1. HOME
  2. Members
  3. 【書評】スマホでOK!     売上がグンとアップする写真の全ノウハウ

【書評】スマホでOK!
    売上がグンとアップする写真の全ノウハウ

三多摩支部 小澤朋道

スマホでOK!
売上がグンとアップする写真の全ノウハウ
石田 紀彦 著

【登録情報】
出版社:玄光社
発売日:2023年1月20日発行
単行本:176 ページ

 

主要目次

序章
第1章『顧客心理』を知る
第2章『商品価値』を高める
第3章『提供価値』を高める

著者紹介

石田紀彦(いしだ のりひこ)
1979年岩手県生まれ。2002年日本大学藝術学部写真学科卒後、プロカメラマンとして独立。2016年には東京都豊島区巣鴨にプロモーション支援専門スタジオ「プロモートスタジオ巣鴨」を設立。2017年3月MBA(経営学修士)取得。4月中小企業診断士登録。現在はプロカメラマンとして多くの著名人の撮影をするかたわら、MBAカメラマンとして、「写真の力で中小企業の売上・利益を上げる」を経営使命に掲げ、写真が売上につながる方法を丁寧にわかりやすく伝えている。
https://www.photo-partners.com/

概要

本書は、写真撮影のテクニックを紹介することを目指した本ではない。写真撮影のノウハウをベースにしつつ、飲食店・小売業者の売上を向上させるためのマーケティングの実践書である。基本的なマーケティング理論をベースにしつつも、事業者自身が自分の頭で考えながら集客・追客できるように、丁寧に写真の使い方を案内している。

商品写真を撮影する場合、たいていの人間は綺麗に撮影しさえすれば売上が上がると短絡的に捉えがちになる。綺麗な写真により「商品価値」を伝えることは重要だが、そもそも「顧客心理(=お客様の気持ち)」がないところでは購買には結び付かない。売上を上げるために、「商品価値」と「顧客心理」が重なり合うところに生ずる「提供価値」を突き詰めていくことが重要である。

本書では、「顧客心理」「商品価値」「提供価値」の3つテーマにより構成されている。「第1章 顧客心理」ではストアコンセプトの明確化を、「第2章 商品価値」では撮影手法を、「第3章 提供価値」ではストーリー作りについて解説をしている。

プロカメラマンとして培った撮影テクニックを惜しみなく紹介している一方で、売上につなげる為にはどうするべきかを客観的に突き詰めていく。収集したアンケート情報をエビデンスとして提示しながら、カメラの素人にもスマートフォン1つあれば効果的な写真を撮ることができるよう、わかりやすく案内してくれている。


時代の要請

他の士業と異なり、中小企業診断士の特色はいろんな業界の人間が集まってくるところにある。さまざまなバックボーンをもつ人材が存在することが中小企業診断士の強みと言えるが、それでも本書の筆者のように現役のプロカメラマンとしてのキャリアをもつ中小企業診断士は珍しい。専門家派遣の現場で、チラシやW E B用の写真について的確に助言できる人間は少ないが、本書は、飲食店や小売業をはじめとする事業者支援にも具体的に活かすことができる内容となっている。

筆者はM B A (経営学修士)も持っており、アカデミックな研究機関を経て習得した分析プロセスを惜しみなく駆使している。具体的には、インターネット上で実施した独自アンケートを元に、どんな人にどのようにその写真が訴求するのかを、客観的な根拠を持って丁寧に論を進めているのである。

今の時代、幸か不幸かどんな小さな事業者でもS N Sやホームページを持つことができる一方、すべてをプロに頼むのは、コスト的に難しい状況にある。一方で情報が洪水のように溢れる市場環境で存在感を発揮するためには、効果的に発信する必要がある。結局のところ自分で何とかするしかないが、こうした、撮影ノウハウにもマーケティング理論にも精通した両方の観点で語ることができる書籍があると、事業者も自信を持ってメディアを駆使できるようになる。
本書は、ある種時代の要請にあったキャッチーな書籍と言ってもいいだろう。

顧客の心理
こうした本は、プロカメラマンが書くと往々にして撮影テクニックに偏りがちな内容になるが、しっかりストアコンセプト(誰が、いつ、どのように)を押さえた上で、まずは「顧客心理」を考えさせるところからアプローチをはじめている。さすがにプロカメラマンと中小企業診断士の両方の視点を併せ持つ人物ならではである。

少しでも写真の心得があると、Instagramで見るようなオシャレな写真を使いがちになるが、商品写真は必ずしもオシャレなものである必要はない。筆者は、写真を「ブランディング写真」「商品写真」(と「説明写真」)に分類して、どの場面で使うのか、その使用目的に注意を払っている。オシャレであることが生きる「ブランディング写真」と、お客さんの「注意」「関心」を獲得するための「商品写真」では求めるものが異なっている。そのうえで「注意」「関心」を引く場合は、「被写体を大きく撮る」「ギャップを作る」「背景・下地を変えてみる」など、具体的な事例とともに説明してくれるのは非常にわかりやすかった。

