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【特集】原価高騰に伴う
中小製造業における価格改定・値上げ支援

営業力を科学する売上UP研究会
藍谷慎太朗・泉沢卓矢・稲垣啓・枝松雄太・鎌田慎也・高屋政一・田上建

1.ツール開発の背景
当研究会が支援しているA社から、原材料などが値上がりしているのにも関わらず、むしろ値下げを求められているとの相談を受けた。調査を行ったところ、A社に限らず多くの中小企業において値上げができていないことが判明した。

行政は中小企業の値上げを支援するために、価格交渉ノウハウ・ハンドブックといった資料を作成しているが、A社に確認したところ「ハンドブックの内容が難しく、どこから始めてよいかわからない」と十分に活用できていない状況であった。

また値上げを目的としたセミナーは多く存在するが、交渉テクニックに特化したものに偏っている。もちろん交渉テクニックを学ぶことは有意義ではあるが、交渉は準備が8割ともいうように、交渉が始まる前の段階ですでにほとんど結果は決まっている。交渉テクニックに留まらず、交渉準備に至るまでの網羅的な支援が必要なのではないか。

こうした考えに基づいて、当研究会では、既存の値上げ支援に不足していた、始めやすさと網羅性の双方を補うことができるような値上げ支援ツールを開発することを決定した。

なお値上げには、 “原価高騰によるもの” “仕様変更によるもの” “収益改善によるもの” という一般的に3種類のパターンがある。当研究会では、著しい原価高騰への危機感から、まずは ”原価高騰に対応する価格転嫁”に絞って研究を開始した。

 

2.課題認識 原価の高騰を売価に転嫁できておらず、中小企業が経営危機に陥っている
日本政策金融公庫総合研究所「2022年の中小企業の景況見通し」の調査において、「経営上の不安要素」で「原材料価格、燃料コストの高騰」が67.4%と第1位となっており、2021年より数値が大きく上昇していることがわかる(図1)。また、この不安要素に関連して、2022年度中小企業白書においても、石油・原油製品の仕入れ価格が3ヶ月前と比べ「上昇している」と回答した企業のうち、約7割の企業は製品価格に全く転嫁できていないと回答しており、原価高騰への対応が課題となっている。


出典 日本政策金融公庫総合研究所
「2022年の中小企業の景況見通し」を参考に作成
図 1 経営上の不安要素

こうした原材料価格の高騰の影響を最も強く受けているのは製造業である。たとえば、2022年6月度の日銀短観によると、製造業・非製造業をさらに大企業・中堅企業・中小企業の三つに分類した調査で、唯一製造業の中小企業のみ2022年度の経常利益計画を下方修正している。

当研究会ではこれらのデータをふまえ、高騰した原価の売価への転嫁が進展していないことが、中小製造業が経営危機に陥っている大きな要因の一つであり、解決すべき最重要課題であると結論付けた。

 

3.ツールの説明
3-1ツールの概要
中小製造業が値上げ交渉を成功させるための、原価分析から資料作成、交渉準備を総合的にサポートするExcelテンプレートで構成されている。基本的には、中小製造業の経営者と営業担当者の利用を想定しているが、中小製造業支援者の伴走支援にも有効である。

ツールのコンセプト
・事前知識不要で、誰でも簡単に利用できる
・多品種を扱う事業者でも最小限の労力で、適切な価格設定が可能
・的を絞った値上げ提案を行うことで、成果を出せる

3-2 支援ツールの全体像
値上げ交渉準備の全体像とそれに対応する各ツールは以下のようになる(図2,3)。


図2 価格交渉の全体像


図 3 各ステップについての説明

3-3 ツールの詳細
3-3-1 ステップ1 原価分析
①原価分析
Excelシート(図4)に試算表や決算書などの数値情報を入力することで、原価の変動率が簡単にわかる。特に製造業は固定費が大きいため、操業度の低下によって大きな負担が生まれやすい。つまり顧客要因により発注が減った場合、売価は変わらなくとも実質的には大きく負担が増えている。こうした見えにくい負担に関しても、可視化できるような設計となっている。


図 4 原価分析用テンプレート(操業度減少時の高騰影響分析)

