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従業員の幸福度をアップして経営強化につなげるツール、
「ウェルビーイング道具箱」の開発

城南支部 成長産業分野研究会 出水進

<ツール開発に至る基本的な考え方>

  1. 近年ウェルビーイング(幸福度)への関心が高まっている。人々の幸福を単に肉体、精神の健康や、経済的な裕福さにとどまらず、総合的な幸福度を高めていこうという際に使われている言葉のようだ。各官庁、経済団体、研究機関でも数多くの研究や提言がなされている。当然のことながらとりまとめ主体の立場により、生産性(経済産業省等)、健康(厚生労働省等)、街づくり(国土交通省、自治体等)、教育(文部科学省)、等重点を置く分野が異なっている。
  2. 中小企業診断士が活動する直接の分野である、中小企業支援への応用についてはJ-Net21でも取り上げられている。
    (2023年1月13日ビジネスQ&A「ウェルビーイング経営が生産性の向上や人材の確保に有効だと聞きました。中小企業でもウェルビーイングを向上させる方法などはあるのでしょうか?」) https://j-net21.smrj.go.jp/qa/org/Q1461.html
  3. しかし、ウェルビーイングは幅広い概念であり、中小企業にとってどのような意味があるかは経営者、従業員はもとより我々支援者にとっても理解が一様ではない。ウェルビーイングという考え方が多く語られる以前からある「健康経営」、「働き方改革」等との異同も理解が難しい。そこで、経営者・従業員に具体的なイメージを持っていただくことを考え、従業員のウェルビーイングを推進するためのツールとして「ウェルビーイング道具箱」の開発に取り組んだ。また当研究会ではこれまでに事業承継やイノベーションマネジメントのためのツールを開発してきたが、いずれも経営者を支援するもので、企業全体と従業員に対する視点が弱かったと感じていたことと、研究会の本来の主要テーマである「成長産業分野」と「ウェルビーイング」の関係について整理を行うため、本研究に取り組んだ。研究会としても、ウェルビーイングについて当初から深い理解があったわけではなく、多分に手探りの状態から研究を進めた。以下に取り組み初期に検討した資料の一部を示す。

図表1 ウェルビーイングの各社取り組み例分析
(HP等をもとに研究会で作成)

図表2 ウェルビーイング星取表

<ツールの概要>

  1. 当研究会が「ウェルビーイング道具箱」として開発したウェルビーイング(以下WBと略記)推進のためのサブツールは次の5点である。①WB自己紹介カード、②WBレーダーチャート、③WBマトリクス、④WB推進フローチャート、⑤WB支援者用マニュアル。以下各ツールの概要を紹介する。また①~④の各ツールと当事者の関係についてはそれぞれ図表として例示する。
    2. なお、本ツールを「ウェルビーイング道具箱」と名付けたのは企業の経営者と従業員に肩ひじ張らずに気軽に取り組んでもらうため、今後開発するサブツールを自在に追加・入れ替えする自由度への期待を込めている。
    ① WB自己紹介カード
    トランプ状のカードに、仕事、家庭、健康、趣味等への質問を記載したもので、支援者(当研究会会員等の中小企業診断士、以下同じ)がファシリテーションを行い従業員がグループで自己紹介をしてもらうことにより、従業員にウェルビーイングについての気づきを与えるとともに、会社への潜在的な希望を掘り起こすもの。

図表3 「WB自己紹介カード」

② WBレーダーチャート
レーダーチャート型のシートに、給与、福利厚生、労働時間、などの6項目について、現在の各項目の満足度と各項目に感じる重要度を記入するもの。このツールでは従業員の満足度を把握するとともに、経営者がもっている認識との異同のチェックも行う。

図表4 「WBレーダーチャート」

③ WBマトリクス
このツールは経営者が検討するためのもの。②のWBレーダーチャートで使った6項目について6×6のマスにウェルビーイング推進の施策および実施のためのコスト等を記入するためのもの。各施策の効果や優先度合い、ある項目を推進した場合に悪影響を受ける可能性のある項目のチェック等に使う。
この表はなるべく多くのコマを埋めたいものの、表の完成そのものが目的ではなく、経営者に各項目で可能な施策の洗い出しと、他の項目への影響有無を考えてもらうことが主目的である。

図表5 「WBマトリクス」 (作成の途中段階を示している。 横軸が施策、縦軸が関連する副作用)