おもしろいのは、写真自体に正解があるわけではなく、誰に何を伝えたいかにより正解が変わる点である。言われてみれば当たり前のことなのだが、実際に写真を撮ると妙に格好いい写真ばかりを撮りがちになるものである。顧客の心理を無視して、なんとなく雰囲気はいいけど売上にはまったく貢献しないといった誰もが陥りがちな罠を、しっかり意識させられる内容である。

撮影手法について
そうは言っても、本書は撮影テクニックに関しておざなりになっているわけではない。

第2章では「商品価値を高める」と題して、写真の撮り方を解説している。

とくに撮影テクニックを説明するなら通常一眼レフを使う方がプロとしては格好がつけやすいだろう。だが、事業者が気軽にスマートフォンを使い、それなりに高品質な写真を撮影する方法を紹介している。実際スマートフォンで撮られた写真を使って解説されているのだが、正直普通の雑誌に出てくるような商品画像と違いがあるようには見えない。たぶん、言われなければ気づかないし、言われたとてスマートフォンと一眼レフの写真を区別することは素人には難しい。これは、撮影の中でカメラは一要素でしかなく、照明や絵作りなどさまざまなノウハウの集積であるからに違いない。プロが撮影するから上手いのは当たり前と言ってしまえばそれまでだが、同じスマートフォンを使っている以上、理論的には同じことすれば同じレベルの写真を撮ることも不可能ではないはずである。

第2章は、とくにオタク心が刺激される。

そもそも、スマートフォンで「こんな事ができるのか!」と驚かされることが多い。スマートフォン撮影の利点は何も考えないで撮れることであるが、実は意図を作り込んで撮ることもできるようにさまざまな機能が用意されている。

たとえば、スマートフォンカメラの場合、通常ピントを考えて撮影することは少ないはずだ。実際レンズも望遠よりは広角に近く、被写界深度が深いのでどこにでもピントが合うようになっている。こうした仕組みによりピンボケするリスクは低くなる分、スマートフォンで撮った写真は奥行きのない平面的なものになりがちになる。そこは良し悪しではあるが、ピントを合わせたい位置をタップするだけで、対象の被写体にピントを合わせて、それ以外をボカす事もできる。明るさに関しても、撮影後にアプリなどで調整するものと思い込んでいたが、実際は撮影時にも調節できる。思わず、「へぇ〜!」と声が出る。

光の方向や影の付け方についても解説をしている。

スナップ写真などを撮るときにNGと言われる逆光だが、実は商品写真を撮ると一番映えて見える。本章では、百円ショップで購入したグラスをいろんな方向からの光で撮った写真を並べた上で、値段を予測させるといったアンケートを取っていた。光の入射角や反射角などさまざまなパターンの写真を見せ、実際にいくらの商品に見えるか集計してみると、光がどのように価格感に影響するのかが明らかになる。同じ商品でも見せ方により、感じる価格まで変わってしまうのは、本当におもしろい。

また、補色の使い方、ホワイトバランスの合わせ方、18%グレーを基準としたカメラの仕組みなど、教えられなければ意識もしないような知識も丁寧に説明をしてくれている。

こうした技術やノウハウを面倒くさいと感じるだろうか?

撮影テクニックの解説という意味では、もっと詳しい本は他にあるだろう。だが、興味深いのはここで取り上げる写真は売上をアップさせるという目的が明確な点である。単に、綺麗に上手く撮るためだけのテクニックではなく、実際に商品写真として使うのであれば、どのような時にどのような撮影テクニックを駆使すれば良いのかという思い浮かべることができる。そうした視点で読み進めると、これまで何となく違和感でしか語れなかった表現の機微を具体的な言葉に変換しながら語ることもできるようになるだろう。

中小企業診断士の立場で言えば、実際の支援の現場では自身が写真を撮るような支援はあまりないかもしれないが、例えば、デザイン会社とやり取りをする時に間に入って、事業者が伝えたいコンセプトを的確な表現で伝達する事もできるようになるだろう。

提供価値
最終章となる第3章では、「接客する写真」という考え方を提示している。

写真が接客するとは、どういうことだろうか?

