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令和6年度 中小企業経営診断シンポジウム 第2部第3分科会
中小企業を成功に導くビジネスモデル-その強みと変遷-
「事業創生モデルと事業創生診断チェックリスト」の開発

三多摩支部 先端ビジネスモデル研究会 代表 山崎 康夫

1.事例中小企業から学ぶビジネスモデルの変遷

東京都中小企業診断士協会三多摩支部の先端ビジネスモデル研究会が発足したのは、23年前の2001年4月である。中小企業の経営層をゲストに招き、1時間半程度の話を伺ったのちに、聴講者との質疑応答を行うスタイルで、中小企業の実践的な先端ビジネスモデルの研究をしてきた。研究会の開催回数は、170回にもおよぶ。
講演当時に、特徴と強みのあるビジネスモデルを実践していた13の中小企業を選び、講演当時からのビジネスモデルの変遷をインタビューにより、中小企業の成長の秘訣を事例から調べる目的で、企画案が計画され、2024年5月に書籍「中小企業を成功に導くビジネスモデル-その強みと変遷-」の自費出版に至った(図表1)。
特に、事例中小企業の強みと講演時からの変遷をまとめた「13社のビジネスモデルの強み・特徴」をあらわした一覧表は、中小企業を成功に導くビジネスモデルを考察する上で参考になる。事例企業の講演時からインタビュー時までの間隔はさまざまであるが、成功する中小企業がどのような強みを持っているか、どのように変遷してきたかよく分かる内容になっている。

2.本研究の狙いと先行研究

13の中小企業を選んでインタビューを行い、講演当時からのビジネスモデルの変遷について、10年~20年にわたる中小企業の成長の秘訣を診断事例から調べることが、本研究における独創性・革新性になる。
先行研究を図表2に示す。野中・徳岡編著の「ビジネスモデル・イノベーション」の理論が中核にあり、ここでは、ビジネスモデルの創造・再構築をビジネスモデル・イノベーションと総称している。経営層の経験の中から生まれ、気づき・試し・見出すというプロセスを経て発展するものであり、「初めから明確なビジネスモデルが存在するケースはなく、イノベーションによるビジネスモデルの変遷を経て、徐々に成長を遂げていく」と述べている。掲載事例が大企業中心ではあるが、ビジネスモデルが変化するものであることを示した意味で名著である。

図表2. 先行研究一覧 (出典:筆者)

図表1. 研究会の出版書籍

 

また、清水の「中小企業の社長インタビュー調査(計45論文)」とそれを基にした「中小企業の長期成長能力」は、中堅製造業を中心としたデータを、顧客数と資源、技能レベルに応じて三つに分類し、それぞれの特徴と課題、そして維持・発展に必要とされる能力の違いについて浮き彫りにしているが、ビジネスモデル変遷の観点から論じたものではない。また、日本生産性本部の「世界経営幹部意識調査:2021年」の企業経営上の課題として重点的に取り組む項目として、世界と日本におけるトップは「イノベーションの推進」となっている。
従って当研究会では、元来ビジネスモデルの特徴と強みがある中小企業が、さらに成長するために、どのような変遷をたどっていったかを調査し、その共通点を分析することで、診断ツール開発のベースになるものとして研究を開始した。

3.事例①:東成エレクトロビーム株式会社

本事例は、2003年4月に東成エレクトロビーム株式会社の上野 保社長(当時)に先端ビジネスモデル研究会で講演して頂いた内容が基礎となっており、2022年8月にご子息の上野 邦香社長にインタビューした「その後のビジネスモデルの変遷」の内容を加えたものである。
この19年間のビジネスモデルの変遷と会社成長のためのポイントとしては、創業者である父親の代からの円滑な事業継承と、中小企業として大企業と対等に渡り合っていけるキーテクノロジーの開発である。
同社は、高いもので1台数億円もする電子ビーム加工機やレーザ加工機などを本社工場、羽村工場、東成イービー東北の3か所で40台あまり保有している(図表3)。顧客である主要取引先は、大手企業を含めて3,300社にもおよぶ。業種の割合はエレクトロニクス産業、自動車産業、半導体産業、航空産業等と多岐にわたっている。

図表4. レーザクリーニング装置の事業化
(出典:中小企業を成功に導くビジネスモデル)

図表3. 東成エレクトロビーム株式会社の概要
(出典:中小企業を成功に導くビジネスモデル)

 

