1. HOME
  2. Members
  3. 東京協会
  4. エンゲージメント創出型ツール「工場見学レポーティング」

エンゲージメント創出型ツール「工場見学レポーティング」

東京協会 工場診断研究会(こうば研) 谷川大致

1. はじめに
中小企業を取り巻く環境は常に変化し、複雑化している。このような状況下で、中小企業診断士が果たすべき役割もまた進化を遂げている。本稿では、私たちが運営する「工場診断研究会(こうば研)」における工場見学と見学報告をパッケージにした「工場見学レポーティング」の取り組みを通じて、中小企業支援における新たなプッシュ型支援の有効性と、それが中小企業にもたらす具体的な成果について報告する。私たちは、この「工場見学レポーティング」が、診断士自身の能力向上だけでなく、中小企業が抱える潜在的な課題の顕在化と解決、さらには持続的成長を促す強力なツールとなり得ることを実証した。

図1 工場見学レポーティングの標準プロセス出典:筆者作成

2. ツールの開発経緯と活動概要
2.1. 「こうば研」の活動と初期の課題
2010年に発足した「こうば研」は、製造業の直接的な経験を持たない診断士も含む多様なメンバーで構成され、中小製造業支援の専門技術・知識向上を目指している。私たちの活動の核となるのが、多岐にわたる製造業の現場を対象とした工場見学である。単なる見学に留まらず、訪問企業と業界の事前調査を徹底することで、見学中の着眼力を高め、診断力の向上を図っている。ちなみに、当初は工場視察や工場診断など研究会の中でも名称があいまいであったが、経営者に受け入れてもらいやすい名称の「工場見学」に至った。研究会では、我々中小企業診断士が学ばせていただくという姿勢が、経営者との接点を構築する上でも不可欠であると改めて認識したのである。

図2 工場見学レポーティングで大事な姿勢
出典:筆者作成

2.2. 転機となった「おせっかい」な提案
大きな転機は、2023年4月に訪問した洋菓子製造の株式会社ガトー・ド・ボワイヤージュ社での経験である。経営者や工場長から現場の苦労や努力を直接伺う中で、メンバー内に「単なる感想で終わらせてはならない」という強い思いが生まれた。
これを機に、研究会では「診断士の専門的視点から、現場で得た気づきや改善提案を具体的な形で還元できないか」という議論が活発化した。その結果、従来の個別レポートを統合・昇華させ、気づき・分析・提案を盛り込んだ詳細な報告書を作成し、直接プレゼンテーションを行うという現在のスタイルが確立された。
当初は「無償で見学した上で課題を指摘する提案は、一方的な『おせっかい』と受け取られかねない」という懸念もあった。しかし、「相手が真に喜ぶ価値を提供することこそが重要だ」という信念のもと、我々が考え得る最善の価値向上策を伝えることを決断した。結果、同社の会長から心からの感謝の言葉をいただき、この取り組みが支援先企業と診断士双方にとって有益なツールとなり得ることを確信した。この一連のプロセスこそが、本稿で提言するエンゲージメント創出型ツール「工場見学レポーティング」の原型である。

図3 工場見学レポーティングのあるべき姿

3. 「工場見学レポーティング」が拓く支援事例
私たちの工場見学と見学報告をパッケージにした「工場見学レポーティング」の取り組みは、これまで多くの企業との「縁」を生み出し、具体的な支援へと発展してきた。本報告では、その中から特に印象的な4つの事例をご紹介する。

3.1. 既存の見学スタイルからの支援事例

■有限会社堀内製作所:事業計画策定・ものづくり補助金支援

東京都墨田区押上にある有限会社堀内製作所は、1948年創業の老舗で、板金プレス加工、金属機械加工、金属焼付塗装加工を専門としている。資本金1,000万円、年商3億円(2019年度)、従業員30名を擁し、小型トランス用外装部品や精密機械加工品など、多種多様な製品を手がけている。NCタレットパンチプレスやレーザー加工機といった最新設備を導入し、効率向上に努める企業である。
こうば研が堀内製作所から相談を受けたのは、コロナ禍でバイク宅配サービスが急増し、特注のバイク部品の需要が爆発的に高まったことがきっかけであった。同社は、これまでも創意工夫を凝らして増産に対応してきたが、ある時点から溶接工程やその後の後処理工程が深刻なボトルネックとなり、これ以上の増産が困難な状況に陥っていた。