もちろん撮影した写真がリアルにお客さんを接客するわけではない。「接客する写真」とは、接客される顧客の立場に立った写真と言い換えることができる。

たとえば、スタッフ同士の仲の良さをアピールする写真をホームページに掲載してしまうのはありがちである。だが、顧客にとってスタッフの仲が良いかどうかは本質的なことではなく、このお店を訪れた時にどんな商品やサービスを提供してもらえるのか(・・・つまりは、提供価値)こそが重要である。よって、そのお店やお店のサイトを訪れてくれたお客さんがみる画像は、徹頭徹尾購買意欲をあげるための伝え方をし、そのための情報を提示しなければならない。

伝えるべき情報にはさまざまあるが、その中で写真という伝達手段が活き、効果を発揮するのは「作り手の情報」「使用イメージ」なのだそうだ。ポイントは「写真を通じ、お客様が自分ごととして捉えられるか」だと筆者は言う。顧客がその写真を見た時に、自分がその商品やサービスを試す立場としてイメージさせられるのか。これがまさに、「接客する写真」である。こうした考え方に通底するのはマーケティング的な思考である。

訪問したお客さんの注文数や単価を具体的にあげるために何をどのように訴求すべきかが重要である。そのために写真だけではなく商品構成を変えるというアプローチをすることもできる。写真はとくに感覚に捉えられやすいし、効果の有無も曖昧に見られがちである。しかし、お店の商品やサービスを伝えるために使用される写真は、目的も目指すべき効果もより具体的であり、そこに至る道筋も明快である。

筆者は、データの比較により、それぞれの訴求効果を分析する。

マーケティングの理論から実践へ落とし込んでいく中で、仮説検証し、データを積み上げ、具体的な写真のイメージを提示しながら納得させ、説得力を持たせる。そして顧客が自分で応用していけるように展開していく。そうした思考プロセスに、マーケッターかつプロカメラマンとしてのこだわりを感じる。

「お客様が自分ごととして捉えられる写真」と言えばありていな結論に見える。

だが、その結論を得るために、事例を一つひとつ検証しながら、時に自分の予想とも異なる結果に筆者自身の考えも更新し、最終的な結論へ至る一連の検証プロセスをうねりのように展開していく。非常にダイナミックである。

最後に
今の若者から見ると信じられないかもしれないが、一昔前までは、写真を撮ると実物を手にするまでに1週間くらい時間がかかっていた。そもそもカメラの仕組みはフィルムに光を感応させるだけで、それを写真にするためには、現像という処理で粒子をフィルムに定着させ、フィルムから写像を引き延ばしてプリントしなければならなかった。1枚の写真を手にするまでにフィルム代、現像代、プリント代が掛かる。撮れているものが確認できない以上、撮影はある種職人技が必要であり、1枚の写真を撮るための熱量が今とは比べ物にならなかった。それは不自由な事だが、その分、写真を撮る目的というものを練りに練っていた。

カメラがフィルムからデジタルへ移行して久しいが、現像というプロセスが無くなり、その場で撮影したものを確認できるようになった事で、一見誰もが気軽に撮影できるような時代になった。その結果、誰もがなんとなく「それっぽいもの」を撮ることができるようになった。スマートフォンをかざせば、なんとなく綺麗な写真は誰でもとれる時代。一方で「それっぽいもの」が溢れるがために、誰にそれを伝えるのか、何のためにそれを伝えるのかというそもそもの意味合いが曖昧になりがちである。

余談だが、私は、プロカメラマンに撮影してもらったのに「なんか違うんだよなぁ」と事業者がボヤいている場面に何度か出会ったことがある。プロに頼めば必ずしも思い通りのものが出来上がるというのは単なる思い込みで、こちらが何を求めているか、とくにコンセプトの部分を的確に伝えることができなければ、汎用的に使えるような緩い仕上がりの成果物しか出てこないことが多い。

これはプロに力量がないというよりも、リクエストの仕方が問題なのであって、しっかりとコンセプトを固めたうえでどのような使われ方をするのかを伝える必要がある。だが、コンセプトだけでも十分ではなく、それを具体的に伝えるための手段も必要となってくる。

本書は、その手段の一つとしても活用することもできる。撮影時のさまざまな観点で事例となる素材写真やアイディアも多く掲載されている。語彙が足らなければ、写真を例示すれば、より具体的に伝えたいイメージを伝える事もできるだろう。

本書は何年もかけて積み上げた仮説検証の結果が集積されているが、読むの自体はそんなに時間はかからない。撮影手法のところは目的に応じて必要なところだけピックアップできるようにもなっている。
経営理論やマーケティングの理論は、過度に理論的で、事例があっても応用が効かないようなものが多い。しかし、本書は基本的かつ最新のマーケティングをベースにしつつも、非常に実践的で、経営体力の乏しい中小零細企業の経営者の立場に立った非常に分かりやすい内容になっている。また、中小企業診断士として、飲食店や小売店の事業者の支援を行う上でも非常に使いやすい構成になっている。何なら、本書を事業者に紹介するだけでも、かなり喜ばれることだろう。

中小企業支援をするために、手元に1冊置いておいて損のない本である。

関連記事

アーカイブ