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中小企業のまち大田区からはじまる
ものづくり日本再興プロジェクト

評者:東京都中小企業診断士協会城北支部 酒井 寛行

出版社:ダイヤモンド社
2022年 11 月 15 日発行/198 頁
1, 650 円/ISBN978-4-478-11606-7

主要目 次              

  • 章 主要産業の地盤沈下に悩む地方自治体~東京都大田区の場合
  • 章 地域連携を活性化させる仕組みをつくれ!
  • 章 「ものづくり改革」「デジタル化」と「コンソーシアム」
  • 章 世界で戦える企業体を目指して動き始めた大田区製造業
  • 章 顕在化した問題点と解決までの苦闘
  • 章 I-OTAで変わった大田区製造業の新しい地域連携のカタチ

著者                      

辻村 裕寛 [ツジムラヤスヒロ]

株式会社日立コンサルティング 社会イノベーションコンサルティング本部 ディレクター

大学卒業後、建築資材商社で営業職を経験し、その後父親が経営する会社で働く。新規開拓に取り組むも不況と卸業衰退に押し流され転職を余儀なくされ、システム系ベンチャー企業へ転職しシステムエンジニアとしてシステム構築を多数経験。システムを経営に則したより良い形で構築したいという想いで、さらに上流のコンサルティングサービスを提供する日立コンサルティングに転職し現在に至る。大規模プロジェクトのPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)、ITコスト削減、新規事業立ち上げなどに幅広く携わり、2016年度の立ち上げから2021年度の6年間、大田区プロジェクトのプロジェクトマネージャーとして参画。プロジェクトでは企画構想の立案から実行を責任者として推進した。

<資格>経済産業大臣登録 中小企業診断士、財務局・経済産業局認定 認定経営革新等支援機関、PMI認定 プロジェクトマネジメントプロフェッショナル

(上記は本書刊行時の情報)

概要                      

  • 地方自治体・中小製造企業・日立コンサルティングが挑んだ生き残りをかけた地域企業の連携によるものづくり革新の記録。
  • 1980年代にピークを迎えた大田区の製造業の成り立ちや盛衰の経緯の説明。1985年のプラザ合意を端緒とした急速な円高による大手メーカーの生産拠点の海外移転による製造業の空洞化、その後のITバブル崩壊(2001年)、リーマンショック(2008年)、東日本大震災(2011年)等の逆風の流れの中で、大田区においても事業者数が大きく減少。このような状況に対して大田区や大田区の製造企業の経営者が強い危機感を抱き、再興を目指し始まったプロジェクトの6年間の実績報告となっている。
  • 大田区の実業に合わせた目指すべき姿、大田区製造業の問題点を踏まえ、持続的発展に導くために設定した課題に対応し、地域連携を活性化する仕組みの主要なポイントは、以下の点である。

・機能しなくなった小規模企業のリソース不足を相互補完する旧来の協業体制「仲間まわし」から、デジタル技術によって新たな「仲間まわし」の仕組みを創出する。

・下請け型受注に依存したビジネスモデルを脱却し、加工よりも上流の企画、設計など、付加価値の高い仕事にも対応する提案型ものづくりへの転換を図る。

・従業員10名以上で区外との関わりが強い企業がハブ企業となって、強みが異なる企業を連携しプロジェクトチーム化(垂直連携)することでさまざまな注文への対応力を強化するとともに、ハブ企業レベルの横のつながり・コンソーシアム化(水平連携)による受注拡大を目的とする連合体により、自らお客様を見つけ、そのニーズに応じた価値を生み出して提供する集団への転換を目指す。

・複数の企業が協力し合いながら共通の目標を達成するコンソーシアムの管理運営については、事務局の役割を担う「I-OTA合同会社」を設立し、本プロジェクトを推進する。コンソーシアムで受託した案件は、ハブ企業を中心とするプロジェクト型仲間まわしで取り組み、経験を積み重ねながら、ものづくり改革を目指していく。コンソーシアムを中心とするものづくりのノウハウや知見の伝搬は、プロジェクトを進めながら蓄積し、他のハブ企業などに伝えるとともに、仲間企業に仕事を発注するプロセスを通じて伝達していく。最終的にはコンソーシアムに参画していない企業、大田区全域への変革の意識とノウハウの拡散を狙う。

