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【特集】事例から学ぶ海外での起業 ~海外スタートアップへの挑戦~

ベンチャービジネスサポート研究会
大﨑 康史、入山 央、林田 収二

1.はじめに

(1)ベンチャービジネスサポート研究会について
ベンチャービジネスサポート研究会は、日本経済の活性化にはベンチャービジネスの支援が重要であるとの認識により1996年に活動を開始し、ベンチャービジネス支援に必要な知識、スキルの取得に取り組んでいる。月に一度開催する定例会では、①ベンチャーの事例に触れる(経営者の講演)、②ベンチャー経営・支援の知識を取得する(支援機関の職員・会員の講演、会員間でのディスカッション)という活動を行っている。また、会員の中から5~7人のメンバーを募り実施する分科会では、①ベンチャー支援の経験を積む(経営革新計画認定取得支援等のベンチャー支援の実施)、②特定のテーマについての研究(研究成果の出版、発表)を行っている。
昨年(2021年)の6月、7月の定例会において、タイで起業した越陽二郎氏に「タイ・ロシアで歩んだ海外起業家10年史」、「東南アジアスタートアップ市場×日系企業の今」というテーマで二度にわたって講演いただいた。越氏の講演は、我々にとって大変興味深く、海外で起業する人の特性、海外で起業するメリット、海外で起業する際の課題などについて研究するきっかけとなり本稿を執筆するに至った。

(2)タイで起業した越陽二郎氏
1984年生まれ。生後4か月後から5歳になるまで米国ニューヨークで過ごし帰国、小学校4年生の時に再びニューヨークに戻り中学校卒業後に帰国。大学時代は海外ボランティア活動に従事。2008年東京大学(社会心理学)卒業。2009年、株式会社日本能率協会コンサルティング入社、経営戦略コンサルタント兼アジアマーケティングチームのメンバーとして業務に従事。
2011年、株式会社ノボットに入社。KDDI子会社medibaによる買収に伴い、同社の海外戦略部創設に参画。タイ拠点立ち上げリーダーとして1年の任期を終えた後、2013年3月退社。同年11月バンコクにてTalentExを創業。
【会社概要】
 名称 TalentEx(Thailand) Co., Ltd
 代表 越陽二郎
 設立 2013年11月
 HP https://talentex.co/ja/
【主なタイの事業】
 「WakuWaku」…タイ国籍の優秀な日本語スピーカーを集めた求人サイト
 「WakuWaku Job Fair」…タイ国内最大級の日本語人材特化型就職フェア
 「KOSI KURO(越の苦労話)」…海外でチャレンジする人を応援するオンラインサロン
【TalentExの沿革】
 2013年 1人で起業した後、タイ人の友人たちに支えられてスタート
 2014年 オフィスもなくタイ人、アメリカ人、日本人と「JobTalents」事業を開始
     するが失敗
 2015年 新しい事業「WakuWaku」でちょっと前進
 2016年 資金不足で倒産寸前
 2017年 歯を食いしばって新しいチームと再起、初の黒字化と成長の兆し
 2018年 初の海外展開でロシア進出、現地大学とMOU(基本合意書)を締結
 2019年 ロシア事業で業績が前年度比で2倍に、海外30ヵ国での事業展開を目指す
 2020年 新型コロナウイルス感染症の拡大により壊滅的打撃を受ける
 2021年 一旦事業を縮小、1人で再出発
※ NHK WORLD等で取材された時の映像 https://vimeo.com/user40954625

