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「低資本による操業の教科書」

 

発行所:同友館
20241130 日発行/181
定価(本体1, 800 円+税)/ISBN9784496057565 

  主要目次
はじめに
第1章 背景
第2章 低資本による創業の方法論
第3章 低資本による創業の具体的方法
第4章 事例
おわりに 

著者[編著]

編集者山下 義(やました ただし)- 第4章および「おわりに」担当、事務局
池田 安弘(いけだ やすひろ)- 「はじめに」および第3章担当
著者船橋 竜祐(ふなばし りゅうすけ) - 第1章およびコラム担当
福田 まゆみ(ふくだ まゆみ)- 第2章担当
吉川 尚登(よしかわ なおと)- 第2章担当
金子 孝弘(かねこ たかひろ)- 第2章担当
島津 晴彦(しまず はるひこ)- 第3章担当
小林 雅彦(こばやし まさひこ)- 第4章担当
森田 精一(もりた せいいち)- 第4章担当
山下 れい子(やました れいこ)- 第4章担当
沼口 一幸(ぬまぐち かずゆき)- 第4章およびコラム担当
藤島 有人(ふじしま なおと)- コラム担当
原田 純(はらだ じゅん)- コラム担当

概要  

  • 「はじめに」では、コロナ禍をはさんだ社会環境の変化として①DX化、AI技術の急速な進展、②ネット販売・ネットビジネスの拡大、③働き方改革の進展をあげ、これらは「企業の事業環境の変化」でもあり、本書のテーマである『創業』に影響を与えるものとしている。また「産業競争力強化法」による「特定創業支援等事業」の効果、特に日本政策金融公庫の創業時融資制度が「自己資金の少ない創業者」を生み出す社会装置として、実際に機能していることから、「少ない自己資金でも失敗しない創業の技術」は創業者の事業リスクを最小化する伝えるべき経営技術であり、本書を企画した目的としている。 
  • 第1章では、①『失われた30年』と開業率の相関性として、バブル経済崩壊から30年以上、2024年3月に日経平均株価が初めて4万円を突破したことを序文に、現在もあまり代わり映えしない岸田政権下の日本経済の深刻さを、開業率の国際比較の数値を用いて伝えている。次に、経済学者シュンペーターの唱える「創造的破壊」が資本主義における経済発展そのものであることを、各国における企業の参入率と退出率の平均(創造的破壊指標)と一人当たりGDP成長率の関係性を示した上で説明し、日本の開業率の低さこそが「失われた30年」をもたらせたとの仮説(結論)に誘導している。エビデンスとして、2008年と2018年における時価総額TOP10企業を、グローバルと国内でそれぞれ示し、国内の変化の少なさを際立たせて説得力を上げている。 
  • 第1章②では、日本政府の起業促進政策と、スタートアップ企業の状況を国際比較し、数や規模の両面で世界に大きく遅れていることを伝えている。 
  • 第1章③では、コロナ禍以降の働き方の変化と低資本起業家の増加として、2018年に成立した「働き方改革関連法」と、2020年初頭から始まった新型コロナウイルスが人々の働き方を一変させたこと、感染症対策としての「テレワーク」や、雇用環境の変化も影響した「副業」解禁の広がりで副業者数が増加傾向にあることを述べた後、新しい起業形態として、「プチ起業」「スモールビジネス起業」を紹介し、「スタートアップ」との違いを説明している。ここは、第2章以降の本書で伝えたい内容の導入文になっている。 
  • 2では、低資本による創業の方法論として、①創業のステップでは、最初に基礎知識を整理した図表で提示している(「個人事業主と法人の特徴の違い比較」、「会社種類と責任」、「業種・許認可・窓口行政機関対応表」、「税務署への届出と留意点(個人・法人別)」、「社会保険関係の届出と留意点」)。次にビジネスプランの立て方を段階的に紹介。「自分のやりたいこと」、「自分のできること」、「世の中にもとめられること」の3要素を満たすものを事業の方向性として定めた上で、より具体的な事業コンセプトにしていく方法として、「3C分析」、「SWOT分析」、「ポジショニング分析」を紹介し、最終的に事業計画書の作成について述べている。 
  • 第2章②では、業種別の必要資金を提示している。サービス業として「美容室」「学習塾」、医療・福祉業として「カイロプラクティック」「鍼灸院」、飲食店・宿泊業として「居酒屋」「カフェ」「民泊」、小売業として「菓子製造販売業」、「惣菜店」、建設業として「電気工事」「造園工事」、不動産業のそれぞれについて、開業費、業界及びトレンド、必要な許認可および手続き、収益化の視点など、わかりやすくまとめている。 
  • 第2章③では、資金調達の手段を紹介している。「自己資金」「融資」「補助金/助成金」「その他(クラウドファンディングなど)」 
  • 第3章①では、初期投資に関する具体的な資金の削減方法を業種毎に提示している。「建物関連費用」「内装工事費」「機械・設備関連費用」「工具・備品」「Iターン、Uターンでの創業(農業・水産業のみ)」の観点で業種毎の記述がある。続いて開業資金の抑制方法や業種毎「飲食業・小売業」「士業・専門サービス業」「製造業・加工業」「農業・水産業」に見た低コスト化のポイントを紹介している。 
  • 第3章②では、運営に関する具体的な資金の削減方法を説明している。「外注費・人件費」としてのフリーランスやアウトソーシングの活用方法や注意点、「広告宣伝費」としてのパブリシティの活用方法と注意点になる。 
  • 第3章③では、資金調達に関する具体的な資金の削減方法を紹介している。補助金や助成金の活用で投資に対する自社負担を減らす方法や、融資や経営に関する支援事業の活用方法などである。 
  • 第3章④では、その他の創業における資金削減方法として、事業承継・スモールM&Aの活用方法と注意点を紹介している。 
  • 第4章の事例では、下記の6事例それぞれについて、「会社の概要」「市場環境」「創業の経緯」「創業時の課題と解決策」「創業後にうまくいったこと」「創業後の課題」「今後の方針」を詳しく紹介している。 
  1. キッチンカーによる低コストでの創業 ~無添加フルーツジュース~ 
  2. 東京から長野に移住し地元クレープ屋を引き継ぐ(事業承継) 
  3. お花の移動販売 ~自粛生活に癒しのお花時間をお届け~ 
  4. 元美容サロンを居抜きで借りて、安上がりに創業した整体サロン 
  5. 低資本で始める自動車整備工場 
  6. 市町村の補助金と内装工事の一部をDIY化することにより開業時のコストを削減したハンドメイドショップ 
  • 各章のおわりにコラムとして、スモールビジネスの事例紹介をいれている。第4章の事例と比較するとエッセンス部分だけを記述したものだが、印象的なものが多い。 