給与 福利厚生 労働時間 健康 キャリア形成 家族
給与 給与上昇(単独) 残業増による所得増
福利厚生 福利厚生強化(単独)
労働時間 残業減、余暇時間増加 労働時間短縮(単独) 実質拘束時間増加
健康 健康増進(単独)
キャリア形成 勤務時間外の学び提供 キャリア支援(単独)
家族 家族への支援(単独)

④ WB推進フローチャート
上記①から③までのプロセスを支援者、経営者、従業員の役割と時間関係を示したもの。企業経営者と支援者がウェルビーイング推進について取り組む上で共有する進行表となるもの。
この図表を通じて経営者にウェルビーイング推進の時間軸を理解していただくとともに、随時状況に応じて見直していくことの必要性を理解していただく。

図表6 「WB推進フローチャート」

⑤ WB支援者用マニュアル (本サブツールについての図表は記載しない)
同じく上記①~④までの各プロセスを経営者と支援者、従業員と支援者でどのように進めていくかのマニュアル。このマニュアルは経営者・従業員向けのツールには含まれない。従って厳密には⑤は開発したツールであるが「道具箱」に入っていない。

図表7 各ツールと当事者の関係

経営者 従業員 支援者
①    WB自己紹介カード
②    WBレーダーチャート
③    WBマトリクス
④    WBフローチャート
⑤    WB支援者マニュアル

 

<ツールの使い方>

    1. まず最初のステップとして、支援者は経営者に対してウェルビーイングについての一般的なレクチャーと、本ツールについての説明を行う。一部の研究熱心な経営者を除いてはウェルビーイングについてまったく知らないか、または自分の会社とは関係がないと受け止めている可能性があるため、従業員のウェルビーイング(幸福度)アップが企業の経営強化・成長につながる可能性があることを認識していただく。
    2. 従業員とのグループ・ミーティングの機会を設けていただき、支援者がファシリテーターとなって従業員にWB自己紹介カードを使った自己紹介を行っていただく。このプロセスはなるべくゲーム感覚で楽しく進める。というのも目的が3つあるからだ。①従業員にウェルビーイングについて意識をもってもらう、②経営者も気がついていない仕事についてのやりがいが聞ければ特に参考になる、③加えて経営者と支援者がこれから行おうとしていることに警戒感を持たれないようにする。WB自己紹介カードのプロセスは経営者は傍聴しても欠席してもよい。従業員との距離感に応じて本音を引き出せるように経営者の出欠を決める。
    3. 次にWBレーダーチャートという紙を配布し、またはホワイトボード等に貼付し、従業員に給与、福利厚生、労働時間、などの6項目について、現在の各項目の満足度と各項目に感じる重要度を記入してもらう。6項目を大項目として、各3~5の小項目も作っているが、これまでの試行では項目が細かいと結果が標準化してしまう傾向があるため、大項目にとどめた方が以後の議論がしやすかった。従業員の記入が終わったら、経営者にも共有し、経営者が認識している会社の姿と従業員から見た会社の姿を比較してもらう。
    4. 次のプロセスは経営者向けである。支援者は伴走型で、時にはノウハウを提供し、時には厳しいチェッカーとなって、ウェルビーイング施策を検討する。レーダーチャートで使った6項目について6×6のマスにウェルビーイング推進の施策を記入していく。すべてのマスを埋めることは困難であり、実際にも必要ではない。横軸に記載した項目を進めるために犠牲となる項目がある場合には縦横が交差するマスに施策、実施コスト、実現性を記載する。(例:リモートワークやフレックスタイムを導入する、一方給与引き上げは見送る、等)このプロセスは時間をかけて納得がいくまで行う。
    5. また、施策を考える際には①コストフリー型(例、対象会社の製造した部品が世界ブランドで使われている場合は従業員に周知することで会社にとっての追加の負担がなくてもモチベーションアップにつながる可能性がある。)、②トレードオフ型(給与を上げるため労働時間を延ばす、反対に労働の自由度を高めるが給与は上がらない、等)、③経営オファー型(コストはかかるが遊休資産の売却や助成金の活用で従業員に一方的なメリットを与える)、の区分を意識して施策を考える。
    6. 全体の流れをまとめたものがWB推進フローチャートである。たんなる進行表ではなく、施策検討プロセスを経営者にとって納得がいき、従業員に提案する自信ができたときに、経営者と従業員の施策提案ミーティングをセットするようにコントロールするためのもの。中途半端な提案は経営者と従業員の双方にとって、緊張や失望につながる可能性があるため、このリスクを低減する。経営者と従業員がフランクに話し合える距離感の場合には、早い段階で後戻り可能な施策打診の形で進めることもありうる。
    7. 最後に、WB支援者用マニュアルも一連のツール開発には含まれている。ただしこのサブツールはあくまで、支援者用であり、経営者・従業員には開示されない。特に具体的な施策を検討する際の、経営者への助言内容のノウハウや、経営者と従業員が向き合うタイミングの取り方が記載される。もちろん、企業は一社一社がそれぞれ別ものであり、支援者用マニュアルは標準的なノウハウでしかない。個別の支援にあたっては支援者の経験や判断力が求められることは言うまでもない。このため、当研究会自体が対象企業の属性に応じてマニュアルを改変していく必要を感じている。本ツールの普及を図る段階に向けて、研究会所属メンバー以外が支援者マニュアルをカスタマイズするための「マニュアル・カスタマイズ・マニュアル」の作成も視野に入れている。