創業者である上野会長の経営手腕と人としての魅力は各方面で注目を集め、1996年度の中小企業白書ではコーディネート企業のモデル会社として取り上げられた。顧客の開発テーマを一括受注して協力会社と一緒になってとりまとめる、技術コーディネート企業として独自な経営を展開している。
同社は、従業員10人くらいの時期から受託加工事業に取り組み、航空宇宙の認定を受け、これをベースに事業を拡大してきた。2012年6月に、長男の邦香氏に社長を譲ってからは、上野会長は主に対外的な活動をしてきた。
また、保社長の時代から、電子ビームやレーザ等の受託加工を業としてきたが、自ら製品を持つという夢があり、2006年には経産省の新連携の1号認定としての採択を受けて、レーザクリーニング装置の研究に着手した。レーザクリーニングとは、対象物にレーザ光を照射し、対象物の表面から汚れを除去する手法である(図表4)。
従来の洗浄手法と比較すると、レーザクリーニングは洗浄後の廃液処理が不要なことで地球環境に優しく、養生・メディア回収が不要であり、騒音を発することなく洗浄できることから、労働環境をも改善し得る洗浄手法として、近年国内で注目されている技術である。
邦香社長が引き継いでから、樹脂やゴムの成型ラインや塗装ラインを持つメーカーに、平均1台1千万円の設備を100台程度販売しており、今や同社の売上の10%を占めるまでに成長している。レーザクリーニングは環境にやさしく維持コストも削減することができ、かつ作業者への負荷も軽減させることが可能なことから、今後は同社の第2の柱として発展していくものと思われる。
【講演時のビジネスモデルの強み】
・電子ビーム、レーザ加工機などのハイテク設備を有して、中小企業として大企業と対等に技術課題について話し合いができるキーテクノロジーを開発
・顧客の開発テーマを一括受注して協力会社と一緒になってとりまとめる、技術コーディ
ネート企業として独自な経営を展開
【ビジネスモデルの変遷と成功の秘訣】
・創業者である父親の代からの円滑な事業継承
・会社の基本的なビジネスモデルは変えず、郡山の東成イービー東北を立ち上げる
・対象物にレーザ光を照射し、表面から汚れを除去するレーザクリーニング装置の事業化

4.事例②&③:株式会社FEMと株式会社江戸切子の店華硝

以下に、株式会社FEMと株式会社江戸切子の店華硝の事例を紹介する。ここで、“講演時のビジネスモデルの強み”と“ビジネスモデルの変遷と成功の秘訣”の両項目については、13社のビジネスモデルの強み・特徴をあらわした一覧表を研究会で作成した。
【FEMの主要な製品またはサービス】
・環境、CSR(企業の社会的責任)、生物多様性、国際認証&ラベル、エシカル、持続可能な調達、SDGsなどの教育・研修、講演・執筆の実施
・環境や社会に配慮した国際基準や認証、CSR等に関するコンサルティングやアドバイスの実施
【講演時のビジネスモデルの強み】
・認証・審査機関Control Union Certificationsの日本パートナーとして「森林認証制度」を運営
・当時は広く認知されていなかった、環境・CSR・サステナビリティ・教育関連の業務を実施
【ビジネスモデルの変遷と成功の秘訣】
・2009年に認証機関Control Union Japanを設立したが、本来目指すべき業務に集中するため代表を退任
・日本サステナブル・ラベル協会(JSL)を設立し、代表理事に就任し、ラベルの普及を実施
・日本での、環境・CSR等のニーズの広がりの活用
【江戸切子の店華硝の主要な製品またはサービス】
・江戸切子プレミアム品の制作、販売
・江戸切子レギュラー品の制作、販売
・江戸切子スクールHANASHYO’Sの開講、運営
【講演時のビジネスモデルの強み】
・硝子の研磨において、独自に開発した道具による「手磨き仕上げ」を行なうことで、まばゆい煌きを放つ技術力と芸術性を兼ね備えた作品を生み出す
・江戸切子の制作は社長と長男、販売は母親と長女という強固な家族経営
【ビジネスモデルの変遷と成功の秘訣】
・江戸切子のプレミアム品等の芸術の究極へのあくなき追求で、新たな分野への展開、
および知名度の向上
・江戸切子の発祥の地である日本橋に2号店を開店
・工房で活躍する職人から本物の技を学べる、江戸切子スクールHANASHYO’Sの開講

5.ビジネスモデル・イノベーションの類型

ビジネスモデルの変遷については、ビジネスモデルのイノベーションと位置付けることができる。イノベーションは、1911年にオーストリア出身の経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターによって初めて定義された。シュンペーターは、イノベーションを次の五つに分類している。
①プロダクション・イノベーション:顧客創造を実現する新商品、新技術、新市場の開発
②プロセス・イノベーション:自社の業務効率や生産性を高める(DXの導入など)
③マーケット・イノベーション:マーケティング成果を一段と上げる取組み
④サプライチェーン・イノベーション:商品やサービスの供給連鎖を最適化
⑤オルガニゼーション・イノベーション:社内の情報共有や業務効率を高める組織革新、業務提携、外部組織との連携革新