2.海外スタートアップのススメ ~その主なメリット~

本章では事例を元に、海外スタートアップがメリットとなる3つの視点を紹介する。
(1)市場環境:ブルーオーシャンを見つけやすい
新規事業を検討する場合、その多くは日本国内の事業環境を前提として事業の進め方を検討する。例えば、「海外の人材を日本企業に紹介したい」というアイデアを事業化する場合、多くのケースでは日本国内で監理団体を設立することを考える。だが、監理団体の設立はそう簡単ではない(少なくとも、株式会社を設立するようにはいかない)。仮に設立しても、2019年の実績を見ると、技能実習生167千人(技能実習1号ロ)に対して、既存の監理団体が2839件(許可件数、データはいずれも法務省)存在する市場である。激しい競争のなか、後発の監理団体として実績をあげるのは、そう簡単ではないと予想される。
越氏の場合、タイにて起業して、タイの日系企業に日本語を話せるタイ人スタッフを紹介する、という事業を軌道に乗せた。越氏はさらに、日本語を学習しているタイ人及び日系企業勤務経験のあるタイ人を日本国内へ紹介する、という事業も立ち上げた。越氏はその過程で様々な困難に直面したが、少なくとも全く同じ事業を営む先行企業は存在せず、直接的な競争に巻き込まれることはなかった。海外の(日本語を話せる)人材を日本企業に紹介するという、ある意味当たり前に見えるサービスでも、海外スタートアップとしてブルーオーシャンを開拓できたと言える。
越氏は独立前、駐在という立場で海外勤務したが、あまり前向きではなかったそうである。そんな氏が、いざ海外市場を目の当たりにした後には、タイ(アジア)・ロシア(東欧)に拠点を設け、さらにメキシコ(中南米)を目指し、最終的には30ヶ国への展開を視野に入れていた(新型コロナウイルス感染症拡大前の計画)。「日本の国境」という壁を越えたアントレプレナーの視界には、地球上の隅々にあるビジネスチャンスが映るのだろう。

(2)取引先:大手との取引を実現しやすい
スタートアップに限らず小規模な事業者の多くは、大企業との商談・取引実現という困難な壁に直面する。多くの場合、この壁の実態は、日本の大企業で長年続く硬直的な組織運営・意思決定の問題である。
同じ大企業でも、海外の現地法人においては、驚くほど柔軟に中小企業・小規模事業者と取引が実現する場合がある。越氏の事業は、まさにその証左だと言える。「日本語を話せるタイ人スタッフ」のバリューは、日本国内で登記した企業でも、タイの現地法人でも変わらないはずである。だが、越氏がもし日本で起業していたら、設立2年目に約50社が参加する「就職フェア」を開催し、例えばDENSO (THAILAND) CO., LTD.のような大企業との取引を実現するのは難しかったと考えられる。(皮肉なことに、その越氏もタイ人を日本国内へ紹介する際には、「信用」の不足から大手事業者が仲介することを求められ、結果として、いわゆる「中抜き」が発生している。)

(3)自分の強み:起業家の長所が活かしやすい
日本企業の人事制度は、一般的にはゼネラリスト志向が強く、業務スキルが差別化しづらい(尖った強みを培いにくい)と思われがちである。越氏は独立前、日本の大手キャリアなど情報通信業界にて勤務しており、それなりのITスキルを身に付けている。しかし、同業界で働く従業員は国内で約162万人(総務省調べ)、単純計算でも同期生が約4万人いるなかで、入社後に「このスキルを武器にスタートアップを目指せる」と考える人は(実際の実力はどうあれ)そう多くないようである。
越氏はタイにおいて、「ITに強い若者が比較的少ない」という事実を発見した。これはタイと日本の人口や産業構造の違いに起因するが、これによって越氏は、自身のITスキルをアピールし事業展開に活かすきっかけを掴んだ。自身の強みが活きるフィールドは、国内ではなく、海外かもしれないのである。
国内・海外を問わず有効な、普遍的な強みもある。越氏の例では、「ヒトが好き」というのがその一つである。ビジネスチャンスの発掘からスタートアップ、リスタートと、キャリアや事業の節目においても、その成長発展段階においても、氏が持つ、友人・同僚・ビジネスパートナーと良好な関係を構築する能力が有効に働いたことは容易に想像できる。(本稿で事例としたのも、研究会にてメンバーが感じた、「何度でも話を聴きたくなる」「快くコミュニケーションに応じて頂ける」越氏の人柄が大きく影響している。)

