工場見学から縁のつながった4つの事例

研究会部 五藤 宏史
1.工場診断研究会(こうば研)とは
当研究会は、2010年に始まり、中小製造業を支援することを志す仲間たちによって立ち上げられました。メンバーの約半数は製造業の直接的な経験を持たないものの、町工場を支援するための専門技術や知識を共に磨き、向上させることを目指しています。また、メンバーの半数以上が企業内で活躍する診断士であり、その専門性を生かして、中小製造業の持続可能な発展を促進しています。
2.こうば研が工夫していること
本研究会は、機械加工、化学、食品加工など多岐にわたる製造業の工場を対象に現場見学を実施しています。見学は、実際の製造現場を体感することで、理論だけでは得られない貴重な学びの場です。学びを深めるために、見学に先立ち、参加者は、2ヶ月間で訪問予定の企業と業界の詳細を徹底的に調査し、見学に備えます。この予備知識が、見学中の洞察を深め、診断力UPにつながっています。
3.こうば研の醍醐味
見学後のプロセスとして、経営者へのインタビューが設けるようにしています。参加者が直接経営者に質問を投げかけ、その回答から現場の生の声を聞き出し、表面化されない経営上の課題を深堀します。インタビューを通じて、経営者と直接対話する技術も向上します。
4.診断士ならではの経営者への「お礼」
当研究会ならではの取り組みとして、経営者への感謝として、見学を終えた翌月には詳細な見学レポートを提出するようにしています。このレポートは、訪問させていただいた感謝の意を表しつつ、中小企業診断士としての視点からの気付きや改善提案を含みます。レポート提出時にはプレゼンテーションを行い、改善策の具体的な手順を説明し、経営者と従業員がそれを実行し成果を上げるための支援を目指します。
このようなやり方は昔からやっていたわけではなく、2023年4月に見学させていただいた洋菓子製造の株式会社ガトー・ド・ボワイヤージュ社(従業員205名)の見学を契機に始まりました。それまでは、見学の感想レポートを一人一人が記入しまとめたものを経営者に提出するだけでした。それはそれで喜ばれたのですが、経営者に役立つ方法はほかにないか考えたところ、この新しいカタチに進化しました。いまでも、ガトー・ド・ボワイヤージュ社の会長が喜んでいただいた瞬間が忘れられません。




5.事例
もちろん、いままでも見学先の支援につながった事例はありました。今回、もともとの見学から支援につながった2事例と新しい形から支援につながった2事例の合計4事例を紹介します。
縁のつながった事例①
<<有限会社堀内製作所>>
こうば研支援内容 事業計画策定 ものづくり補助金
会社概要 1948年創業の墨田区押上にある板金プレス加工、金属機械加工、金属焼付塗装加工を専門とする会社です。資本金1,000万円、年商3億円(2019年度)、従業員30名の規模です。主要製品は小型トランス用外装部品、金属プレス製品、板金加工、精密機械加工、照明機器部品など。NCタレットパンチプレス、CNC旋盤、レーザー加工機等の最新設備を駆使し、多様な加工に対応しています。2018年にはサーボプレス機を導入し、日々効率向上を図っている会社です。
相談を頂いたきっかけは、コロナによるバイク宅配サービスが増えるなど、特注品のバイク部品の需要が高まり増産の要請が高まったことによるものでした。効率よく行える工夫を繰り返し、改造をすることで増産し売り上げを伸ばしてきたが、それだけでは解決できず溶接や後工程がボトルネックとなって増産できない状況でした。
課題は、①溶接工程の品質向上、②生産量の拡大とリードタイムの短縮、③溶接・後処理工程の省人化であり、こうば研は自動化の方針を受け、ロボットアームの導入の資金調達として補助事業の支援をするに至りました。職人の感覚的な取り組みを言語化することがもっとも難しい点でした。ものづくり補助金も無事取得でき生産性向上と増産体制が整い、現在の状況として売上は上昇し業績好調です。


縁のつながった事例②
<<株式会社栄和産業>>
こうば研支援内容 原価管理強化支援 神奈川県物価高騰等対策支援
会社概要 神奈川県綾瀬市に本社を置く製造業企業です。1974年の設立以来、自動車部品や建設機器部品の製造を主力事業としています。金型製作から試作品製作、量産製造、部品組立、検査まで一貫した生産体制を持ち、多様な加工技術を有しています。「ダイバーシティの力で笑顔あふれる未来を創りだす」を企業理念に掲げ、社会貢献にも力を入れています。日本で一番大切にしたい会社大賞を受賞されています。
コロナ禍において、従業員の雇用を維持するため、積極的に受注活動を行ってきました。しかし、その結果として利益率の低下が課題となっています。競争激化による単価の下落や、原材料費の上昇なども影響し、収益性の改善が急務となっていました。
そこで、工場見学をきっかけに、原価管理強化の支援要請を受けました。