・コンソーシアムが継続的に機能するために、参加した企業がコンソーシアムを使いたいと思うため以下の目標と方向性を設定し実践する。

[共通の目的]:目的を「成長」に定め、受注獲得と学びの両立を図る

[利害関係の調整]:メンバー間の利害関係が衝突しないように事務局による公平な調整を実施する

[差別化]:市場で競争力をもち将来にわたって受注を獲得していくために、優位性が明確化できる提案型ものづくりをサービスとして実現するビジネスモデルを構築する。

[高いQCDの維持]:案件毎に新しいメンバーとプロジェクト体制を組んだ際にも高いQCDを実現するために、仲間企業間の取引であっても責任関係を明確にするなどのルールを整備し、これを遵守する。

[自立的に活動できること]:参加企業は自主的に組織の目標達成に向けて活動できる仕組みを整備する。

  • 6年間(1997年~2022年2月)にわたり取り組んだプロジェクトで得られた成果は下記の9点であり、さらに今後の展開として、I-OTAが築いたコンソーシアムの全国展開や各地のコンソーシアムとの競争や連携を構想している。
  • 仲間企業と連携し、新しいことに挑戦するコンソーシアムという場の構築
  • 新規顧客の獲得と顧客開拓ノウハウの獲得
  • 新規市場である農業市場への新製品投入と知名度の向上
  • 上流工程で求められる課題解決力と提案力の向上
  • 上流工程を有償化する契約書類と契約ノウハウの獲得
  • アイデアをかたちにするものづくりの上流工程プロセスの明確化
  • 中小製造業に適したデジタル化の考え方とデジタル化ツールの明確化
  • お客様と工場を連携する「プラッとものづくり」プラットフォームの構築
  • 他製造業へ展開できるデジタルリテラシーを向上する考え方の明確化
地域産業再興施策のモデルケース 

日本の経済を支えているのは、日本の企業数の99.7%を占め、雇用の約7割、付加価値の過半数を担っている中小企業と言われて久しい。一方で、事業環境の大きく変わるなかさまざまな課題に直面し、倒産、休廃業など、事業者数は減少傾向で推移している。本書は高度成長期に大きく発展し高い競争力と生産性で国内経済を牽引した「ものづくりのまち大田区」という国内の産業クラスターの中でも特に象徴的な地域において、地域行政、企業、中小企業診断士である著者が所属する大手コンサル会社がタッグを組んで挑戦した「地域産業を再興・活性化する取組」の紹介であり、他の地域においても活用できる点が多い有用なモデルケースになっている。

本書は、小規模事業者であった父親の会社の廃業に際し「役に立たなかった」思いから中小企業診断士となった著者が、所属する大手コンサル会社では通常は取り扱わないであろう「大田区の中小製造業をスコープにしたプロジェクト」の情報を得たことから始まった著者自身の物語でもある。著者と同様に大企業に所属し、業務上では中小企業と直接関わりをもつことができない企業内診断士や、その時期を過ごした独立診断士にとって、開始時のプロジェクトに対するリスクや怖さや思い、悩み、決断は自分のことのように理解できるものであろう。

約6年間の取り組みのなかでは、当初の計画やスケジュール通りに進まなかった点、仲間集めの苦戦や初期メンバーの脱退、主要プレーヤーである一部の企業経営者への負担増大による実証実験への不満噴出など、事務局側の目線での事件や苦労話が語られている。顕在化したいくつかの問題点に対して、解決していくなかで運営方法が見直され、改善されていく姿を、臨場感を感じながら読み取れる内容になっている。

