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ローカルベンチマークを対話の道具として使う
―非財務に絞ったワークショップ、2社3回の実践から―

知的資産経営研究会 屋代勝幸 安田 淳

1. はじめに 研究会とロカベンワークショップの位置づけ

中小企業の強みは、決算書に表れない。こうした知的資産こそが競争力の源泉であることは、支援の現場に立つ者であれば誰もが感じている。しかし、それを自身の言葉で語れる企業は多くない。
言語化されていない強みは承継も社内共有もできない。必要なのは分析ではなく対話である。
知的資産経営研究会は、2010年の設立以来、知的資産経営の普及と支援手法の研究に取り組んできた。その実践の場として2025年10月に立ち上げたのが、本稿で報告する「ロカベンワークショップ」である。
ローカルベンチマーク(以下「ロカベン」)は、経済産業省が「会社の健康診断ツール」として推進する枠組みであり、財務分析と非財務情報の2つで構成される。本ワークショップは、このうち非財務情報だけを扱う。商流、業務フロー、そして「4つの視点」を、経営者と診断士が対面で語り合いながら埋めていく。財務分析は行わない。これは省略ではなく、選択である。数字を挟むと、話は業績の説明へ流れてしまう。数字を外して初めて、経営者は自社の仕事そのものを語り始める。
対象は東京都23区内の中小企業、参加者は1社最大5名程度。全3回の対面開催で、費用は無料とした。ロカベンの周知を目的とした社会貢献活動として、研究会所属の診断士が手弁当で運営している。3日間を通じて、参加企業はロカベンシート一式と、知的資産が顧客への提供価値につながる道筋を1枚に描いた「現在価値ストーリー図(噴水サイクル®)」を持ち帰る。
回を重ねるなかで、我々の想定を超える働きが見えてきた。参加者同士のやり取りである。ある参加者の何気ない一言をきっかけに、別の参加者が自社の強みを改めて認識する。あるいは、強みと強みのつながり、すなわち価値の連鎖に気づく。診断士が引き出すというより、語り合える場を用意することで、当事者自身が発見していく。財務分析を外して確保した時間が、この相互作用を生んでいる。
ワークショップは2025年10月の開始から、2社に対して3回実施した(うち1社は第2ステージの経営デザインシート作成まで実施)。本稿では、主に2026年5月から7月にかけて実施した直近の1社を取り上げ、実践の過程を報告する。非財務に絞った対話が、経営者から何を引き出したのか。読者である会員諸氏が、自らの支援の現場で使える手がかりを見出せるものとなれば幸いである。

2. ワークショップの設計と3ステージの経緯

・3日間の設計
ワークショップは1回約3時間、全3回で構成する。1日目に商流と業務フロー、2日目に「4つの視点」、3日目に現在価値ストーリー図という順序である。
この順序には2つの意図がある。第1に、話しやすい話題から入ることである。強みを正面から問われて即答できる経営者は少ないが、商流や日々の仕事の手順であれば誰でも語れる。語るうちに、当人が当たり前と思っていた工夫が、診断士の目には差別化の要素として映る。第2に、成果物からの逆算である。最終日に価値ストーリー図を完成させるには、その材料となる事実が前2日で出揃っていなければならない。ロカベンシートで棚卸しをし、それを束ねてストーリーにする、という手順を踏む必要があった。
運営は事務局と実践チームに分ける。事務局が企画・集客・ツール提供・会計を持ち、実践チームは対話と成果物に専念する。実践チームにはリーダーのほかにファシリテーターと記録係を置き、進行役と取りまとめ役を分離した。
なお本ワークショップは、過去から現在の経営を見える化する第1ステージにあたる。これに、現在から将来を描く第2ステージ(経営デザインシート)、社内外に価値を伝える第3ステージ(知的資産経営報告書)が続く。
・1社目(A社):第1ステージから第2ステージへ
第1回は2025年9月から10月にかけて、食品製造業のA社(従業員100名規模)を対象に、研究会が用意した会場で実施した。企業側は会長、社長(会長の子息)、取締役(会長の甥)の3名。同族でありながら経営を正面から話し合う機会がなかったという3名が、ワークショップを通じて互いの考えを理解し合えたことが、最大の成果であった。一方、運営面では課題が残った。事務局と実践チームの役割が整理されておらず、リーダーに負担が集中した。振り返りを別日に設けたため、メンバーの拘束時間も膨らんだ。
A社とは2026年2月から3月にかけて、第2回となる第2ステージに進んだ。将来をいつに置くかを最初に議論し、5年後と定めた。3日間で現在の資源とビジネスモデル、5年後の姿、課題と対応策を順に議論した。間に工場見学を挟み、製造の実際を診断士が確認した。第1ステージで言語化した現在価値ストーリーがあったからこそ、将来価値ストーリーを描き、経営デザインシートの将来パートに落とし込むことができた。社長からは「当社にあるものが一覧になった。やりたいことがわかった」、会長からは「5年後は社長が語っていく」との言葉があった。現在を言語化して初めて、将来が語れる。段階を分けた設計の意味は、ここにある。
・第3回に向けた改善
A社での経験から、第3回では図表1の変更点のとおり運営を改めた。これらが第3回でどう機能したかは、次章で報告する。

