中小建設業の働き方改革と人材確保について

東京協会中央支部 人財開発研究会 今井靖
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1.支援の経緯
中小企業が直面する大きな課題の一つに人材不足がある。特に建設業は、他の産業と比べても人手不足が深刻な状況にある。厚生労働省が公表した2024年7月の有効求人倍率によれば、全産業の平均が1.27倍であるのに対し、建設業(建設躯体工事従事者を除く)は4.56倍に達している。建設業の就業者数は1997年のピーク時より近年では約30%減少し、また就業者の年齢構成は2024年で55歳以上が約37%、29歳以下は約12%と高齢化が進んでいる。今後10年間で新たな若い就業者が増加しなければ、55歳以上の就業者の退職によって就業者数は300万人近くにまで減少し、支え手が大幅に不足する。そこで、人材不足が深刻であり、人材の確保が特に難しいとされる中小建設業(中小ゼネコン)に焦点を当て、若手人材の採用と定着に向けた施策に取り組むことにした。
2.事例企業の概要
T社は業歴120年の地場中小ゼネコンである。全国の発電所内の仮設建築物の施工、維持メンテナンス、首都圏中心のマンション開発、建築請負などを主要業務とし、従業員数60名弱の企業である。70代以上の社員や20代の社員など働く社員の年齢層の幅は広く、売り手市場の雇用環境のなか、人材の確保は事業継続に不可欠なテーマである。T社の主な人材確保の対象は施工管理従事者である。
3.建設業を取り巻く環境
建設業の働き方改革関連法案が、5年間の猶予期間を経て、2024年4月に施行された。他産業と異なり猶予期間が設けられていた建設業であるが、2024年時点においても年間労働時間は調査対象産業全体と比べて約230時間長く(図表1)、製造業と比較しても約40時間長くなっている。また、建設業の年間出勤日数は238日であり、調査産業計より26日、製造業より11日多くなっている。これらのことからも、建設現場では依然として週休2日制が十分に浸透しておらず、それが長時間労働の一因となっていると考えられる。さらに、建設業の就業者数は1997年のピーク時の685万人から、2024年には約30%減少し、477万人となっている。年齢構成を見ると、55歳以上が約37%を占め、29歳以下は約12%にとどまっており、業界の高齢化が進行している。近年では、離職者数が入職者数を上回る状況が続き、建設業の就業人口は減少傾向にある(図表2)。

(図表1)建設業の労働時間他産業比較(折れ線グラフ上から建設業、製造業、調査産業計)
資料出所:厚生労働省毎月勤労統計

(図表2)建設業入職・離職者数の推移
資料出所:厚生労働省毎月勤労統計
4.建設業からの離職理由
それでは、現在の入職者数を上回る離職者数の背景には、どのような要因があるのだろうか。
この要因を的確に把握し、適切に対応していかなければ、人材の確保は難しい。図表3は建設業の離職理由をまとめたものである。離職理由としては、ⅰ.肉体的・精神的に健康を損ねたため、ⅱ.労働時間、休日、休暇の条件がよくなかったため、ⅲ.人間関係が良くなかったため、ⅳ.自分がやりたい仕事と異なる内容であったため、ⅴ.仕事がうまくいかず自信を失ったことなどが挙げられている。これらを踏まえると、主な要因は、職場環境(労働環境や人間関係)、キャリアの問題、自己効力感の低下などにある。

(図表3) 建設業の離職理由
資料出所:労働政策研究・研修機構 調査シリーズNo.164「若年者の離職状況と離職後のキャリア形成(若年者の能力開発と職場への定着に関する調査)」
では、入職前の学生は建設業に対してどのようなイメージを持っているのであろうか。一般的に挙げられるのは、雇用条件が悪い、3K(きつい・汚い・危険)、収入が安定していない、体力的に長く続けられない、教育体制が整っていない、女性が少なく高齢化が進んでいる、人間関係やハラスメントに不安がある、などである。これらのイメージは、実際に入職後に離職する理由と多くの点で一致しており、結果として建設業への新規入職を妨げる大きな要因となっている。
5.建設業の人材確保
それでは、このような状況のなかで、どのように人材確保を進めていけばよいのか。事例企業では、労働環境の改善や企業PRのためのブランディング戦略に取り組むとともに、中小企業ならではの採用・定着施策の実行を図っていった。