新しい地域連携の重要なポイント

1章から6章までの物語から、新しい地域連携を進める上での重要なポイントを読み解く。

● プロジェクトチーム化(垂直連携)とコンソーシアム化(水平連携)による枠組みつくり

成功事例として参考にした航空宇宙事業関連の製造企業の集合体であるAMATERAS(アマテラス)や関東・関西・九州の製造企業5社によるファイブネットワークにおいて、活動の中心になるのは分業ネットワークのまとめ役「ハブ企業」である。大田区の製造業再興プロジェクトにおいても採用されたハブ企業は、異なる技術をもつ仲間企業を連携してさまざまな注文に対応する能力が必要になるとともに、外部とのネットワークを生かした営業力やものづくりに関する幅広い知識が必要になるため、ある程度以上の経営リソースや企業としての実力が必要である。また新しいことに取り組んでいきたい意欲のある企業でなくては手を上げない。実際、ハブ企業となったのは「下町ボブスレー」に参加した企業が多いことからもそれが判る。

ハブ企業を中心として、個別案件に対してはプロジェクトチーム化(垂直連携)して対応するとともに、ハブ企業間の連携・コンソーシアム化(水平連携)を通して対応力や対応範囲を広げ受注拡大していく枠組みづくりは、地域製造業の産業クラスター内の疑似的な系列化ともいえるのではないだろうか。この図式のなかでは、ハブ企業に大きな負担がかかるが、それを乗り越えれば提案力・営業力など特にハブ企業に大きな成長をもたらすように思える。ハブ企業がコンソーシアム全体の成長を引っ張っていく存在になっていくと推察する。

● 利害関係の公平な調整と情報発信

コンソーシアムの運営で難しいのは、参加企業間の利害関係の公平な調整であろう。受注量が増え参加企業が漏れなく案件に関われるようになるまでは、ハブ企業や仲間企業、先行してコンソーシアムに参加していた企業が優先されるのは仕方ないように思えるが、後から参加した企業に不公平感を抱かせないようにすることが肝要になる。独立した企業間の利害関係の調整は、辞令や権限、役職で調整できる官公庁や大企業のそれとは次元が異なる難しさがあり、コンソーシアム内のルール整備や情報共有など、事務局であるI-OTA合同会社が、第三者的な立場でルールに基づいたオープンな運営をしていく必要がある。

l 市場優位性のあるビジネスモデルの獲得に向けた努力

大田区の事例では、農業機械領域で少し成果がでているが、まだ先の道程は長いように思える。今後の運営のなかで経験を積み上げナレッジを蓄積するとともに、実績を市場に情報公開していくことで、「この分野であれば大田区製造業に相談してみよう」となるまでアピールしていくことが必要であろう。また相談のあった案件がビジネスになることが重要なポイントではあるが、顧客側の予算が少なくても、クラウドファンディングや各種の補助金が利用可能な場合があるので検討すべきである。

l QCD維持・向上に向けたルールつくり

ハブ企業が新たな仲間企業に発注する際に必要なルールを既存の仲間企業との間でも事前に整備しておくことは重要であり、コンソーシアム内部での標準化の推進や共通に利用できる契約書を準備しておくことは役に立つ。ただし、小回りが利き、対応スピードが速いことが中小企業の長所であり、コストや品質も含めてそれらを損なわないようなバランスの取れたルール整備が必要にも思える。

l 下請け依存から提案型へ変革するにあたり必要な意識改革

大企業依存の下請け構造では、ものづくりの上流工程であり企画・製作段階に該当する見積もり算出作業が無償となるのは業界の常識になっており、それに慣れた中小企業が、付加価値提案型のものづくりを実施する上での意識改革は必要になる。筆者はシステム開発における工程の局面化とその局面毎の成果物に対して対価を払う考え方を導入している。工程の成果物に対する顧客側の検収があって次の工程に進めるため、手戻りがないものづくりが進められるメリットもあると推察する。

l デジタル技術の活用

企業によって業務環境が異なり、デジタル化の浸透度にバラつきがあるため、より多くの企業がスムーズに導入できるクラウドサービス型のデジタルツール活用を検討している。一方で生産管理系ツールは企業内の事情を踏まえたものでないと効果がないと考えられるため、導入対象から外している。もっとも重要な案件受注時の見積もりや仲間探しのツールについては、求める要件を満たす製品が見つからなかったことからデジタル受発注プラットフォーム「プラッとものづくり」として独自開発を実施。コンソーシアム内のコミュニケーションツールとしては安価で導入しやすいものとして「Microsoft Teams」を選択している。