3.海外スタートアップ成功の鍵

本章では、海外スタートアップ成功の鍵について、越氏の事例を踏まえながら、一般論として論考する。
(1)海外スタートアップの成功に必要な能力
スタートアップ(ベンチャー)企業は、創業者の思いが起点となる。その思いを具体的なビジネスとして成功させるためには、海外という要素も加味した以下のような能力要件を満たすことが必要である。
 ①ターゲット地域の需要動向、市場環境、優遇税制、法的規制、地域情勢等の把握力
 ②地域特性に合わせたシーズ(自分達の優位点)とニーズ(市場の要求)が適合する事業スキームの構築力
 ③適切な事業戦略とそれに裏打ちされたビジネスストーリー(事業計画)の策定力
 ④現実的事業展開、推進のための経営資源(人、物、金、情報)力
 ⑤事業戦略、ビジネスストーリーの展開、遂行力
     ~特に問題発生や未知の局面遭遇時の状況を打開する突破力
 ⑥事業展開状況の把握力及び状況変化に応じた臨機応変な判断力、対応力
基本的には、国内スタートアップにも同様に必要とされる要件であるが、①については、土地勘も含め、創業者の国情に関する知見が重要な意味を持つことになる。前掲の越氏の場合は、勤務していた企業より海外赴任をしていた経験が活かされている。
また、②に関しては、国内と異なる地域固有の環境や文化、風土の条件を考慮したシーズとニーズの組合せについての発想が必要となる。越氏は、日本では当たり前の日本語能力の海外での価値、IT能力の優位性、そして大企業の潜在的ニーズに着目し、事業化を図ったのである。

(2)海外スタートアップを目指す起業家に求められる資質
「海外雄飛」という言葉を最近あまり耳にしなくなった。海外でスタートアップに挑戦する創業者は、正に海外雄飛を実行する勇気を持ち合わせているということができる。そのような勇気に加え、海外スタートアップを試みる起業家に求められる資質には、以下のようなものが考えられる。
 ・異文化や新奇性、知らない人との出会いを受け入れる度量、楽しむ好奇心
   直面するであろう異なる文化や未知の地域的特殊性を受け入れる度量、さらにそれを楽しむ好奇心をもつ。
   (越氏の場合、前述「ヒトが好き」という資質が有利にはたらいている)
 ・パッションとロジック
   熱い思いを、冷静な判断、的確な戦略・計画に展開し、成果に結びつけて行く。
 ・状況変化を引き起こす行動力
   まずは行動することで、状況は展開し、見えて来るものがある。
 ・前向き姿勢・ポジティブ思考
   不確定要素、不安材料の多い中での挑戦となるので心配したらきりがない。同じ事象も捉え方次第で
   意味合いが異なる。ポジティブ思考で前向きに事態を処していく。
 ・落ち込まない、へこたれない、逞しさ、強靭さ
   多発するであろう問題や障害に直面しても負けない、へこたれない逞しさが不可欠である。
   (越氏は、複数回の挫折を乗り越える強靭さを持っている)
以上について、越氏にはほとんどの資質が備わっているが、勿論一個人が全ての資質を備えている必要はない。何人かのチームでスタートアップする場合は、チームメンバーが必要とされる資質を相互補完できればよいのである。

(3)思いを形にするプロセス(戦略・計画策定と実行時)の留意点
思いを語ることは比較的容易である。しかし、その思いを具体的な形として結実させることは簡単ではない。
上記(1)で記したように、戦略・事業計画を策定し、それを実行し、成果に結びつけて行かなくてはならない。
そのためには以下のプロセスを意識するとよい。
 ・現実的事業スキームの確定
   対象地域の実情を踏まえ、マーケティングの4Pをチェックポイントとして、自分の思い描いているビジネスを自社の持てる力(シーズや経営資源)で新たな事業に仕上げ成功させることができるのか、現実感を持って検証し事業スキームを確定する。
 ・効果的戦略・計画策定
   目標を明確に定め、それを達成するための事業戦略(製品・サービス創出、市場開拓・販売、材料調達、経営資源調達及び配分等)を策定する。そして、事業戦略を事業計画に落とし込む。
 ・適時・的確な創業準備
   製品・サービスの確立、経営資源(要員、設備装置、資金等)の調達をタイムリーに実施する。
 ・効率的計画的オペレーション
   策定した事業計画に基づき、経営資源を配分、配置し、計画的にオペレーションを実行に移す。