(1)就業規則の整備と労務コンプライアンスの遵守
もっとも重要な課題の一つが労働環境の改善である。これについては、事例企業では、社労士診断認証制度を活用し、整備を進めていった。この制度は中小企業でも労務コンプライアンスチェックや労務診断を比較的容易に実施でき、診断STEPを進める中で、下記の認証マークを使用できることから、「労働環境の改善や労務コンプライアンスの遵守を実現している企業」、「人を大切にする企業」であることを、求職者に効果的にアピールすることができた。認証取得のSTEPは「職場環境改善宣言」→「経営労務診断の実施」→「経営労務診断適合」の順に進むが、段階が進むにつれて労務管理の水準も着実に向上していった。診断士も是非水準向上に関与願いたい。

健康優良企業の証(左から健康企業宣言推進協議会、日本健康会議、自治体による認定マーク)
(2)健康経営の導入
労務管理の整備と並んで、労働環境の改善として事例企業では「健康経営」を推進した。なぜ健康経営かというと、その取り組みには、建設業の労働環境改善に直結する要素が多く含まれており、企業の「ホワイト」なブランドイメージの構築に繋がるからである。健康経営には、長時間労働の是正、休日・休暇の確保、ワークライフバランスの向上、健康管理、職場内コミュニケーションの促進などの項目があり、まさに建設業の労働環境の改善にうってつけなのである。健康経営は労働環境の改善とともに採用面でも有利に働き一石二鳥である。事例企業では、健康企業宣言東京推進協議会の「健康優良企業の金の認定」、日本健康会議の「健康経営優良法人ブライト500」、「墨田区健康優良企業横綱」の3認定をいただき、この推進は働き方改革の促進、健康な組織作りおよび採用に大いに役立った。
健康優良企業の証(左から健康企業宣言推進協議会、日本健康会議、自治体による認定マーク)
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(3)企業PRのためのブランディング戦略
中小企業は大企業と比べると、知名度もなく福利厚生面でも劣る。知名度の高い大企業には求職者から自然と応募が集まるが、知名度の低い中小企業は、まず求職者に自社を知ってもらい、関心と信頼を得ることで初めて応募に繋がる。
●ブランディングの重要性
中小企業には、大企業、特に上場企業のような「上場」という信頼のブランドがない。そのため、自社の強みや特徴を明確にし、それらに磨きをかけてブランド化を図るとともに、積極的に情報を発信していくことで、企業イメージを構築していくことが求められる。
●労働環境の改善・働きやすさを訴求したブランディング
建設業の人材確保で重要な焦点は労働環境である。働きやすい労働環境のもと、建設の仕事をしたいという若い求職者を惹きつけなければならない。事例企業では、働きやすい労働環境をブランディングするためにいくつかの国の認定制度を取得した。具体的には、多様で柔軟な働き方の実現を目指し、働き方改革に積極的に取り組む企業として、東京都より「サステナブルワーク企業」の認定を、また従業員の健康増進を目的にスポーツの推進に取り組む企業として、スポーツ庁より「スポーツエールカンパニー」の認定をそれぞれ取得した。さらに、SDGsの目標のうち「すべての人に健康と福祉を」、「質の高い教育をみんなに」、「働きがいも経済成長も」の三つを重点目標として掲げ、地元墨田区にSDGs宣言を行い、地域でのその取り組みを評価頂き、第1回墨田SDGsアワードの受賞企業にも認定された。これらの取り組みは企業の信頼とブランディング力を高め、地元の評判や求職者の志望動機を高め、結果的に応募・採用に効果が上がった。先述した社労士診断認証制度や健康経営優良企業の認定もブランディングとなる。またこれらの取り組みは自社のホームページやSNSを利用して積極的に発信していくことが重要である。求職者は、これらの情報をもとに企業のイメージを形成し、応募を検討するためである。
6.人材採用戦略
採用には中途採用と新卒採用があるが、ここでは建設業の課題である若手就業者の不足という観点から、新卒採用および若手人材の定着に焦点を当てて記述する。
(1)採用