具体的な課題は、①溶接工程の品質安定化、②生産量の抜本的な拡大とリードタイムの短縮、③溶接・後処理工程の省人化であった。こうば研は、現場見学を通じてこれらの課題を深く掘り下げ、「職人の勘」に頼っていた溶接作業をロボットアーム導入による自動化という方針を打ち立てた。しかし、ここで最も難しかったのは、熟練職人の長年の経験に基づく「感覚的な取り組み」を、ロボットが再現できる具体的な「言語化された手順」へと落とし込む作業であった。メンバーが何度も現場に足を運び、職人との対話を重ねることで、ようやくその障壁を乗り越えた。結果として、ものづくり補助金の採択を支援し、無事に資金を確保。自動化が実現した現在、堀内製作所は生産性向上と増産体制を確立し、売上は順調に上昇、業績も好調を維持している。

■株式会社栄和産業:原価管理強化支援・神奈川県物価高騰等対策支援

神奈川県綾瀬市に本社を置く株式会社栄和産業は、1974年設立の自動車部品や建設機器部品の製造を主力とする企業である。金型製作から試作品、量産、組立、検査まで一貫した生産体制を持ち、多様な加工技術を強みとしている。「ダイバーシティの力で笑顔あふれる未来を創りだす」を企業理念に掲げ、社会貢献にも積極的で、「日本で一番大切にしたい会社大賞」も受賞。現在では従業員数180名を誇る企業へと成長を遂げている。

こうば研が関わるきっかけとなったのは、コロナ禍の時である。同社は従業員の雇用維持を最優先し、積極的に受注活動を展開した結果、売上を維持することには成功したが、その反面、利益率が著しく低下するという課題に直面していた。競争激化による単価下落や原材料費高騰も重なり、収益性の改善が喫緊の課題となっていたのである。

工場見学を通じて、経営者が抱えるこの深刻な問題意識を共有し、こうば研は原価管理強化の支援要請を受けた。具体的な支援として、選抜された社員によるプロジェクトチームを結成し、診断士が伴走支援を行った。中核工場における製造プロセスの徹底的な洗い出しから始まり、各工程の時間計測、歩留まりの確認、そしてそれらから算出される原価と既存の見積値との比較分析を実施した。支援の中で最も困難だったのは、社員の意識改革であった。「会社の決めたことだから」と、既存のルールを当たり前のように受け入れ、自ら会社を変えようという意識が希薄だった。そこで、こうば研はプロジェクトチームが自ら分析結果を社長に提案する形をとり、社員が主体的に課題解決に取り組む姿勢を育んだ。結果として、原価把握の新たなルールが確立されただけでなく、社員一人ひとりが「自分たちの手で会社を変えられる」という大きな自信と達成感を獲得。これが企業全体の成長へと繋がり、現在も事業を拡大し続けている。

3.2. 新しい「工場見学レポーティング」からの支援事例

■アークメタル株式会社:経営力向上計画策定支援

東京都江東区に本社を置くアークメタル株式会社は、1991年設立のアルミニウム素材の加工・販売会社である。アルミニウムの丸棒や板を中心に、各種非鉄金属の販売と加工を手がけ、豊富な在庫と短納期対応が強みである。ISO14001認証を取得し環境配慮にも積極的で、従業員数51名ながら、建築、自動車、電機、半導体、航空機といった幅広い産業分野に材料を提供している。

こうば研が工場見学に伺った際、経営者は深刻な表情で「物流の2024年問題」について語られた。特に千葉県に物流拠点を置く同社にとって、西日本への輸送コスト上昇は避けられず、これにより西日本地域の顧客サービス品質の悪化が懸念されていた。配送時間の長期化や輸送費用の増加は、顧客満足度低下だけでなく、競争力低下に直結する大きな問題であった。また、長距離輸送に伴う環境負荷の増大も、ISO14001を取得し環境配慮を重視する同社の経営方針と相反するものであった。

見学後の「見学報告」において、こうば研は経営者が抱えるこの切実な課題に対し、単なる物流拠点ではない「西日本センター」の新設という大胆な計画を提案した。このセンターには、アルミニウム製品の流通加工機能を持たせるための設備導入を盛り込み、単なる物流コスト削減に留まらない、付加価値の高い拠点とすることを構想した。経営者もこの提案に強く賛同し、こうば研は中小企業等経営強化法に基づく経営力向上計画の認定取得を支援。無事に計画が認定され、西日本センターの設立が実現した。これにより、同社の西日本における競争力は飛躍的に向上し、現在もなお業績を伸ばし続けている。