<ツールの効果と優越性>

  1. ウェルビーイングの推進は特段企業の経済活動、企業社会だけを前提としたものではなく、個人、家族、地域社会単位で取り組むこともある。企業においては従業員の働き方を支援することで、モチベーションアップを通じて企業の強化・成長につなげるという考え方が一般的である。
  2. 企業にとってのウェルビーイング対策は、どうしても待遇改善策となってしまう。ここで気を付ける必要があるのは、企業にとって身を削るように捻出した施策であっても従業員の心に刺さらなければ、お互いにかえって緊張感が高まったり、逆に失望につながる恐れがある。(「なんだ、こんなものか」、「どうせなにも変わらない」等)
  3. 当研究会が考えている、本ツール「ウェルビーイング道具箱」活用のメリットは、実現性があって効果が高いウェルビーイング施策を検討することができること、また経営者は従業員に対して、十分に練った施策提案をする、または後戻り可能な段階で打診を行い、緊張・失望のリスクを低減することができることである。
  4. 中小企業向けのウェルビーイング推進ツール・標準化された推進手順は当研究会の初期調査では発見できなかった。このため本ツールは類例がなく新規性があるものと認識している。

図表8 診断士によるファシリテーション

図表9 従業員によるWB自己紹介カード活用

<ツールの活用例>
当研究会では「ウェルビーイング道具箱」実証実験として、以下に示す企業に協力していただいた。同社はもともと従業員の働き方改革やスキルアップへの関心が高かったため、各施策の優先度や導入時期の検討を進めていただくうえで、本ツールに対して好評価を得ることができた。

かこみ記事 実証実験の概要 (前掲の写真も同社)

実証実験協力企業: X社
東京都内所在、従業員25名、企業運営の一部事務をアウトソーシングで受託している会社
<企業の特徴>
従業員は20歳代から30歳代と若い。男女比では女性が圧倒的に多い。
経営陣も40歳前後の女性が多く、年齢もキャリアパスも経営陣と従業員の距離が近い。<支援者のコメント>
専門的な事務を受託している性格上、企業の持続可能性・成長性のために従業員のスキルアップが極めて重要。ウェルビーイングについて経営者の意識は高いものの、従業員は仕事の壁にぶつかる方や、スキルアップにより社外に活躍の場を求める方が一定程度発生するため、ウェルビーイング推進による企業成長への効果は現状では水平飛行からやや上昇方向程度の状態。<従業員からのコメントの集約>
スキルアップやキャリアアップは求めているものの、家庭、健康、余暇とバランスも気になる。会社はさまざまな支援を用意してくれているとは認識しており、自分にとってより良いものになるとうれしい。
<経営陣のコメント>
従業員のスキルアップやモチベーションアップが会社の成長のカギであり、できる限り効果的な従業員支援を行っていきたい。従業員は5年、10年、15年前の自分と重なる部分も多くロールモデルの提供も行っていきたい。

<今後の予定>
現在までに実証実験を行った企業は、もともとウェルビーイングへの知見や関心も一定レベル以上であった。また、同社の専門的な事務受託の性格上、ウェルビーイングの推進が従業員のスキルアップやリテンション向上を通じて企業としての持続可能性や成長性に直結している。一方ウェルビーイング推進がものづくり企業において新規開発やイノベーションに対して持つかもしれない間接的な効果への検証はできていない。人の幸福度と企業の持続可能性・成長を扱う以上、現在コンタクトしている先への定期的なフォローによる定点観測も必要だと考えている。当研究会では今後も「ウェルビーイング道具箱」実証実験を継続し、ツールの実効性を評価するとともに、ツール自体の改善を続けていく予定である。

以上

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