図表1 ロカベンワークショップの実施経緯

時期 対象 ステージ/成果物 運営上の変更点
2025年9〜10月
(第1回)
A社(食品製造業) 第1ステージ:ロカベン、現在価値ストーリー図 ―
2026年2〜3月
(第2回)
A社 第2ステージ:経営デザインシート 工場見学を追加
2026年5〜7月
(第3回)
B社(樹脂加工業) 第1ステージ:ロカベン、現在価値ストーリー図 事務局・実践チーム分離、事前ロープレ勉強会、当日ラップアップ

著者作成

3. ワークショップの実践(大田区・樹脂加工業B社)

ワークショップを実施したB社は、戦後の高度経済成長期に創業した各種の装置・機械向けの樹脂加工業で、従業員100人弱の企業である。大田区に本社工場と近隣に第二工場を持つ。現社長は2代目(創業者の子息)で、数年前に他社に勤務していた長男が入社し、現在は専務に就任して近い将来の事業承継を見据えている。
今回は、後継者である専務が、今後の自社の経営をともに担っていくことを想定している管理職クラスの幹部社員とともに、将来の方向性を共有するためにロカベンワークショップに応募してきたものである。対する診断士は、当研究会に所属する独立診断士・企業内診断士の6名が参加した。
5月下旬から7月初旬にかけて1回3時間のワークショップを3回実施することとし、社員(部課長)も複数名参加することもあってB社で開催した。
・ワークショップ開催前の準備
今回、B社を訪問するにあたり、ワークショップ各回の進め方や診断士の役割分担を事前検討した。メンバーの1名をファシリテーターに定め、ヒアリングの流れを主導する形とした。進め方は、ロカベンの商流・業務フロー、経営者の着目する4つの視点を確認した上で、B社の現在の価値・強みから価値ストーリー図を整理する流れとした。

図表2 ワークショップのアジェンダ

著者作成

これに加え、A社とのワークショップの経験等から、ロカベンが成功するかどうかの「肝」は、経営者等の企業側参加者への診断士によるヒアリングの良し悪しにかかっていると考え、診断士メンバーが集まり、ファシリテーション、ヒアリングの事前演習としてのロールプレイを実施した。
実例企業(知的資産経営報告書を作成・公開している企業)をサンプルにして、診断士6名が、経営者役/支援者(診断士)役/双方のやり取りを観察するオブザーバーの3組に分かれて、1回60分のセッションを、3役を交代で各々が体験するために3回転させた。1回のセッションは、対話20分、録画レビュー+メンバーからの相互フィードバック40分という構成で、対話の様子を録画し、すぐに全員で振り返りを行なった。
フィードバックから、相手との対話・深掘りの為の「相槌」「オウム返し」「サマリー返し」等の手法や間合いの取り方等で企業側の実状の深掘りをしていくことの大切さなど、訪問前に気づきを得ることが出来たと考えている。
・訪問第1日(5月23日)
診断士6名が大田区のB社本社を初訪問した。会社側のメンバーは、B専務と、製造部、営業部の部課長等のキーパーソンを含め計5名である。会社の将来検討を後継者に委ねている為か、社長は参加していない。場所は同社の食堂を使用することになった。
冒頭の自己紹介、ロカベンおよびワークショップについての概要紹介の後、ロカベンの商流、業務フローの内容を中心にヒアリングを実施した。中盤の休憩以降は、お茶やお菓子の飲食を交えて対話を続ける「もぐもぐタイム」と称してざっくばらんな雰囲気作りを意識した。これにより双方の距離感、専務と他の参加者の距離感が縮まり、さまざまな話を引き出すことが出来たと考えている。
B社の事業や業務の進め方の現状について聞き取りを進める中、B専務が入社以来、課題感を持って注力している、業務・情報の整流化とそのためのDX推進についての考えが語られ、それについて製造・営業部長等の意見が語られる場面があった。一方で、ヒアリング項目が多方面に及び、重要ポイントの深掘りが不足してしまった点、B専務以外のB社参加者がワークショップのスキーム自体に戸惑っていたように見受けられたことは反省点であった。
ワークショップ終了後に工場見学を実施した。土曜日の稼働日であったので、実際に社員が業務をしている中を見学することができ、ワークショップで聞いた業務や製品のイメージを、診断士が補強することができた。
・訪問第2日(6月13日)
前回と違い、B社の休日にあたっており、社内にはワークショップ参加者だけが出社して食堂に集まった。初回の質疑が多方面にわたって発散気味であった点を反省して、冒頭にワークショップのポイントは「自社内で当たり前と思っていることを含めて強みを捉え直すこと」であることを、双方で再確認して開始した。
「商流」、「業務フロー」、「4つの視点」の中から、会社の生い立ち(沿革)、経営理念の確認や、「強み」は何かを深掘りした上で、大きな模造紙に書いた「現在価値ストーリー図」に、B社の提供する商品・サービス、顧客提供価値と考えられるキーワードを書き込んだ付箋紙の仮置きまでを実施した。さまざまな発言から出された情報から、重要性の高いものを取捨選択する議論となった。
・訪問第3日(7月4日)
最終日は、前回終了後に診断士が整理をしたロカベンシートを共有した上で、最終日の主題である価値ストーリーの深掘りに取り組んだ。
B社の参加者にも、自社の強み・価値を自ら導き出してもらいたいと考え、仮置きした価値ストーリー図(模造紙)の周囲に全員が集まり、あらためて足りないキーワードの追加、グルーピングや適正な場所への再配置を行った。B社メンバーからも多数の付箋紙が貼られ、診断士との間、B社メンバー同士で熱のこもった議論が繰り広げられた。この議論で、B社は、単なる樹脂加工受託に留まらない、樹脂に関する最適ソリューション提供企業を目指すという方向性が浮かび上がってきた。最終的には、前回の仮置き時点で診断士側が予想していた価値ストーリー図と、最終形はかなり違うものになり、結果として3日目が最も充実した議論となったと考えている。
終了後に、B社参加者からは「現場と経営の双方の視点から全体を俯瞰できた。個々の業務のつながりを再確認できた」「日々の業務は経営理念からつながっていることを言語化できた」といった言葉があった。また、B専務からも「自社の特長・強みを棚卸して幹部社員と方向性のすり合わせができた」「自身の考えを社内に伝えきれていないことも分かった。発信力が大事」といったコメントもあり、経営者・社員双方にとって意義あるワークショップになったと評価したい。

