よそ者が繋ぐ協働の力―「まちづくり研究会25年のあゆみ」とりまとめから見えてきたこと

東京都中小診断士協会 まちづくり研究会
会長 名取 雅彦
1.はじめに
まちづくり研究会は、1998年に「住みやすいまちの実現に寄与する」ことを理念に創設され、四半世紀にわたって地域の行政、まちづくり団体、中小事業者らと連携し、多様な活動を展開してきた。昨年度(2024年度)は25周年を記念した冊子を編纂し、社会政策の動向との関係性を振り返るとともに、地域の多様な主体が手を取り合う「パートナーシップによるまちづくり」の普遍的価値を再確認した。
本稿は、25年にわたる活動の歴史をふまえつつ、まちづくりに関する社会的認識の変遷と、今後の時代における中小企業診断士の存在意義について論じるものである。なお、「まちづくり」についてはさまざまなとらえ方がある。本稿における「まちづくり」の解釈や社会認識は、あくまで筆者個人のものであり、研究会としての公式見解ではないことをお断りしておきたい。
2.まちづくり概念の変遷とその射程
近年、「まちづくり」という言葉は多様な場面で用いられるようになっているが、そのとらえ方は一様ではない。中小企業診断士から「まちづくり」とは何かと問われることも増えている。改めてその歴史を振り返ると、市民自治・居住環境政策、商業振興、それ以外のさまざまな分野へと対象範囲を次第に拡大してきたことが見てとれる。
(1)市民自治確立・居住環境整備に向けたまちづくり
「まちづくり」という言葉が初めて文献に登場したのは1952年のことである。社会歴史学者・増田四郎博士が雑誌『都市問題』において「新しい町つくり」と表現したのが嚆矢(こうし)である。
当時は高度経済成長期の序盤にあたり、政府主導の画一的な都市政策への反発として、地域共同体に根ざした自治のあり方が求められていた。その後、1960年代後半になると、大都市圏を中心に急速な宅地開発と人口が急増し、公共施設の整備などによる財政負担を強いられる状況のもと、一定規模以上の宅地開発に対して市町村への協議や公共施設の整備などを義務づける指導要綱が市町村により制定されるようになった。1971年には旧自治省が、地域住民組織を基盤に生活環境を整備する「モデル・コミュニティ事業」を開始。ハードとソフトが一体となったコミュニティ政策が取り組まれるようになった。
こうした動向を踏まえて、1980年に都市計画法に地区計画制度が制定され、都市計画の現場にもボトムアップ型の視点が取り込まれていった。地区計画制度の制定をきっかけとして、「神戸市地区計画及びまちづくり協定などに関する条例」(1981年)、「世田谷区街づくり条例」(1982年)など、住民参加による居住環境整備に向けた地区計画の原案策定の手続きなどを定める条例が制定されるようになった。
横浜市企画調整局長として在職中に、ひらがなの「まちづくり」を行政用語として初めて用いた田村明法政大学教授は、「まちづくり」とは、一口で言ってしまえば、①一定の地域に住む人々が、②自分たちの生活を支え、便利に、より人間らしく生活していくための、③共同の場を、如何につくるかということである。その共同の場こそが「まち」であると説いている。この言葉が象徴するように、まちづくりの原点は市民自治の確立と居住環境整備にあったといえる。
(2)商業振興に向けたまちづくり
1980年代に入ると、まちづくりは商業振興の文脈でも注目を集めるようになった。きっかけは、1983年に政府から公表された「80年代流通産業ビジョン」であり、小売業は地域文化の担い手であり、地域生活に根ざした重要な存在であるとの認識が示された。ビジョン公表後、旭川市の買物公園化を端緒として、中小小売業による自主的なまちづくりを積極的に支援する「コミュニティ・マート構想」が誕生し、川越市におけるまちづくり会社設立の試みなどが続いた。地域経済社会と調和のとれた小売業の発展に向けて商業近代化計画などの都市計画への反映など、都市計画当局と連携した都市商業政策が推進されるようになった。
その後、商業振興の取組は、日米貿易摩擦が激化する中で、大型店の立地調整を行なってきた商業活動調整協議会の廃止など、規制緩和が推進され、建設省・通産省・自治省の三省が共同で所管する1991年の特定商業集積整備法の制定へと展開した。さらに、1998年に、中心市街地活性化法と改正都市計画法の公布をもって、いわゆる「まちづくり三法」が成立し、商業を中心としたまちづくりの政策的基盤が整備された。この時期、「まちづくり三法」という呼称が国会審議の中で用いられ、商業振興がまちづくりの中心課題として、意識されるようになった。
(3)まちづくり対象の拡大