原価構造の把握と改善を目的として、選抜された社員によるプロジェクトチームを結成し、伴走支援を行いました。具体的には、中核工場での製造プロセスの洗い出し、工程時間や歩留まりを計測し、各段階での原価と既存の見積値との比較分析を実施しました。支援の難しかった点は、社員の方の意識付けです。会社の決めたことを当たり前とし、自分たちで会社のルールを作るという考えが少なかったので、プロジェクトチームが社長に提案する形をとりました。原価把握のルールができただけでなく、社員自ら会社を変えられるという自信につながったといえます。年々事業を拡大され、今や180人の従業員を有しておられます。
縁のつながった新しい工場見学の事例①
<<アークメタル株式会社>>
こうば研支援内容 経営力向上計画策定
会社概要 東京都江東区にある1991年設立のアルミニウム素材の加工・販売会社です。アルミニウム丸棒・板を中心に、各種非鉄金属の販売と加工を行っており、豊富な在庫と短納期対応が強みです。ISO14001認証を取得し、環境にも配慮しています。従業員数51名で、建築・自動車・電機・半導体・航空機など幅広い産業分野に材料を提供しています。
工場見学に伺うと、物流の2024年問題がせまり、輸送コストの上昇が見込まれていました。特に、千葉県に物流拠点を置く同社にとって、西日本への顧客サービス品質の悪化が懸念されたのです。この問題は、配送時間の長期化や輸送費用の増加につながり、西日本地域の顧客満足度低下や競争力の低下を招く恐れがありました。また、長距離輸送による環境負荷の増大も課題となっており、同社の環境配慮の方針との整合性を保つ必要があったのです。
対策として、新たに西日本センターを建設する計画策定を支援しました。単なる物流拠点にするのではなく、アルミニウム製品の流通加工機能を持たせるために設備を導入し、付加価値を高める計画としました。中小企業等経営強化法に基づく経営力向上計画の認定を受けることができました。無事、西日本センター設立し、現在もなお業績を伸ばしています。

縁のつながった新しい工場見学の事例②
<<株式会社i-ABC>>
こうば研による支援内容:販路開拓支援
会社概要 2023年3月に設立された食と農の分野に特化したコンサルティング兼ワイン醸造会社です。自社農園を有し経営者自ら農作業に従事されています。「食と農の連携」「地方と都心の橋渡し」を通じて、日本の持続可能な発展に貢献することを目指しておられます。
当社の抱える問題点として、限られた時間内でワインの効率的な製造と販売という課題が挙げられます。特に販路開拓において、昼は畑での農作業、夜は机上でのワイン製造研究や事務作業に追われ、ワインに込めた情熱や想いを顧客に伝える時間的余裕がないという状況があります。自家醸造のワインを販売する前にいかに効果的なプロモーション戦略の構築が急務となっていました。
支援策として、販路開拓の基本的知識を体系化して提供しました。具体的には、ターゲット顧客の明確化、ブランディング戦略の構築、オンライン・オフラインの販売チャネルの最適化などをアドバイス。さらに、具体的な方法として、ワイン製造の日常をありのままに撮影し、SNSやイベント等で公開できる魅力的な動画コンテンツなどストーリーテリングを紹介。推しファンを増やす方法について経営者とともに考えました。
その後、同業者を紹介いただき、こうば研では新たなワイナリーの支援を行っております。

6.研究活動から見える中小企業診断士の新たな役割
中小企業診断士が直面する現代のビジネス環境は、常に変化し、進化しています。このダイナミックな環境において、工場見学は診断士にとって多岐にわたるスキルを磨く絶好の機会となります。診断士は以下の能力を高めることが求められます。
- 業界に対する深い理解
- 実践的なウォークスルーの実施能力
- 経営者インタビュースキル
- 想いをのせたレポート作成技術
- 経営者向けプレゼン力
診断士自身の専門性を高めるだけでなく、経営者にとっても有益です。経営者は、問題を他の事業者と共有することで、自身の考えを整理し、課題を言語化する機会を得ることができます。これにより、診断士との信頼関係が築かれ、経営の伴走者という外部資源が豊かになるのです。
プライドの高い多くの経営者は自ら支援を求めることが苦手です。だから診断士からの積極的なアプローチ、すなわち「プッシュ型の支援」が不可欠です。診断士は、依頼がなくとも積極的に業界の現場を訪れ、経営者の声に耳を傾け、未解決の課題に対して前向きな提案を行うべきです。このような行動が、経営者とその事業の持続可能な成長につながります。
中小企業診断士としての使命は、単に問題を解決することだけではなく、経営者と共に挑戦し、持続可能な成果を創出することにあります。「工場見学」は、経営支援のツールであり診断士は積極的に活用することを推奨します。