第1章 プロレス界のイノベーション「軽トラプロレス」の挑戦
第2章 ホームセンターでコスト「1/5」「せんべろ」の事例
第3章 初期費用をかけずに安定した運営 「ハンドメイド手芸」の事例
第4章フランチャイズ加入は、時間(コスト)の削減につながり「低資本」?「学習塾」の事例 

  • 「おわりに」では、本書でいうところの「低資本の創業」の定義を、例えば3,000万円かかるところを工夫をして1/3の1,000万円以下で事業を始めることとしており、本書では特に200万円~300万円のコストで実現した成功事例を紹介している。ただしここでは、本人と周囲の協力が必要であり、そんなにうまくいくケースは少ないと戒めている。知恵や工夫・人との縁など金額にあらわせない価値で補い、実質的な創業価値を底上げすることを提案しているのである。 

重要なポイント 

重要なポイントを読み解く。 

  • 日本の開業率について 

 高度経済成長期の1966~1969年頃の日本の開業率は6~7%であったが、それ以降は低下傾向にあり、1980年代には5%、1994~1998年には4%以下に落ち込み、2022年には3.9%となっている。一方で廃業率は1966~1969年に3%強であったが、80年代には4%、1991~1994年には5%近くとなり、開業率より高くなったが、2022年は3.3%となっている。開業率、廃業率ともに他国と比較しても一番低い数値であり、企業の新陳代謝が進んでいないとの指摘は否定できない側面ある。ただし、元々、開業率、廃業率ともに高い傾向のある米国などとの直接の比較は少し危うい面があると考える。日本においては、社歴の長い企業が多く残っている実態があり、世界の創業200年以上の企業の約5,600社のうち約3,100社は日本に集中している。本書で、日本の開業率の低さこそが「失われた30年」をもたらしたと仮説としている点は、世の中にはいろいろな見解があることを意味している。 