②原価高騰の要因分析
上記①で把握した各原価が変動した要因を洗い出し、その要因をa.内部(当社)、b.外部(顧客、外部環境)に分類する。この要因を洗い出すための切り口となるチェックシート(図5)を利用できる。


図 5 原価変動要因の分析に活用できるチェックシート

自責要因の洗い出しをする理由は、当社要因での原価上昇分を切り離して交渉に臨むためである。当社要因の原価上昇分とは、たとえば品質不具合対応に要した資材や労力などを想定している。反対に自社努力による原価抑制を行っていれば、その内容も分析する。顧客要因での原価上昇とは、顧客からの緊急注文による残業の増加などを想定している。また外部環境要因での原価上昇とは、資源価格上昇などを想定している。これら3つの原価変動要因を交渉時に説明し、顧客要因と外部環境要因については解消の余地がなかったことを明確にすることで、値上げの必要性を相手先に理解してもらいやすくなるという効果がある。

3-3-2 ステップ2 価格設定
原価の高騰を各製品価格に反映する。固定費配賦の難しさなどを理由に、詳細な原価計算を行っていないような事業者は、原価高騰分を簡易的に各製品の価格に反映させるExcelシート(図6)が利用できる。


図 6 価格設定サポートシート

このシートに入力した結果の①×②の比率の合計(右例では4.38%)を求める。この比率の合計に各製品の限界利益を乗じた金額を求める。この金額を元の売価に足すことで、原価上昇分を反映した適切な売価設定が可能になる。

3-3-3 ステップ3 交渉準備
最後に、顧客ごとに交渉シナリオ検討シートを作成する(図7)。交渉シナリオ検討シートによって、顧客ごとの特性や状況に合致した交渉準備を行うことが可能になる。
なお、上記資料作成をサポートする「チェックシート(図8)」も用意した。各項目を確認することにより、交渉スタンスを決定するための顧客情報や分析に不足がないかを確認できるようになっている。


図7 交渉シナリオ検討シートの記入例


図 8 交渉準備をサポートするチェックシート

 

4.活用事例
4-1 支援開始前A社の状況
A社は住宅や自動車などの部品の受託加工を行っている中小製造業である。扱う製品の大半が繰り返し受注生産品であり、A社の受託加工取引の特徴として、顧客が合意しない限り製品価格の変更はなく、むしろ毎年価格低減要請を受けている。そのような状況の中、近年の資源価格などの高騰影響を受けていた。2020年第1四半期の試算表の各原価を100とするときの2022年第1四半期の指数は図9の通りであり、原価高騰分を売価へ反映することがA社の課題となっている。


図 9 原価高騰の影響

4-2 支援内容
前述の開発した支援プロセスに沿って支援を行った(図10)。ただし、A社の状況をふまえて材料費高騰の転嫁を優先している。
・変動費であるため高騰の負担を吸収しにくい
・原価に占める割合で一番大きい
・材料費は市況などの客観的な情報が充実しており、顧客を説得しやすい


図 10 A社への支援状況

 

5.成果
5-1 (ツールの効果)


図 11 ツールの効果

5-2 A社の声
ほとんど値上げ交渉を行ったことがなく、値上げの必要性は感じていたが、どこから手を付けてよいかわからず踏み出せずにいた。今回支援を受けて想定より大幅に値上げできたうえに、今後の価格低減要請も予防できたこと、本当に助かった。

 

6.今後の課題
始めやすさと網羅性を兼ね備えた値上げ支援ツールの作成と、それによるA社の支援という当初の目的は達成することができた。今後は、本ツールが多くの中小製造業で利用されるよう普及につとめ、今回の発表では取り扱わなかった”仕様変更による値上げ”などの他の値上げパターンについての研究を進めていく。

普及方法としては、①当シンポジウムを含めたセミナーへの登壇②研究会ホームページやSNSでの発信③企業支援者による紹介の3点を考えている。シンポジウムの参加者またはこの論文を読み当ツールに興味を持たれた方は、下記ホームページからご連絡いただければ幸いである。

研究会ホームページ: https://sales-up.jp/

 

 

 

 

 

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