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PRIDE指標を活かした中小企業のダイバーシティ経営推進

(一社)東京都中小企業診断士協会認定
ダイバーシティ研究会 藤井 篤宜

1. はじめに

「ダイバーシティ経営」という言葉に、今あらためて注目が集まっている。背景にあるのは、少子高齢化による人材不足といった社会課題だけではない。「誰もが自分らしく働ける環境づくり」こそが、企業の価値を向上させる。そんな認識が社会に広がっている。

一方で、世界に目を向けると、米国ではトランプ政権がDEI(Diversity,Equity, Inclusion)政策に反対する姿勢を示し、連邦政府や企業からDEI関連プログラムを排除する動きを強めている。こうした逆風は世界で広がってきたダイバーシティ推進の潮流に影響を及ぼす要因となっている。

しかし、深刻な人材不足という課題を抱える日本企業の実情を考慮すると、「多様性を尊重することこそ経営の基盤」という考え方は重要である。むしろ、「ダイバーシティ経営は必要不可欠な経営戦略」といえる。

では、中小企業はどのようにダイバーシティを進めればよいのだろうか。大企業のように豊富なリソースを投じるのは難しい。それでも中小企業で実践できる施策や仕組みがある。その指針となるのが「PRIDE指標」だ。本稿では、このPRIDE指標に注目し、中小企業における活用の可能性を整理するとともに、当研究会が実施した「レインボーカフェ2024」の取り組みを紹介する。

2. ダイバーシティ研究会の活動

ダイバーシティ研究会は、「誰もが自分らしく自分の夢を持ち、その実現のために努力できる社会の実現」を理念に掲げ、多様な人材が活躍できる職場や社会づくりを支援している。性別や年齢、国籍、障害の有無、ライフスタイルなど、ダイバーシティのテーマは多岐にわたるが、根底にあるのは、中小企業が持続的に成長できる環境づくりへの想いである。

その中でも近年注力しているのが性的マイノリティ(LGBTQ+)に関する分野だ。2022年度には「中小企業における性的マイノリティの活躍支援」に関する調査研究を実施し、2023年度・2024年度には事例共有会「レインボーカフェ」を開催した。さらに2024年度と2025年度には東京レインボープライドに出展し、中小企業診断士を代表して社会に向けてメッセージを発信した。

3. PRIDE指標の概要と経営的意義

LGBTQ+に関する取り組みは、多くの企業にとって未知の領域である。当事者は声を上げにくく課題が見えにくいため、対応が後回しにされがちだ。特に、リソースが限られる中小企業が「何から始めるべきか」と悩むとき、頼りになる道しるべとなるのが「PRIDE指標」である。
PRIDE指標は、一般社団法人work with Prideが2016年に策定した、日本初のLGBTQ+への取り組みを評価する指標であり、以下の5つの領域で構成される(図1)。

(図1:「work with Pride」のPRIDE指標2025抜粋 [1])

たとえば、Policyでは経営トップが多様性を尊重する姿勢を明確にし、社内外に伝えることが求められる(図2)。Representationは当事者が安心して意見を交換できる場や相談窓口の整備を指す。Inspirationでは全社員を対象とした研修や情報発信を通じて理解を深め、偏見や差別をなくす(図4)。Developmentでは同性パートナーに福利厚生を適用する、通称名の使用を認めるなど制度面の対応を進める。Engagement/Empowermentは、企業の枠を超えて地域やNPO、行政と連携し、社会的な理解促進に取り組むことを意味する。

(図2:PRIDE指標 Policy(行動宣言)評価項目 [1])

この指標は単なるガイドラインにとどまらず、毎年、各企業の取り組みを評価・認定する制度としても運営されている。認定は上から「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」の3段階で行われ、最高評価である「ゴールド」を獲得するには、これら5つすべての指標で指定の要件を満たす必要があり、企業の体系的な取り組みが問われる。認定企業数は年々増加の一途をたどり、2024年度はゴールド388社、シルバー52社、ブロンズ21社が認定を受けた[3]。大企業が多く名を連ねているが、各社の施策内容をよく見れば、中小企業でも取り組むことができる施策が多く含まれている。

ここで重要なのは、PRIDE指標がLGBTQ+への対応に限定されるものではないという点である。電通調査では、「LGBTQ+に積極的に取り組む企業で働きたい」と答えた人が約6割に達し、非当事者層でも高い割合を示した(図3)。これは、LGBTQ+への配慮が採用力や人材定着に直結することを裏付けている。

(図3:LGBTQ+を支援する企業に対するイメージ [2])

つまり、PRIDE指標の活用は人材戦略や企業価値向上の観点からも有効なのである。性的マイノリティに配慮できる組織文化は、育児や介護、個人の価値観といった、社員一人ひとりが抱える多様な背景を尊重する組織文化へとつながっていく。PRIDE指標は「特定の人々のためだけのツール」ではなく、すべての従業員にとって働きやすい、真に強い組織をつくるため指針である。

 

4. 中小企業におけるPRIDE指標の活用

中小企業にとって、PRIDE指標を参考にするメリットは「最初の一歩が見えること」にある。大企業のように専門部署や多額の予算を割くのは難しい。しかし、中小企業には意思決定のスピードや風通しの良さといった強みがある。限られたリソースの中でも、できることから始めることで確実に前進できる。