  • スタートアップとスモールビジネスの違い 

 2010年以降の米国の経済成長を引っ張っているのがGAFAM(グーグル、アマゾン、ファイスブック、マイクロソフト)であり、いずれもスタートアップからユニコーン企業に成長したことはよく知られているが、中国やインドの企業もそれに続いており、日本は大きく遅れている事実がある。政府の起業促進政策が出されたのが2022年なのは、あまりに遅い印象をもつが、今後期待できるとも思えない。むしろ日本においては、成功時のリターンが大きいリスクが大きいスタートアップでなく、手堅く低リスクで始められるスモールビジネスの方が合っているのかもしれない。スモールビジネスを後押ししたのは、コロナ禍前に政府から出されていた「働き方改革関連法」や、コロナ禍の中で広がった「テレワーク」であることは面白い。スタートアップは昔からあった起業のやり方であったことは間違いなく、スモールビジネスは時代が変わり、働き方や人の意識が変わったことにより自然に生まれてきたようにも感じられる。本書では、スタートアップとスモールビジネスの違いを、成長方法、市場規模、スケール、関わるステークホルダー(資金調達)、インセンティブ、対応可能市場、イノベーション手法の切り口で比較し、最も大きな違いを成長曲線であると解説している。投資額とリスクが大きく成功時には莫大な利益をもたらすスタートアップは革新的な志向の取組であり米国向けであると思う一方で、「顧客の顕在ニーズを既存に代替品よりも効率よく解決する」ビジネスといえるスモールビジネスは、手堅く改善的な志向の取組であり日本向けであるように思う。 

  • 働き方の変化と低資本起業家の増加 

 本書では、2018年成立の「働き方改革関連法」の背景として、日本企業の労働生産性の低さや、人手不足問題、人生100年時代に向けた働き方の変化としており、それらへの解決策としての取組の中で、多様な就労形態の許容や、副業・兼業の促進をしていることが、低資本起業家の増加に影響を与えていることは想像が難しくない。実はこの流れは2001年の第1次小泉政権時代から非正規労働者、フリーターが増えた頃から始まっているようにも思える。2008年のリーマン・ブラザーズ破綻で国内の企業への影響も大きかった。実は評者も当時会社員であり、このまま定年まで安穏と会社に残れる時代じゃなくなったと悲観したことを覚えている。なぜなら中小企業診断士の資格を取得しようとしたのはこの時期であった。当時社会人予備校で聞いた話であるが、国家資格の取得のために申込数が激増しているとのことであった。東日本大震災後に電力需要の逼迫で、節電で残業があまりできなくなったりしたことなども、過去の働き方を変える影響があったのかもしれない。その上で、働き方改革やコロナ禍の非接触推進でテレワークが進んだことが、働き方変化に最大の影響を与えたことは間違いない。また、ここで述べた観点では、国内においても時間をかけて働き方の大きな変化が継続的に起きていたのである。その変化をベースに低資本起業家が生まれる素地を作ってきたことになる。 

 個人的な感想

 読み始めて、最初は斜め読みできる内容かと思ったが、その認識がまったくの間違いであることがすぐにわかった。読み進めるにつれ、次第に濃くなっていく内容に押し戻され、途中からじっくり読み込んでしまった。一言で語ると「13名の先生方のパワーが注入された一冊に敗北した」感覚であった。
 第3章までは、まさにタイトル「低資本の創業の教科書」と呼ぶにふさわしく、創業に関わる知識・情報を整理して詰め込まれ情報量は多いが、中小企業診断士であれば一通り知っている内容ともいえる。
 中小企業診断士が読者の場合に最も価値を感じるのは、第4章の充実した内容であろう。そこで紹介されている各事例は、その事業者や支援した専門家しか知り得なかった情報がふんだんに盛り込まれており、類似ケースの支援の際にヒントとなるものが多いと考える。13名の中小企業診断士のそれぞれの診断先の現場で見聞きした知見や経験・ノウハウを編著者がうまくまとめ、内容の濃い読み応えのある一冊にしている。起業予定者や、起業後に悩んでいる経営者、そして創業に関わる専門家にも読んで欲しいお薦めの本である。
 本書の趣旨とはまったく関係ない余談だが、「働き方が変わってきたこと」については、占星術好きの自分は、産業革命頃に始まった「土の時代」(物や形といった目に見えるものに価値がある時代)が終了し、「風の時代」(個人の自由と権利・平等性、多様性、フレキシブルな価値観が重視される時代)が始まったという西洋占星術の時代区分の話と結びつけてしまう。個性を生かす仕事、場所や時間にとらわれない働き方、コミュニティー作り、副業などの多種多様なワークスタイル、フリーランスや独立開業、そして、それらに繋がるスモールビジネスは、新しい「風の時代」に合ったビジネススタイルではないかと勝手に妄想している。 

評者: 東京都中小企業診断士協会城北支部 酒井寛行 

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