◆支援機関が事業者に支援を行う際の課題について
2024年版中小企業白書において、支援機関が事業者に対して支援 を行う際の課題として「支援人材の不足」が61.9%、「支援ノウハウ・知見の不足」が56.6%、「支援に必要な予算の不足」が28.8%なっている
(2)首都圏診断士
令和に入り、中小企業診断士の試験合格者は増加しており、平成18年の科目合格制度導入時と比べ倍増。また働き方改革に伴う副業解禁の流れで副業・兼業を行う中小企業診断士も激増。首都圏では公的支援や地域振興、伴走支援に興味を持つ診断士も増える中、補助金支援からの政策シフトも進み、直接支援を実践できる場が減少する状況にある。
◆中小企業診断士試験の受験者・合格者数の変遷
(3)地域の小規模・中小企業(今回は商工会会員企業)
コロナ収束後、円安や物価高騰、人材確保などの外部環境による経営課題が増え、従前の自社の内部環境を改善する支援だけでは売上拡大など困難となり、ITやインバウンド、働き方改革による人材確保や人材定着などに新たな課題に直面。またコロナ時に借入金の返済への改善計画、事業承継の問題など内部環境における経営課題も多様化・複雑化している。
◆2019年と比較した相談内容のジャンルの変化に対する認識について
2019年と比較し「相談内容のジャンルが広がった」と回答する割合が81.0%と事業者から支援機関に寄せられる相談内容が多様化している。
3. 商工会と首都圏診断士との連携事例
本事例では、上記のようなそれぞれが抱える課題解決に向け、静岡県島田市商工会と連携し実施した。公的サポート研究会では研究会の趣旨に則り、公的支援に興味を持つ診断士(主に企業内診断士)を中心に募集して実施。5~6名でチームを組み企業診断を行う形式で約4か月間の長期間で行い、事業者の自律を促す伴走支援型の経営診断で取り組んでいる。
◆島田市商工会と首都圏診断士との連携事業にかかる流れ
(1)連携事業の進め方
現地訪問の前に、商工会でヒアリングした予備調査票や各種資料を共有したうえで、企業診断していき、経営者との関係構築を図り、伴走支援型で行うことも特徴となっている。
チームにはそれぞれ若手の商工会職員も入り、一緒に協働することで診断士メンバーは公的支援の実際について学ぶとともに、職員も診断士と事業支援をする中で、職員の支援スキルの向上を図ることも目的としている。
(2)中間報告会の開催
各チームにて検討事項の共有や支援の方向性を発表し、事業者からのレビューを頂きながら、さらに最終報告会への解像度を高める効果と、中間報告会により参加者は他チームの取り組みを学び、支援事例の引き出しを増やすことができ、商工会側では本連携事業の品質の担保と各チームが行う企業診断・支援の均一化に繋がっている。
(3)最終報告会とフォロー体制
最終報告会を実施し、島田市商工会から本事業の修了証明として「おしまちゃん協力隊」として専門家登録頂き、本事業は終了となる。この長期に渡る企業診断では経営者とも何度もオンラインで意見交換を行うことで、単に経営課題を網羅的に掲げ、提案するような診断勧告型ではなく、事業者自らが実施できるよう自律を促す伴走支援型の経営診断であったことも大きな特徴で、その後も診断先の経営者とは継続的な信頼関係が築けた。
◆本事業の取組状況
4.本取組による成果について
公的サポート研究会では上記3者のニーズや課題に対する解決を行うための「中間支援体」という形で商工会と連携して取組を行うことで下記のような成果を得られた。
(1)島田市商工会
- 首都圏診断士を活用した支援体制の構築
- 会員企業への新しい支援メニュー提供による価値提供
- 経営力再構築伴走支援の事業者発掘と支援の実施
- 診断士と協働する中での学びとネットワークの拡大
- 島田市の魅力の発信、関係人口の増加
(2)首都圏診断士
- 公的支援の実態把握 (地域支援機関の実情と課題認識)
- 支援スキルの獲得 (公的支援で求められる支援スキルと専門家としてのマインド)
- 支援実績の獲得 (別の支援機関の専門家登録の際に有効)
- 企業内診断士による組織還元事例 (地域産品の販路やイベント出店など)
(3)地域の小規模・中小企業(今回は商工会会員企業)
- 企業診断による複雑・多様化した経営課題の整理と提案
- 商工会への会員としての加入メリット
- 首都圏の診断士との関係構築による定期的な経営相談や伴走支援
- デジタルやECなど地域の中小企業診断士とはまた違った価値提供
5.地域・中小企業支援エコシステム構築に向けて
本取組を実施した島田市商工会とは継続的に商工会事業として位置づけられ、今後も地域の支援体制構築への一助として活動を進め、今後は他地域での横展開を目指す。
そのために本事例を仕組化し、商工会や商工会議所で行う経営発達支援計画や、経営改善普及事業での連携を図り、個社支援ではなく地域の面的支援での施策として提案も行いながら、地域の課題解決の推進に力を入れる自治体にも提案を行う機会を設け「地域中間支援体」としての活動として、地域での循環・継続性のある「事業」としてエコシステム構築に向けたローカル・ゼブラを目指した取組を図りたい。
◆地域課題解決事業に向けた有機的な連携・エコシステム構築
地域の中小企業支援機関にとって支援人材の不足と支援の裾野が広がり複雑・多様化していく中で、支援機関が他の支援機関との連携を深めていくことが経営課題の解決に繋がっていると考えてはいるものの、人手確保のような課題やDXのような新たな知識が求められる支援などにおいては、今回の連携した首都圏診断士で副業や兼業可能な者が活躍できる場面が今後はさらに広がりを見せてくると予想される。
実際に支援計画を作成しながら継続的な支援を進める際は、商工会職員や地域の専門家に任せていくことで、互いの役割分担を明確化しつつ、業務の省力化や生産性向上にも繋がるような仕組みを作っていくことは今後の課題であると考える。
6. おわりに
これからの中小企業施策は新たな転換期を迎えており、地域経済を活性化するための売上高100億円以上の規模へ成長を目指す「100億企業」の支援や潜在的な成長を秘めたスタートアップ企業の成長を推進するための支援が進む一方で、社会課題をビジネスで解決していくための企業(ローカル・ゼブラ)の支援や地域循環を目指すエコシステムの体制構築など支援の方向も分かれることが予想される。
◆(参考)ローカル・ゼブラ企業について
今回の商工会での取組事例は、商工会議所、都道府県の支援センター、地域金融機関、保証協会、経営革新等支援機関など数多くの支援機関が存在する中で、地域の支援人材として首都圏にいる多くの中小企業診断士に対して、公的支援の意識醸成と活躍の場の提供を図り、その潜在的な能力を地域社会や地域の中小企業に活かす仕組みと基盤を整備することができれば、中小企業診断士のプレゼンスはさらに高まり、社会的なインパクトも創出できると考えており、本研究会では引き続きこれらの活動に取り組む所存である。