■株式会社i-ABC:販路開拓支援

株式会社i-ABCは、2023年3月に設立されたばかりの、食と農の分野に特化したコンサルティング兼ワイン醸造会社である。経営者自らが自社農園で農作業に従事し、「食と農の連携」「地方と都心の橋渡し」を通じて、日本の持続可能な発展に貢献することを目指されている。まだ設立間もない会社であるが、その情熱とビジョンは強く、こうば研のメンバーも深く感銘を受けた。

工場(醸造所)見学に伺った際、同社が抱える最大の問題点は、限られた時間内でのワインの効率的な製造と販売であった。特に、手塩にかけて育てたブドウからワインを造り上げる喜びとは裏腹に、そのワインを顧客に届ける「販路開拓」において、深刻な時間不足に悩まされていた。昼間は畑での農作業に追われ、夜はワイン製造の研究や事務作業に時間を費やすため、ワインに込めた情熱や想いを顧客に伝えるためのプロモーション活動にまで手が回らない状況だった。自家醸造のワインを販売する前に、いかに効果的なプロモーション戦略を構築するかが急務となっていた。

こうば研は、この課題に対し、見学報告の場で具体的な販路開拓の基本的知識の体系化を提供した。具体的には、ターゲット顧客の明確化、ブランドイメージを確立するためのブランディング戦略の構築、オンライン・オフライン双方の販売チャネルの最適化といったアドバイスを行った。さらに、最も実践的な支援として、ワイン製造の日常をありのままに撮影し、SNSやイベント等で公開できる魅力的な動画コンテンツの活用を提案した。経営者と共に、ワインが生まれるまでのストーリーを語る「ストーリーテリング」の重要性を深く議論し、「推しファン」を増やす具体的な方法について共に考えた。この支援がきっかけとなり、株式会社i-ABCは着実にファンを増やし、販路を拡大。さらには、同業者である他のワイナリー経営者を紹介いただき、こうば研では現在、その新たなワイナリーの支援にも取り組んでいる。

4. 生成AI時代における「工場見学レポーティング」の存在意義
近年、生成AIが目覚ましい発展を遂げる一方で、中小企業診断士による「工場見学レポーティング」の価値はむしろ高まっている。その理由に、AIには代替できない診断士ならではの強みが三点ある。

第一に、現場の「空気感」や「非言語情報」の把握である。AIはデータ分析に優れるが、工場の活気、従業員の表情、微細な異音、独自の慣習といったデータ化困難な情報は、五感を使う診断士だからこそ肌で感じ取り、経営課題の本質を捉える上で不可欠な要素となる。
第二に、経営者との「人間関係」と「信頼構築」である。経営者の悩みは数値だけでは語れない感情や価値観に根差すことが多く、AIは共感を示すことができない。工場見学を通じた直接対話は、診断士が単なるアドバイザーではなく「伴走者」としての信頼関係を築く土台となり、経営者が本音を打ち明ける環境を育むことができる。
第三に、潜在的課題の「発見」と「言語化」である。多くの経営者が自社の課題を明確にできていない中、AIは与えられた情報以上の潜在課題を発見することは苦手である。診断士は現場観察力と経験に基づき、経営者自身も気づかない課題を掘り起こし、言語化することで、新たな改善の糸口を提供できる。
このように、「工場見学レポーティング」は、人間の感覚、共感、創造性を要する領域であり、これらは生成AIには代替不可能な中小企業診断士のコア・コンピタンスそのものである。

図4 中小企業診断士のコア・コンピタンスを必要とする「工場見学レポーティング」
出典:筆者作成

5. まとめ
「工場見学レポーティング」は、中小企業診断士が自身の専門性を高め、中小企業の持続可能な成長を支援するための有効なツールである。単なる「診断」に留まらず、能動的に現場に介入し、具体的な「支援」へと繋げるこのアプローチは、今後の診断士の役割を考える上で極めて重要である。特に生成AIが進化する時代においては、人間ならではの「現場力」と「共感力」が中小企業支援の鍵となり、工場見学はエンゲージメントを高める場となる。本稿が、多くの診断士にとって、新たな支援スタイルを模索する一助となることを期待する。

以上

関連記事

アーカイブ