【特集】事業承継支援業務と知識体系の改訂
東京都中小企業診断士協会
事業承継支援コンサルティング研究会 清水一郎
1. 本件取組みの概要
事業承継が重要な社会的課題であるということは共通認識になっていると思うが、一方、なかなか個々の案件の顕在化や解決が十分に進んでいないのも事実である。事業承継支援に力を入れている中小企業診断士もそれほど多くないのが実態ではなかろうか。
そのような環境下、中小企業庁では価値ある事業を次世代に引継ぐために、中小企業経営者や支援機関が活用できるよう事業承継ガイドラインを策定してきた。また、事業承継といえば親族に引継ぐ「親族内承継」が一般的であったが、近年は第三者に引継ぐ「第三者承継(いわゆるM&A)」も一般的になってきた。そして、このM&Aを成功させるための統合作業のガイドラインとして中小企業庁は2022年2月に「中小PMIガイドライン」を策定した。
事業承継支援コンサルティング研究会は、2016年に事業承継ガイドラインが発行された際に、ガイドラインの内容を実行するためのアクションリストとして「事業承継支援業務と知識体系」の作成を中小企業診断協会から委託を受けて作成した。今回、中小PMIガイドラインが発行されたことを受けて、この「事業承継支援業務と知識体系」を改訂した。PMIに関する部分を全面改訂するという作業である。
2. 事業承継の現状とPMI
(1) 事業承継の現状
中小企業の経営者は図1のとおり2000年以降一貫して高齢化が進んできたが、2020年頃から最も多い年齢が分散する一方で75才以上の経営者の比率が増加しており、事業承継を実施した企業としていない企業に二極化している。
事業承継というと経営者の親族である親族内承継が最も多かったが、近年は経営者の子供が事業を引継がない傾向が増えるととともに、第三者に事業を譲る第三者承継(M&A)が増加している。(図2) 以前に比べてM&Aに対するイメージが良くなっていることも影響している。
一方、中小企業においてM&Aが全てうまくいっているかというとそうとも言えない。M&Aを実施した企業の中で期待を下回った事業者が24%にも上っており、その理由は統合作業(PMI)に関係しているものが多い。
M&Aが期待を下回った理由の中で「相乗効果がなかった」「相手先の従業員に不満があった」「企業文化・組織風土の融合が難しかった」などはPMIを適切に行うことによって、解決できた可能性がある。(図3、4)
これらを踏まえて事業承継の一形態として増加しているM&Aを成功させるためにはPMIが重要であるという認識の下、中小企業庁では2022年に「中小PMIガイドライン」を策定した。
(2) 中小PMIガイドラインの概要
PMI は Post Merger Integration の略であり、一般的にはM&A後の統合作業と位置付けられている。しかし、中小PMIガイドラインではPMIに取組む時間軸をもう少し広くとらえており、M&A実施前の段階から始まり、M&A後に集中的に取り組む時期以降の「ポストPMI」までである。
譲受側の企業がM&Aの初期検討段階から適切に統合作業を行うことによってM&Aの目的を実現し、統合効果を最大化できる。すなわち、M&Aの成功といえる。
そして中小PMIガイドラインではPMIが対象とする領域を①経営統合、②信頼関係構築、③業務統合と整理している。概要は図6のとおりである。
3. 事業承継支援業務と知識体系の改訂
(1) 改訂の位置づけ
中小企業庁が事業承継に関連して発行している3つのガイドライン(事業承継ガイドライン、中小M&Aガイドライン、中小PMIガイドライン)は理論的かつ体系的であり、支援者の教科書となるものである。中小企業診断協会は中小企業診断士が3つのガイドラインを実際の事業者支援の現場で使いこなすためのツールとして 「事業承継支援業務と知識体系」 を発行することし、当事業承継支援コンサルティング研究会がその初版から作成を受託し、ガイドラインの発行にあわせて改訂してきた。
2022年2月に中小PMIガイドラインが発行されたのを機に、この「事業承継支援業務と知識体系」も改訂されることになり、当研究会が改訂作業を受託したものである。「事業承継支援業務と知識体系」はSection 0 「必要性の認識」 からSection 8 「PMI」 までの構成となっており、今回はこの Section 8 を改訂したものである。
(2) 当研究会での取組み
当研究会では3名の体制でこの改訂作業を担当することとした。当研究会は中小企業診断士以外の士業も参加しているため、弁護士の皿谷将が参加し、中小企業診断士の川口朋秀、筆者(清水一郎)の3名で分担して取り組んだ。
(3) Section 8 (PMI) の改訂内容
改訂前の版における Section 8 は中小PMIガイドラインが発行される以前に作成したものであるため、今回の改訂では改訂前の Section 8 を基に改訂するのではなく、中小PMIガイドラインに基づく全く新しいものとして作成した。
ここで留意する必要があるのが、従来の2つのガイドラインが譲渡側(事業承継を行う対象会社及びその経営者、後継者)の視点で書かれているのに対して、中小PMIガイドラインは譲受側の視点で書かれている点である。事業承継ガイドラインは対象会社が事業承継を行うためのものであり、中小M&Aガイドラインも事業承継の一形態であるM&A (第三者承継) のために策定されたものであるのに対して、M&A後の統合作業は譲受側が行うからである。従い、「事業承継支援業務と知識体系」Section 8 PMI も譲受側視点でのアクションリストとして作成した。