従来の採用プロセスは「求人票を公開し、面接を行い、内定を出す」という流れであるが、売り手市場では、この方法では中小企業が採用まで至るのは難しい。せっかく労働環境を整え、企業ブランディングを進めても、競合企業はいくつもあり、求職者は複数の企業から内定を得ていることがほとんどである。そのため、最終選択される1社になるためには、求職者の志望度を高める採用プロセスを構築する必要がある。志望度を高めるプロセスは、求人票の公開→ホームページへの誘導 →会社説明会→会社見学会→面接→内定→内定承諾→入社となるが、重要なのは各プロセスにおいて、求職者の志望度をじっくりと高める工夫を行うことである。詳細は省略するが、求人内容に応じて求人の出し方を選択し、求職者の注意を引く求人票を作成し、興味を喚起してホームページに誘導する。ホームページでは求人票に掲載していない情報の提供や写真、動画など視覚に訴求するデザインを追求し、求職者を惹きつける。採用専門サイトの作成も効果がある。ホームページで求職者を惹きつけた後は、会社説明会・見学会に誘導し、ⅰ.会社の魅力、ⅱ.仕事の内容と魅力、ⅲ.職場の魅力、ⅳ.教育体系、ⅴ.処遇などを説明しながら自社の強みや魅力を十分に訴求して志望度を高めていく。見学会では職場で働く社員とのコミュニケーションの機会を設け、会社や働く仲間との相性を判断してもらう。十分に会社研究を進め、志望度が十分に高まった段階で面接に進む。面接では志望度を上げる面接を行う。面接官は、採用側という優位な立場で接するのではなく、双方の理解を深める場としての認識をもち、面接を進めることが大切である。現在の売り手市場においては、求職者が選べる企業は多数存在するため、面接の印象によって選考を辞退されることが少なくない。そのため、面接は求職者の志望度をさらに高める機会と捉える。これらのプロセスがしっかりと実施されると、他社よりも自社への理解が深まり、最終的な選定先になった場合の内定辞退率が低下する。各プロセスにおいて成功と失敗を繰り返しながら、求職者の心を掴むプロセスへと成長させ、自社に最適な採用手法を確立し、標準化していくことが求められる。大企業と比べると、中小企業の採用人数は限られており、一人ひとりの求職者にじっくりと時間をかけ、丁寧に魅力を伝えていくことが重要である。事例企業では4年をかけてこのプロセスを進めてきており、内定辞退も減少し、継続的に計画通りの人員確保に成功している。
(2)定着
入社した人材が定着するまでのフォローは不可欠である。特に、採用した人材が安定して活躍できるようになるまでの3~5年間は継続的なサポートが必要となる。離職理由には、冒頭の調査にて労働環境や人間関係、キャリアに関する悩み、自己効力感の低下などが挙げられていたが、事例企業においても、過去の離職理由を振り返ると、これらの要因に該当するケースが見受けられた。そこで事例企業では、労働環境の改善に向けて労務管理の整備や健康経営の推進などを進めてきた。具体的には、適切な時間管理と人員配置の見直し、増員、工期の延長、週休2日制の導入や有給休暇の計画的取得、工事完了後の長期休暇の取得、休日出勤時の振替休暇取得や健康休暇の新設、DX化の推進、能力開発などに取り組んでいる。その結果、働き方改革前には月80時間を超える長時間労働者が複数いた状況から、労働時間を法定上限内に抑え、4週8休体制の実現に向けた改善が図られるようになった。また、人間関係やコミュニケーションの面では、スポーツイベントや季節ごとのイベントの開催、Z世代とのコミュニケーション研修や若手社員同士の絆研修(3人以上職場に友人がいると人生の満足度が96%、給料の満足度が200%高まるとの調査結果あり)、ハラスメント研修、メンター制度やブラザー・シスター制度の導入、個人面談、業務日報の活用など多様な手法を取り入れてコミュニケーションの促進を図っていった。さらに、キャリア面では、成長の機会を提供する研修制度を整備するとともに、外部キャリアコンサルタントとの面談制度を導入した。Z世代には、昭和時代のような一方的な指導や接し方ではコミュニケーションが円滑に進みにくい。そのため、傾聴を重視し、一人ひとりの個性に合わせた接し方や指導方法が必要である。小さな成功体験を積み重ねさせることで自己効力感を高め、それによって定着率の向上を図ることが重要となる。
♦定着に必要なキャリアカウンセリング(キャリアコンサルティング)手法
