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中小企業診断士によるこども食堂への実践的アプローチ事例

ソーシャルビジネス研究会 盛田里香

1. はじめに
ソーシャルビジネス研究会(以下SB研)は、社会課題の解決を目的とする事業活動を実施する組織の事例研究、伴走支援を通じて、特定非営利活動法人を含む非営利型事業の分野に中小企業診断士の活躍の裾野を広げることを目的としている。
2024年度のSB研の研究テーマを「子ども」と位置付け、全国子ども食堂支援センターむすびえ(以下、むすびえ)と連携して全国8つの子ども食堂に対して組織基盤の評価・提言を実施した。

2. 今回のプロジェクトの背景と目的
(1)こども食堂の誕生と広がり
こども食堂は、こどもがひとりでも行ける無料または低額の食堂であり、運営主体・開催頻度・参加人数は多様である。「こども食堂」という名称は、2012年に東京都大田区で「気まぐれ八百屋だんだん」を営む近藤博子さんが名付けたのが最初とされている(出所:湯浅誠『こども食堂の過去・現在・未来』)。現在では、月1回・30人前後の開催が多く見られ、地域や運営者の工夫により多様な形で展開されている。高齢者や地域住民など多世代の利用も増え、地域の「居場所」や「交流の場」としての機能も果たしている。

(2)社会的背景と展開状況
こども食堂の活動には、「こどもの貧困対策」と「地域の交流拠点」という二つの側面がある。2009年に厚生労働省が「こどもの相対的貧困率」を公表したことを機に、こどもの貧困が社会問題として認知され、こども食堂は地域に根ざした支援の形として全国に広がっていった。さらに、少子高齢化や地域のつながりの希薄化といった社会課題が深刻化する中で、こども食堂は、地域の多世代が交流し支え合う場としても注目されるようになった。
認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ(以下、むすびえ)の調査によると、全国のこども食堂の数は2024年に10,867箇所と、前年から1,735箇所増加し、公立中学校・義務教育学校の合計(9,265校)を上回る規模にまで拡大している。

<図1>こども食堂の箇所数および全国公立小学校/中学校数の推移
出所:2025年2月12日 むすびえ「2024年度こども食堂全国箇所数調査」(確定値)結果の ポイント

 

(3)こども食堂を取り巻く課題
こども食堂の数は増加傾向にあるが、一方で、以下のような課題が指摘されている。
• 資金不足、人手不足、ガバナンスの脆弱性といった構造的課題
• 拡大による活動の質のばらつきや、継続性への懸念
図2は、運営者が感じている「困りごと」をまとめたものである。

<図2>こども食堂での困りごと(複数回答)  回答数1302件、単位:%
出所:2024年9月24日 むすびえ 第9回「こども食堂の現状&困りごとアンケート2024」

 

アンケートによると、「運営資金の不足」が最も多く、次いで「運営スタッフ・後継者の不足」、「広報の不足」、「食材の不足」が続いている。こども食堂は制度上の制約が少なく始めやすい一方、活動を継続していくうえで、資金不足や人材確保の困難さなど組織基盤の脆弱さに直面しており、全国レベルでの支援や体制整備が求められている。
こうした背景から、全国のこども食堂を支援する中間支援団体の役割も、ますます重要になっている。特に「むすびえ」は、「誰も取りこぼさない社会の実現」をビジョンに掲げ、地域ネットワークの構築、企業・団体との協働、調査・研究事業などを通じて支援体制を強化している。ただし、設立から日が浅い団体も多く、支援する側の基盤整備も課題とされている。

<図3>こども食堂を支える中間支援ネットワークの構造
出所:筆者作成

 

(4)課題解決に向けた方向性と中小企業診断士の役割
こども食堂が安定的に継続するためには、組織基盤の強化が欠かせない。活動の継続性を高めるためには、収支構造の可視化や運営体制の整備、外部との連携強化といった経営的視点が必要である。
このような局面においては、中小企業診断士の専門性が期待される。中小企業診断士には、経営者の想いや課題を引き出し、整理・可視化しながら、具体的な方向性を一緒に考える“伴走支援”の役割が求められている。
経営改善の第一歩は、経営者自身が自らの想いを言語化し、それを自ら納得できる形で整理することである。中小企業診断士が傾聴と共感、そして適切な問いかけを通じて、経営者の思考を深め、持続可能なアクションに導いていくのである。

(5)本プロジェクトの目的
こども食堂が抱える運営上の課題を踏まえ、本プロジェクトの目的は、中小企業診断士による伴走支援を通じて、現状の課題を整理・可視化し、持続可能性に向けた第一歩を支援することである。
本プロジェクトでは、中小企業診断士の専門性を活かして組織の現状を把握・分析し、課題を抽出・整理することが求められた。

3. プロジェクトの実施内容
(1) プロジェクトの概要
本プロジェクトでは、SB研がむすびえから委託を受け、会員の中小企業診断士が、対象となるこども食堂に対して現地訪問やオンラインでの対話を通じたチェック&ヒアリングを実施した。
プロジェクトの流れは以下の通りである。
まず、「むすびえ」が関与する団体のうち、課題整理を希望した8団体に対し、本プロジェクトへの参加を希望した中小企業診断士8名が、それぞれ1団体ずつを担当した。
各診断士は、担当団体の基本情報を事前に収集・整理したうえで、共通のチェックリストを活用して現地訪問やオンラインによるヒアリングを実施し、運営状況や課題を把握した。
その結果をもとに課題の分析を行い、対象団体にはフィードバックを、むすびえには報告レポートを提出した。