(4)中小企業診断士の果たす役割と意義
さて、中小企業診断士としては、海外スタートアップ企業に対して、創業間もない起業家の長所を伸ばし不足を補うという形で以下のような貢献が可能である。
 ・世界観の拡大、及び現実感の確認支援
   よりビジネスインパクトの大きな事業スキームを構想するため、自分の知識・経験だけに依拠するのでなく、視野を拡げ、視座を高くし、視線を伸ばしてみるとどのようなビジネスシーンが見え、世界観が変わるのかなど、アドバイス・支援する。
 ・戦略発想強化補助
   戦略の原則である「目的性」(狙いは明確か)、「計画性」(なすべきことが予め網羅されているか)、「実現性」(手持ちの経営資源での達成可能か)、「整合性」(戦略全体に矛盾はないか)を確認し、不足部分を補う支援を行う。
 ・PDCAオペレーション推進サポート+α
   極力PDCAサイクルにもとづく、効率的オペレーションの持続的遂行を支援する。ただし、状況に応じた臨機の対応支援も行う。
 ・マネジメント力の強化支援
   また、以上の支援、アドバイスを行うことで、起業家のマネジメント力の強化と業務負荷の軽減を図り、事業全体の推進力向上に資する。
   昨今、内向き指向に流されている沈滞気味の日本経済を活性化するため、海外雄飛にチャレンジするスタートアップが数多く生まれることを期待したい。

4.むすび

(1)越陽二郎氏の現在
新型コロナウイルス感染症の広がりにより、タイ、ロシアのビジネスは大きな影響を受け、タイは一時休止、ロシアは撤退。しかし、日本国内の事業者が海外展開に際して社員を渡航させることが困難となったこと、オンライン会議(オンラインによる情報提供)が浸透したことが要因となり、海外の情報収集、現地事業者との交渉等を現地の事業者へ外注する流れができた。1年前からこの流れが顕著となり、日本国内事業者向けコンサルティング業務が急拡大。また、タイの新型コロナウイルス感染症による規制も緩和されビジネス活動も正常化へ向かっていることから、タイの日系企業向け求人ビジネスの再拡大に着手している。
【現在の事業状況】
・タイ国内での事業…従業員を再雇用し「WakuWaku」等の事業を再起動
・日本国内の企業・公的支援機関を対象とした事業
    …東南アジアでの事業展開についてのコンサルティング、起業家支援等
2021年8月26日にYouTubeチャンネルを開設
「知って繋がるバンコクのビジネスチャンネル〈タイ前線〉」
https://www.youtube.com/channel/UC1k-Mp9CjGjCEuHvklPkwcw
〔主な受託事業〕
 タイでのハッカソン企画運営(アイフル株式会社)
 日本でのIT系新事業立ち上げ支援(東京都のIT企業)
 タイでのIT事業立ち上げ支援(愛知県のリサイクル企業本社)
 東南アジア市場戦略策定支援(東京都のコンサルティング企業本社)
 タイ語Webリデザインと集客支援(日系大手銀行グループ企業タイ支社)
 大手商社の社内グローバルアクセラレーター運営支援
 東南アジアスタートアップ向けアクセラレーターNINJA メンター(JICA)
 女性起業家アクセラレーターAPT-Women 講師兼シンガポール講座企画(東京都)
 スタートアップアドバイザー業務ウェビナー企画運営個別支援(JETROバンコク)

(2)中小企業診断士に必要な支援能力
日本経済の成長のためには、国内市場だけではなく海外市場を視野に入れたベンチャーの成長が必要不可欠である。グローバリゼーションの進展に伴い中小企業診断士にも海外展開を支援する能力が求められている。ベンチャービジネスサポート研究会では、海外での起業、及び海外での事業展開を支援する知識の取得とスキルを研鑽する活動を行っている。国内事業だけではなく海外展開の支援もできる中小企業診断士を増やし日本経済発展に貢献することが当研究会の目的である。
当研究会に興味のある方はホームページ http://vbs.main.jp/ をご参照ください。

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