若手社員が退職の話を持ち込んできた時には、ほぼ離職を決意しておりそこから離職を思いとどめさせることは至難の業である。退職を決める理由には、前述してきたように、労働環境の問題や人間関係、自分の適性と合わない、キャリアが見通せない、未払い賃金、処遇が悪いなどさまざまである。また話を聞くと中には誤解であることもある。ただ、一度退職を口に出すと、辞めるという決断を変えるのは難しい。前触れもなく、突然退職の話を持ち掛けられて慌てることもある。ただ、退職に至るには、それなりに所属企業のなかに原因があったはずである。
労働環境を整備したり、働きやすい環境作りをしたりしても、若手社員一人ひとりの自己概念は異なり、価値観や感じ方はそれぞれ違う。そこで、解決の選択肢の一つにあるのが、キャリアカウンセリング手法である。キャリアカウンセリングとは、社員の自己概念に焦点をあて、その自己概念に合わなかった出来事を再現させ、そこから生じている自己概念の揺らぎを、成長の方向に共に発展させていく手法である。このキャリアカウンセリング(キャリアコンサルティング)手法を取り入れている企業は、全体で49.4%(正社員・図表4)、大企業では5割~6割、中小企業では2~3割とされている。

(図表4)キャリアコンサルティングを行うしくみがある事業所(正社員、正社員以外)
資料出所:厚生労働省 令和6年度能力基本調査
また、新入社員・若手の離職に効果があったとされるカウンセリングは、正社員で18.6%とされ、まだまだ十分な効果が上がっていない。またキャリアカウンセリングは、心理的なアプローチが必要になるが、実際キャリア相談を行っている大半はカウンセリングスキルを有するキャリアカウンセラー・キャリアコンサルタントではない上司等が大半以上である(キャリアコンサルティングを行うしくみがある事業所のうち、キャリアコンサルタントが対応しているとの回答は11.2%)。平時の相談はそれでもよいが、まだ仕事への適応性がわからず、探索期にある若手社員にはカウンセリングの質の面で十分とは言えない。退職をする時の心理状態は、自己概念が揺れ、自己肯定感や自己効力感が低下している場合が多い。そこで、そこに到達する前に適切なキャリアカウンセリングをすることで、自己概念を想起させ、成長することを支援することで職場に留まり再度成長していく場合がある。事例企業でも、仕事や職場があわないことで悩んだ若手社員にキャリアカウンセリングを行い、再度自分の大事にしている自己概念を見つめ直し、内省し、復活して前向きに業務に取り組んでいる事例も生まれている。キャリアカウンセリング体制を整え、一人ひとりに寄り添い伴走することは、目が行き届き、きめ細かな対応ができる中小企業の定着手法の武器になると思われる。建設業界でキャリアカウンセリング(キャリアコンサルティング)の制度がある事業者の割合は42.4%であり(令和6年度能力基本調査/厚生労働省)、これは、全産業のなかで1番低い運輸業・郵送業に次いで低い順位にあり、改善が望まれる。また社員に質の高いカウンセリングを行うために、スキルを有するキャリアコンサルタントの配置が求められる。この他、外国人労働者など雇用の多様化が進むなかで、カウンセリングニーズは高く、事例企業では、社内にキャリアコンサルタント資格者を置き、キャリア支援室の設置を今構想している。
事例企業では、計画どおりに若手採用数を安定的に確保しており、定着に関しても組織全体で入職者の定着を図るべく意識改革が浸透してきている。取り組み開始前は会社説明会の参加者数も少なく、採用活動は難航していたが、取り組み開始以降、会社説明会への参加者数は年100名にまで増加し、その結果、内定者数8名、新卒採用計画3名の人員確保ができ、その後も継続して計画どおりの人材確保が実現されている。
7.おわりに
知名度の低い中小企業、なかでも3Kのイメージがある中小建設事業者の採用には難しいものがある。しかし、ここで諦めてしまっては企業の存続を図ることはできない。創意工夫を凝らしながら、採用・育成・定着を図っていく必要がある。大企業にはない中小企業の魅力、スーパーゼネコンにはない中小建設事業者ならではの魅力や強みを見つけて、それに磨きをかけていくことが大切である。そしてその魅力を求職者に向けて発信することで、自社に共感する人を1人でも多く増やし、人材確保に繋げていくことが必要である。建設業は働き方改革を契機に、3Kから「新4K」(休暇が取りやすい、給与が高い、希望が持てる、かっこいい)への転換を図り、業界全体で若い人材を惹きつける魅力ある職場づくりを進めていくことが求められる。