第一歩として取り組みやすく、かつ効果が大きいのがPolicy=経営トップによる方針の明文化である(図2)。たとえば就業規則にSOGI(Sexual Orientation and Gender Identityの略、性的指向・性自認の意)ハラやアウティングの禁止を盛り込む、社内報や朝礼で経営者が「誰もが安心して働ける職場を目指す」と発信する。採用ページに「LGBTQ+フレンドリー」と記載することも、求人応募者や地域社会に対して強いメッセージとなる。これらは小さな行動かもしれないが、大きなコストを伴わず、しかし従業員に「会社が自分を大切にしている」というメッセージを伝えることができる。

次に、相談しやすい環境づくりが重要となる。人事や総務担当者が窓口を兼務する形でもよいが、重要なのは匿名性の確保である。特に中小企業は「顔が見える関係」であるがゆえに、かえって相談しにくいケースもあるからだ。匿名で連絡できるメールアドレスを設けるといった配慮が、従業員の安心と信頼につながる。

研修も高額な外部講師を呼ぶ必要はなく、無料動画や業界団体の資料を活用すれば、負担を抑えながら全員に学ぶ機会を提供できる(図4)。

(図4:PRIDE指標 Inspiration(啓蒙)の取り組み例と期待効果(出所:ダイバーシティ研究会作成))

 

制度面の工夫も小さなところから始められる。たとえば、社内での通称名使用は、規程の改定だけで実現できる取り組みだ。また、トイレなど設備面の配慮も必要となるが、大がかりな投資は不要である。まずは既存の多目的トイレを誰もが使いやすいように案内するなど、「今あるものを工夫する」発想が有効だ。こうした一つひとつの改善は小さくても、積み重なれば「この会社なら安心して働ける」という空気が社内に広まる。
中小企業にとってのPRIDE指標は「大きな負担を伴う認定制度」ではなく、「今すぐできる小さな一歩を示す道しるべ」である。その一歩を踏み出すことが、風土の変革や人材の定着に直結していく。

5. 「レインボーカフェ2024」の紹介

性的マイノリティ(LGBTQ+)に関する基本事項の習得と、PRIDE指標を活用した職場づくりを広めるために、ダイバーシティ研究会は2025年3月に中野区産業振興センターと共催で「レインボーカフェ2024」というセミナーを実施した。セミナーは「ホップ・ステップ・ジャンプ」という三段階で構成され、基礎から実践までを一気通貫で学べるように設計した。
ホップでは、SOGIの基本を整理し、パワハラ防止法やLGBT理解増進法に基づく中小企業の義務と役割を確認した。
ステップでは、外部の専門家を招き、ダイバーシティ経営を推進する上でのポイントや、外部専門家の活用法について講演いただいた。
最後のジャンプでは、参加者が「自社課題チェックリスト」(図5)を用いて現状の取り組み状況を確認し、課題を明確化した。その上で、それらの課題を今後1年・3年・5年でどのように段階的に実現していくか、ロードマップを検討した。具体的なアクションを考える際には、PRIDE指標を参考にした。

(図5:PRIDE指標取り組み自社課題チェックリスト(出所:ダイバーシティ研究会作成))

その後のディスカッションでは、「日頃こうしたテーマを考える機会がないので貴重なきっかけになった」という感想が多く寄せられた。また、「どんなに会社の制度が良くても、雰囲気が良くなければ安心して働けない」という声もあり、単なる制度導入にとどまらず、結局は人が安心して働ける「空気がいい職場」づくりが重要だということを、改めて実感する意見が多かった。
このワークの狙いは、「ダイバーシティ経営」と聞くと難しく捉えがちだが、PRIDE指標などを参考にすれば「小さなことから始められる」と実感してもらい、自社に持ち帰って実際に行動に移してもらうことにあった。社内制度の整備や新しい更衣室の設置といった大がかりな施策は難しくとも、「社長からのメッセージ発信」や「参考となるYouTube動画の視聴」といった手軽なアクションも、組織を変える立派な第一歩である。本ワークを通じて、参加者がその「小さな一歩」の重要性を認識し、自社での実践へとつなげてもらうことこそが、本イベントの最大の意図であった。

6. おわりに

人材不足が深刻化する日本社会において、ダイバーシティ経営は、もはや「社会貢献(CSR)」や「余裕のある企業が行うもの」といった位置づけではない。多様な人材から「選ばれる」企業となり、企業の活力を維持・向上させていくために不可欠な「経営戦略」そのものである。そして、多様な視点こそがイノベーションの源泉であり、従業員が「自分らしく働ける職場」を実現することこそが、企業の持続的成長と企業価値の向上に直結する。
大きなことを一度にやる必要はなく、PRIDE指標などを参考に、できることから取り組むことで企業は着実に前進する。 当研究会としても、こうした中小企業の「はじめの一歩」に寄り添い、一社でも多くの中小企業が「自分らしく働ける職場」を実現できるよう支援を続けていく。

脚注
[1] “PRIDE指標全文”, work with Pride, <https://workwithpride.jp/pride-i/detail/>(参照日:2025年10月27日)
[2]“電通グループ「LGBTQ+調査2023」”, 電通, 2023年10月, <https://www.group.dentsu.com/jp/news/release/001046.html>(参照日:2025年10月27日)
[3] “PRIDE指標2024レポート”, work with Pride, PRIDE指標事務局, 2024年11月<https://workwithpride.jp/wp/wp-content/uploads/2024/11/prideindex2024_report.pdf

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