当研究会では、これらのイノベーションの分類に事例企業を当てはめた(図表5)。これにより、元来ビジネスモデルの特徴と強みがある中小企業が、さらに成長するために、どのような経緯で変遷をたどっていったかを調査し、その変遷がどのようなイノベーションによるものかを分析した。

図表5. 事例企業のイノベーション類型 (出典:筆者)

6.成功中小企業の共通の特徴分析と事業創生モデル

当研究会では、成功中小企業の共通の特徴分析として、以下を挙げることにした。
・講演時ビジネスモデルの強みをさらに伸ばしている
・講演時にはなかった新たなビジネスモデルを開拓
・講演時と変わらず新鮮な発想でバイタリティがある
・「社会共創思想」など世の中の流れに対応
また、野中・徳岡編著の「ビジネスモデル・イノベーション」では、事業創生モデルを提示しているが、本研究においては、このモデル図を基にして「中小企業の事業創生モデル」を提示した(図表6)。中小企業のビジネスモデルの変遷を追加し、その中で成功に導くイノベーションの類型を示した。また、中小企業は、家族経営や事業承継が深く変遷に関連してきており、図に追加した。中小企業経営層や中小企業を支援する側には、この「中小企業の事業創生モデル」を参考にして、企業独自のビジネスモデル・イノベーションを実現することで、成長を遂げていくことを期待する。


表6. 中小企業の事業創生モデル (出典:筆者)

事業創生モデルにおいて、重要な項目として、「社会共創思想」がある。社会共創思想とは、企業経営のみならず、よりよい社会を創ろうとする考えであり、近江商人の「三方よし」に近い思想である。地域社会の取組みや、地球規模の問題解決に取り組むことも「共創」と呼ばれている。13事例のうち多くの企業が社会共創思想を実践している(図表7)。

図表7. 事例企業の社会共創思想 (出典:筆者)

 

7.事業創生診断チェックリストの作成と事業創生診断

「中小企業の事業創生モデル」を参考にして、企業独自のビジネスモデル・イノベーションを実現するために、事業創生診断チェックリストを作成した(図表8)。これは、これから成長を遂げようとしている中小企業経営層や経営支援をしている中小企業診断士にとっても参考になる。本チェックリストは、ビジネスモデル・イノベーションを考え出す一つのツールであり、経営層同士や中小企業診断士と経営層と事業創生のテーマで話し合う際に、整理ができるだけではなく、新たな発想に導くことが期待される。

図表8. 事業創生診断チェックリスト (出典:筆者)

以上、当研究会が開発したツールとしては、「中小企業における事業創生モデル」および「事業創生診断チェックリスト」である。ツールの活用においては、代表的な13社のビジネスモデル・イノベーションの事例から体系図およびチェックリストを作成しているので、中小企業経営層にとってイメージしやすいことが挙げられる。
中小企業の事業創生モデルとチェックリストの活用により、以下の効果が実現できる。
①自社の事業創生モデルにより、イノベーションを実現するための全体像が明確になる。
②チェックリストにより、イノベーション構築の抜け漏れがなくなり、重要度が明確になる。
③自社モデルやチェックリストにより、中小企業診断士と経営層との意思疎通が進む。

当研究会では、このチェックリストを活用して、事例企業を対象に事業創生診断を始めたところである。そこでは、チェックリストを用いて、該当企業のイノベーションに関わる項目をリストアップした。そして事業創生モデルを基に、診断企業の独自モデルを作成して、企業の経営層と共有することで、企業のイノベーションを伴走支援していく予定である。

今まで、インタビューによるビジネスモデル・イノベーションと事業創生モデルをベースにした事業創生診断への活用について述べてきたが、ここで研究会の今後の方向性を提示する。
1) 事例企業に、研究会で再度講演してもらい、変遷後の業績、顧客・従業員満足度はどのように変化したのか、成功の要因は何にあるのかを討議していく。
2) 13の事例企業以外の候補を挙げて追加のインタビューを実施し、事例を増やし研究の精度を上げていく。
3) 講演企業の中には、現在では縮小や廃業に至った企業もあるが、なぜビジネスモデル・イノベーションの変遷に至らなかったのかを調査・研究していく。
4) 事業創生診断を数多く実施することにより、事業創生診断チェックリストを改善することで、中小企業経営に役に立つものとしていく。

参考文献
[1] 山崎康夫「第1章」『中小企業を成功に導くビジネスモデル-その強みと変遷-』、先端ビジネスモデル研究会、2024年5月
[2] 野中郁次郎、徳岡晃一郎編著『ビジネスモデル・イノベーション』、東洋経済新報社、2012年

プロジェクトメンバー
山崎 康夫、谷 譲治、米山 憲一、角澤 明、松本 京子

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