本書で使われる用語の説明

本書では、大田区の製造業ならではの用語や、IT系でよく使われる用語が随所に使われている。本書の中での独特の意味合いをもつものもあるため、重要な用語については補足説明しておく。

①    仲間まわし

『工場が集積している大田区では、自分のところでは「切削」作業しかできなくても、「穴あけできる工場」「研磨ができる工場」といったように、近くの工場に工程をまわして、発注された製品を納品できるネットワークが築かれました。「仲間まわし」は「ちゃりんこネットワーク」とも呼ばれています。自転車でまわれてしまうぐらい近くに、さまざまな工場が多数集まっているからこそできることです。実際に、自分の工場での作業が終わった製品を、次の工場へ運ぶ姿が今でも見られます。』

(以下の大田区ホームページから抜粋)

https://www.city.ota.tokyo.jp/sangyo/kogyo/ota_monodukuri/kagayake/monozukurimachi/fri_tur.html

これに対して、「新しい仲間まわし」とは、デジタル技術を活用した分業の方法であり、工場の減少によって従来の手法が機能しなくなっても、より広範囲で代わりの協業相手を迅速かつ柔軟に見つけ出せる仕組みとなる。

②    プロジェクト

プロジェクトとは、「なんらかの目的を達成するための有期的な計画および活動」である。本書ではプロジェクトとして2通りの使用があるので注意が必要。ひとつは著者が所属する株式会社日立コンサルティングが大田区から受注した「デジタル技術を活用した“仲間まわし”による中小企業の生産性向上プロジェクト」の6年間の活動のことであり、もうひとつはコンソーシアムで取り扱う個別の受注案件のことである

③    コンソーシアム

コンソーシアムとは、「共通の目的を持ち協力し合う仲間」を意味する。本書では、「ものづくり改革とデジタル化という2つのイノベーションを推進するための、さまざまな活動の場」としているが、活動に賛同し参加した大田区の企業の集まりを指す。

④    I-OTA

I-OTAとは、「IoTを活用して事業を展開する」「大田区(OTA)の製造業に寄与する」という意味のほか、ものづくり改革とデジタル化によってものづくりを革新(Innovation)するという意味を込めて名付けられたもの。コンソーシアムの事務局を担う「I-OTA(アイオータ)合同会社」のことを指す。名付けられた後は、コンソーシアム全体のことも意味するようになっている。また「I-OTA」のブランド化を進めている。

⑤    コミュニケーションツール

コミュニケーションツールとは、意思や情報の伝達に利用されるツールである。 企業では、社内での意思伝達、情報や知識・ノウハウの共有などを円滑に行う目的で使用されている。 従来はメールや電話が主流であったが、働き方の多様化や社会情勢などの影響により、コミュニケーションツールという言葉が浸透してきた。I-OTAで活用した「Microsoft Teams」の他にも、「ChatWork」や「Slack」などが代表的なツールである。メールに比べると挨拶などの形式に拠らない気軽なやりとりができ、リアルタイム性が高い。

⑥    羽田イノベーションシティ

『羽田空港の沖合展開にともない、「羽田空港跡地第1ゾーン」に2020年7月3日に生まれたまち「HANEDA INNOVATION CITY(羽田イノベーションシティ)」。京急空港線、東京モノレール「羽田空港第3ターミナル」駅から1駅の「天空橋」駅に直結した、敷地面積5.9ha、延床面積13万㎡を超える大規模複合施設である。羽田イノベーションシティは「新産業創造・発信拠点」として地域経済の活性化、国際競争力の強化を実現するとともに、「先端」と「文化」の2つの産業を柱に日本のものづくり技術や日本各地域の魅力を発信しています。』

(ホームページ:https://unique-ota.city.ota.tokyo.jp/charm/culture/haneda-innovation-city/ から抜粋)

⑦    下町ボブスレー

下町ボブスレーネットワークプロジェクトの略称。2011年に始まった東京都大田区の町工場が中心になってボブスレーのソリを開発し技術力をアピールするためのプロジェクト。協力会社は延べ100社以上にのぼる。平成25年度中小企業庁「JAPANブランド育成支援事業」に採択されている。

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