2000年代になると、地方分権一括法の制定により拡大された法律の委任事項などを活用しつつ、住民参加のもとに自主的・自立的なまちづくりや土地利用規制・誘導を総合的に展開する観点から、まちづくり条例を制定する動きが活発化した。また、安全・安心分野、福祉・健康分野、文化・スポーツ分野、人権尊重、男女共同参画など、「まちづくり」を冠した条例が制定される分野が拡大した。
国レベルでも、もともとまちづくりに関わる政策を展開してきた総務省、国土交通省、経済産業省に加えて、厚生労働省、警察庁、文部科学省、環境省、農林水産省などによる取組が展開されるようになった。その結果、さまざまな分野において「〇〇」×「まちづくり」という掛け合わせが行われた。「観光まちづくり」「アートのまちづくり」「歴史まちづくり」「交通まちづくり」「かわまちづくり」「防災まちづくり」「防犯まちづくり」「健康・福祉のまちづくり」「スポーツによるまちづくり」「食のまちづくり」「農のあるまちづくり」など、さまざまなまちづくりの取組が輩出した。今日では対象分野の拡大により、「まちづくり」が多義的な概念となり、用いる主体によって同床異夢となることもある。そのため、「まちづくり」は曖昧な概念であるという指摘も見られるようになった。しかし、「まちづくり」という用語誕生の歴史から明らかなように、その本質は「ボトムアップ」と「総合性」に基づく課題解決にある。地域の課題解決にあたっては、関連主体が連携して問題を発見し、解決策の構想、実施、点検という一種のPDCAサイクルを展開していく必要がある。この観点から、筆者はまちづくりを「様々な主体のパートナーシップによる地域の課題解決」と再定義して取り組んでいる。
3.まちづくり研究会の25年のあゆみ
まちづくり研究会は、冒頭に述べたとおり1998年の中心市街地活性化法の施行を機として、「住みやすい街の実現に寄与する」という理念のもとで設立された研究会である。創設以来、まちづくり研究会では、その時々の社会経済環境、とりわけ都市・地域政策の動向を踏まえて活動を続けてきた。もともと地域の中小企業支援を中心課題として設立され、当初は商店街振興を主要な支援対象として活動してきたが、まちづくりの対象が拡大する中、産業分野の事業支援を主要対象としつつも、その対象領域が拡大してきている。
活動は、専門家や会員からの報告・意見交換を行う毎月の定例会と視察活動を基本に行ってきた。25年間(1998~2023年)の定例会、視察などの開催件数は延べ306回に達する。2005年からは診断士が全国各地の現場の取組に接して専門性を深める機会として、年1回の一泊研修も実施してきた。
その取組は次の4期に分けることができる。
(1)1998~2009年:草創期
1998年、まちづくり三法の成立を受け、中小企業診断協会東京支部に「中心市街地活性化研究会」として設立された。2004年に「まちづくり研究会」に名称変更し、商業活性化を中心とした研究・提言活動を本格化させた。都市計画、マーケティング、建築、不動産、福祉など多分野の専門家が連携し、全国各地の中心市街地の視察、制度研究、政策提言を行い、「地方分権時代のまちづくり」を出版した。
(2)2010~2019年:ネットワーク拡大期
2011年の東日本大震災以降、地方創生が国家的課題となり、地域活性化への関心が高まった。研究会でも復興支援や地方都市の取組に注目し、現地調査やフィールドワークを通じて全国各地の成功事例を共有した。また、他分野との連携によるまちづくりの可能性も模索され、多世代交流や福祉分野との融合など、研究テーマの広がりを見せた。
(3)2020~2022年:コロナ禍対応と変容
新型コロナウイルスの流行により、まちづくりの前提そのものが大きく揺らいだ。研究会では早期からオンライン定例会を導入した。アフターコロナに向けた新しい都市像や生活空間の在り方、公共空間の使い方についての提言レポート「アフターコロナのまちづくり-中心市街地活性化2.0」をまとめるなど、状況変化に即応した情報発信や調査活動を行い、全国のまちづくり団体との交流も図った。
(4)2023年~現在:多世代・多様性との融合
25周年の節目にあたり、活動の振り返りとともに新たなステージへの準備が進んでいる。若手とシニアが地域の未来像を構想する「共創」の場として、まちづくり研究会は進化を続けている。テーマは商業から観光、起業、教育、福祉へと広がり、都市空間における「場の価値」を再定義する取組も進んでいる。

図1 まちづくり研究会25年のあゆみ 出所:まちづくり研究会
4.「25年のあゆみ」をとりまとめるなかで見えてきたこと
まちづくり研究会の25年のあゆみをとりまとめる過程で、過去の取組を整理し、議論を重ねた。その中でまちづくりの意義や診断士の役割など、いろいろな発見があった。ここでは、(1)集積と連携がもたらす協働価値の重要性、(2)当事者以外の第三者の役割の有効性、(3)生成AI時代における診断士の存在価値の3点に焦点をあてることにしたい。