先に述べたように「事業承継支援業務と知識体系」は、中小企業診断士などの支援者が実際に支援を行うためのアクションリストである。従い、中小PMIガイドラインの記載の中でも直接のアクションにつながらない部分は含んでいない。例えば、PMIの必要性や特徴を説明した部分などである。
実際の内容は大項目・中項目・小項目の3層構造で小項目ごとに実際のアクション項目を記載している。例えば、次のような例である。
【大項目】 経営の方向性の確立
【中項目】 経営の方向性の確立(基礎的な取組み)
【小項目】 新たな経営の方向性の検討・言語化
【アクション項目】M&A初期段階において(具体的にはトップ面談の前に)M&A後に目指
そうとする新たな経営の方向性を検討、言語化し、M&Aに着手するに至った経営戦略との整合を図る。
(4) 中小PMIガイドラインに対する付加価値
「事業承継支援業務と知識体系」はガイドラインの記載に忠実にアクションリストを作成するということを基本姿勢としているが、私たちなりの付加価値を加えることもした。
中小PMIガイドラインの記載内容のうち、共通する箇所を集約するなどの再構成をしたり、関係者へのヒアリング内容を付け加えたりした。活用する際により有益になることが目的である。例えば、図12のような例である。
4. 活用事例
私たちはこの「事業承継支援業務と知識体系」を中小企業診断士が実際に事業者支援を行う際に活用することを目的として作成した。具体的には次のような場面を想定したものである。勿論、私たちが想定した以外の場面で有効利用してもらうことがあるなら、更に良いことである。
【活用事例1】 経営者への全容説明
中小企業診断士が経営者にPMIの取組み全容を説明する際にこの「事業承継支援業務と知識体系」は一覧性があって分かりやすい。説明もしやすい。中小企業診断士は中小PMIガイドラインを手元に置いて、「事業承継支援業務と知識体系」を支援先経営者に見せながら説明すると良い。
【活用事例2】 具体的な支援ニーズの特定
実際に事業者を支援する場合に中小PMIガイドラインの記載内容全てを必要としているわけではない。例えば、ある事業者が行うM&Aで売上シナジーの実現が主目的である場合であれば、コストシナジーの取組みの優先度は低いという場合がある。この「事業承継支援業務と知識体系」を使用すれば、その事業者が必要としている支援を特定することができる。
【活用事例3】 支援計画の作成
「事業承継支援業務と知識体系」 でアクション項目は洗い出してある。もちろん、多少の追加や変更はあるかもしれないが、概ねの項目は列挙してあるのでそのまま使える。各々のアクション項目にスケジュールや注意事項を付け加えれば支援計画を作成することができる。
5. 従来の手法に対して優越的な点
この 「事業承継支援業務と知識体系」 は他のツールに対して次の点で質的に異なっており、優越的である。
(1) ガイドラインを基にして作成し中小企業診断協会が公開している。
中小PMIガイドラインは優れた論理性を持ち、体系的であるため、これを基にするだけで優れたツールを作成することが可能である。更に、このガイドラインを基にしたツールとして中小企業診断協会が公開していることで価値の高いものとなっている。
(2) 3層構造で見やすく、使いやすい
このようなアクションリストをWORDファイルで作成してしまうと冗長的になり、使い難い。このツールはエクセルを使って3層構造で作成しているため、見やすく、全体を理解しやすいため使いやすいものとなっている。
(3) 具体的である
全ての項目が具体的なアクション項目になっているため、実際にアクションを起こすことが簡単である。
6. ツール普及の取組み
この 「事業承継支援業務と知識体系」 は中小企業診断協会のWeb Site に公開されており、ダウンロードも可能である。全国の中小企業診断士が使えるような状態になっている。
また、それに加えて、全国の理論政策更新研修の中でも紹介している。当研究会では各県の中小企業診断士協会から事業承継をテーマにした理論政策研修講師を受託しており、理論政策研修の中で、この「事業承継支援業務と知識体系」 を紹介して活用を呼びかけている。今年度も東京都では当研究会代表の岸田康雄が、兵庫県では筆者が講師をつとめており、その中で「事業承継支援業務と知識体系」を紹介している。
更に本年10月に東京都中小企業診断士協会が実施したオータム・フォーラム2023でも作成メンバーの一人である川口朋秀が成果発表を行う予定としており、東京都での普及を図っている。
7. ツールを使用する方法
既に述べたとおり、本ツールは中小企業診断協会の Web Site からダウンロードできるようになっており、使い方は至って簡単であり、迷うことはない。また、本ツールの末尾に当研究会のWeb Site へつながるリンクを貼ってあり、不明点があれば当研究会に照会して頂ければ良い。
8. 今後の課題
中小企業のPMI支援は端緒についたばかりであり、今後、多くの実例を積み上げてゆくことにより支援内容もよりブラッシュアップされてゆくことであろう。中小PMIガイドラインも時期がくれば改訂されることが予想される。
この「事業承継支援業務と知識体系」もそのような動きがあれば、対応して改善してゆく必要がある。私たち研究会でも中小企業のPMI支援の動向に常に意識を向けてゆき、より多くの中小企業診断士に活用して頂けるよう取組んでゆきたい。
より多くの中小企業診断士等の支援者に有効活用して頂くことが私達の目的であり、それに向かって本ツールをより良いものにしてゆきたい。