4. 実践から見えた知見と課題

2社3回の実践から得た知見は、支援者側の習熟、運営の型、そして対話の位置づけの3つに整理できる。
第1に、ヒアリングとファシリテーションの習熟である。企業側の発言と気づきを引き出し、深掘りするには、診断士側のスキルが要る。訪問前のロールプレイは、ロカベンを企業と実施した経験のないメンバーにとって有効な演習となった。準備は欠かせないが、開始後は想定どおりに進まないことも多く、その場で軌道修正する柔軟さも求められる。各回終了直後に現地で行う短時間の振り返りは、その日の発言を整理し、次回の準備と成果物の質を高める上で有効であった。
第2に、運営の型である。事務局と実践チームを分け、事務局がタスク一覧を用意したことで、ロジの抜け漏れがなくなり、リーダーへの負担集中も解消した。実践チームは対話に専念できる。この型があれば、メンバーを入れ替えながら経験と実績を積み重ねることができる。研究会にとって、ワークショップは支援手法を学ぶ育成の場として機能し始めている。
課題もある。1つは、企業の期待とワークショップ・成果物のずれである。B専務は将来ビジョンやアクションプランを期待していたが、第1ステージは過去から現在の振り返りがメインであった。事業者の要望・期待を取り入れた柔軟な対応が必要である。もう1つは、成果物の引き渡し方である。現状は後日送付で終えているが、報告会を設ければ、企業が成果物を自らの言葉で確認して腹落ちさせる場となり、ワークショップに参加しなかった経営者や社員への共有の機会にもなる。将来を描く第2ステージへの橋渡しとしての機能も期待できる。
最後に、対話の位置づけである。診断士側の振り返りでは、成果物の作成に意識が向きすぎたという反省が出た。しかし企業側の言葉を振り返ると、「現場と経営の双方の視点から全体を俯瞰できた」「日々の業務は経営理念からつながっていることを言語化できた」といった気づきは、シートが完成した瞬間ではなく、対話の途中で生まれている。立場の異なる複数の参加者が同じ場にいることで、一人の発言が別の参加者の気づきを呼ぶ。ロカベンシートも価値ストーリー図も、その対話を促す道具であり、対話の過程こそが成果である。

5. おわりに

非財務に絞った対話は、経営者から何を引き出したのか。2社の実践を通して見えた答えは、経営者と幹部の間での方向性の共有である。A社では同族の3名が、B社では後継者と部課長が、同じ場で自社の仕事を語り合った。数字を介さず、日々の仕事そのものを言葉にしたからこそ、立場の異なる者が同じ絵を見ることができた。強みの言語化は、その過程で自ずと進んだ。
研究会では次の実践として、これまでの製造業とは異なる個人事業主、小規模サービス業者をそれぞれ対象とした2件のワークショップが決まり、開催準備を進めている。商流も業務フローも異なる相手に、この対話の型がどこまで通用するかを確かめたい。
ワークショップは、企業にとっての気づきの場であると同時に、我々にとって支援の実践と経験を積む場である。この場をさらに創り出し、中小企業支援につなげていきたい。

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