(1)集積と連携がもたらす協働価値の重要性
まちづくり研究会が主な支援対象としている商業地や観光地では、空き店舗や空き旅館の存在が大きな問題となる。個々の店舗や旅館の撤退が面的価値(地域の魅力)の喪失につながり、連鎖的な事業撤退と地域の衰退を招く可能性があるからである。そのため、こうした地域・地区の活性化にあたっては、まずは店舗などの集積形成とその維持に努める必要がある。
一方、地域・地区の販売促進にあたっては、店舗などの集積維持に加えて、地域・地区としての取組を通じて、個店のみの販促活動を超えた魅力形成と効果が可能である。すなわち、地域・地区の物理的集積を維持するだけでなく、関係主体が連携し、イベントの共同開催や、街並みの統一、販促活動の共通化などによって、面的に魅力ある地域価値を形成することが重要である。図2に示すように、地域価値は「集積価値」と「協働価値」に大別され、前者は物理的密度、後者は主体間の関係性から構成される。すなわちまちづくりを通じた地域の課題解決にあたっては、集積価値と協働価値の形成が鍵となるのである。

図2 地域価値の構成要素
(2)当事者以外の第三者がかかわることの有効性
様々な主体が存在する地域において「協働」を成立させるには、利害や立場の異なる多様な関係者の間をつなぐ調整が必要である。そこで求められるのが、中立的かつ専門的立場を有する専門家の存在であり、中小企業診断士は行政関係者、商業プランナーなどとともに、専門家の一員として参加してきた。
地域活性化の登場人物をわかりやすく示すモデルとして、よく用いられる「バカ者」「若者」「よそ者」というカテゴリーの中で、診断士は「よそ者」として地域に新たな視点をもたらす役割を担う。バカ者が「熱意」を、若者が「行動力」を、よそ者が「俯瞰力と論理」を担うとすれば、診断士は地域内外をつなぎながら「仕組み化と論点整理」を担う存在として、極めて有効な存在となりうる。外部者としての立場により、内部では発見できない視点に立った課題の顕在化や、合意形成を促進することが期待されているのである。
(3)生成AI時代における「人間力」の意味
ChatGPTに代表される生成AIの台頭により、情報収集、資料作成、政策提案までが自動化される時代に突入した。その活用可能性とリスクを検討するため、まちづくり研究会においても、「まちづくりと生成AI」をテーマとした定例会が開催され、AIの仕組みや自治体での導入事例が紹介されたことがある。
確かに、AIは定型業務において高い生産性を発揮するが、一方で地域支援やまちづくりにおける合意形成や信頼関係構築といった非定型的な業務は、依然として人間の役割に依存する部分が大きい。特に利害調整やビジョン共有といった過程では、個々人の感情や信頼が不可欠であり、それはAIには再現困難な領域である。生成AIを活用することで診断士の業務の一部は効率化できるが、それを活かすためには「問いの設計」や「関係者の文脈理解」といった高度な能力が求められる。すなわち、AI時代だからこそ、調整型専門職に求められる「人間力」の重要性はむしろ高まっているのである。
5.おわりに――未来への展望
まちづくり研究会が25年にわたって蓄積してきた知見と実践から、地域価値の創出において多くの示唆を得ることができる。地域資源の面的展開、外部者の視点導入、非定型課題への対応能力といった特質は、今後の地域政策においても一層重要性を増すであろう。
生成AI時代を迎え、今後の診断士には人間力を活かした「場づくりの専門家」としての視点が求められる。診断士は地域における「よそ者」として、多様な主体をつなぎ協働を育むキープレイヤーであり、まさに本稿で述べた「よそ者が繋ぐ協働の力」こそ、今後の地域政策に不可欠な視点といえる。その意味で、まちづくり研究会の活動は、診断士の役割転換の最前線を体現してきた。今後も、知の共有と共創のプラットフォームとして、地域の課題解決と魅力創出に向けた活動を推進する場としたいと考えている。
参考文献
増田四郎、「都市自治の一つの問題点」『都市問題』、東京市政調査会、1952年5月
渡辺俊一他「用語「まちづくり」に関する文献研究(1945~1959)」『日本都市計画学会学術研究論文集』、1997年
石原武政、「地域小売商業政策の展開」『経済産業研究所BBL』、独立行政法人経済産業研究所、2011年6月
大場修一「80年代の流通産業ビジョンと今後の流通政策の方向」『マーケティングジャーナル』、1984年1月
田村明、「まちづくりの発想」、岩波書店、1987年
内海麻利、「まちづくり条例の実態と理論」、第一法規、2010年
地方自治研究機構、「まちづくり・土地利用関連条例」、一般財団法人地方自治研究機構HP、2025年1月更新