(2) チェック&ヒアリングのポイント
① 「チェック&ヒアリング」結果シートの活用
内閣府の「NPOマネジメント診断シート集計表」を参考に、網羅的かつ客観的な評価ができるよう、こども食堂用にアレンジした「チェック&ヒアリング」結果シートを作成・活用した。
評価項目はSWOTの考え方を用い、内部環境5項目(組織管理、財務、こども食堂/利用者(顧客視点)、内部プロセス、人材育成)、外部環境3項目(行政、企業・団体、専門機関)を設定した。評価スコアは5段階とし、結果を定量的に可視化できるようにした。
なお、この他に市区町村域の人口動態やこども食堂数などの地域情報をWeb等で調査し、対象団体に提供した。

<表1> チェック&ヒアリング項目

② ヒアリングの工夫
対象の8団体は、沖縄をはじめ、北海道、新潟、熊本、千葉、滋賀と全国に分布していた。一方、担当診断士の多くは企業内診断士であったため、日程や移動に制約があり、現地訪問は2団体にとどめ、残りの6団体はオンラインで対応した。
ヒアリングは各回1〜2時間と限られていたため、担当診断士は提出資料やホームページのほか、人口動態や地域の背景、関係機関との連携状況なども事前に把握し、仮説を立てて臨むことで、限られた時間内でも実効性のあるヒアリングを行うことができた。

(3) 評価結果と傾向分析
チェックおよびヒアリングの結果はスコア化し、レーダーチャートに可視化することで、各団体の強み・弱みを一目で把握できるよう工夫した。
分析の結果、いずれの団体も内部環境において「こども食堂/利用者」、つまり地域のつながりを作るために重要な顧客対応や支援のスコアが高く、財務のスコアが低いという傾向が見られた。
「こども食堂/利用者」は広報や外部コミュニケーションの分野であり、行政や民間機関を巻き込んだネットワーク形成や地域資源の活用が、効果的に行われていることがわかる。
一方、財務分野では、資金管理や収益性の改善、ファンドレイジングなど、安定的な資金確保が課題であることがわかった。
組織管理の観点では、ミッションの明確化やリーダーシップに関するスコアは比較的高く、経営者の想いや推進力、ネットワーク形成力が組織を支えている様子が確認された。ただし、計画策定や事業評価のスコアは低く、基本的な運営体制は整っていても、中長期的な戦略や継続的な改善体制には課題が残る。
外部環境においては、行政・企業団体・専門機関との連携スコアが全体的に高く、良好 な関係性が構築されていると評価された。

<図4> チェック&ヒアリングの結果スコア(一部抜粋)

 

以上のことから、特に事業評価や事業計画の策定、財務の分野には改善の余地があり、中小企業診断士の専門性が発揮できる領域であることが示唆された。

4. プロジェクトによる成果
(1) 対象団体の声から見えた効果
本プロジェクトに対し、対象となったこども食堂からは以下のような声が寄せられた。
• 現状や今後について話をする良い機会となった。これまで積み上げてきたことが認められ、自信につながった
• 丁寧なチェック&ヒアリングと真心のこもったコメントが、大きな励みになった
• 客観的な評価によって課題が整理され、取り組むべき優先度がより明確になった
これらの声からは、傾聴と共感をベースにした“伴走支援”が経営者の内省を促し、納得感ある方向性の構築につながったことが読み取れる。加えて、中小企業診断士の強みである「経営課題の整理と可視化」が、有効に機能した事例と言える。

(2) 中小企業診断士の気づきと学び
一方、診断士側にも多くの気づきがあった。代表的なものは以下の通りである。
• 理念や共感によって人を動かすNPO法人においては、ビジョンやミッションの明確な言語化・可視化が、外部からの支援者を得る上で不可欠である
• 小さな団体にも必ず固有の強みがあり、それを見つけ出し、気づきを与えることが支援者の役割である
• こども食堂の運営には、事業計画や資金調達など経営面の支援が想像以上に求められており、診断士としてできることの大きさに、あらためて気づかされた

なお、今回のプロジェクトは期間限定の取組みであったが、こうした支援を今後も広げていくには、継続的に関わる機会や仕組みについても引き続き検討の余地があると感じられた。

5. ソーシャルビジネス分野における中小企業診断士の役割
今回のプロジェクトでは、全国8つのこども食堂に対し、中小企業診断士が「チェック&ヒアリング」を行い、各団体の強みや課題を整理した上でフィードバックを実施した。第三者の視点による助言は、活動の方向性を見直す契機となり、多くの団体から前向きな評価が寄せられた。
同時に、診断士にとっても、持続的な運営には事業計画や資金調達といった経営的な支援が強く求められている現実を体感する機会となった。
こども食堂は、地域に根ざした自発的な取り組みとして、経済的合理性だけでは測れない独自の価値を持つ。そこに診断士が経営の視点で関わることで、運営者自身が気づいていなかった課題や可能性を引き出すことができる。
本プロジェクトは、中小企業診断士が営利企業だけでなく、地域や社会課題の現場でも専門性を発揮できることを示す実践的な具体例となった。今後、ソーシャルビジネス分野においても、診断士の専門性と共感力を活かした支援の場を広げていくことが期待される。

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