【特集】中小企業診断士へ向けたワーケーション構想と展望
地方創生グローカル研究会 阿部仁志 (研究会代表)
第一章 研究会の沿革、ドウタンク活動への転換
地方創生研究会は20 名の発起人(東京協会6支部)をもって設立、第一回研究会を2014年9月に開催し、以来、73回の月例研究会、及び地方創生連合フォーラムを2016年、2018年9月に催している。2017年に地方創生・グローカル研究会(以下、「本研究会」)と活動実態に合わせ変更した。「地方創生に求められる中小企業診断士の役割」と題してT-SMECAニュースNo.457(2019.10)に特集論文を寄稿している。
最初の5年間はシンクタンク的活動を主体に行い、研究会の活動ドメインと関心テーマを絞り込んできた、図1に概念図を示す。2020年度後半からシンクタンク的活動から「コロナ後」を見据え、より実践的活動を志向、ドウタンク活動へ主軸を移しつつある。「社会課題を事業で解決する」が一つのコンセプトになる。
本特集論文では、ドウタンク活動の第一弾として取り組んでいる「沖縄ワーケーション研修」の現状と課題を報告する。中小企業診断士の優位性を活かした地域経済、地域中小企業支援の在り方を探索、提案していきたい。
図1 本研究会の活動ドメイン概念図
第二章 中小企業診断士へ向けた「ワーケーション研修」の設計
中小企業診断士が企業診断や支援スキルを磨き成長できる機会を、非日常性を前提としたワーケーションという創造性と生産性を最大化するという、今日注目されている新しい働き方に着目し、地域経済及び地域中小企業支援の在り方を探索している。
地域の中小企業はIT人材不足に悩んでいる。一方、経営改革、改善に不可欠な事業計画書の作成が困難な事業者も多い。若手診断士の多くはITを一つの武器としている。また、ベテラン診断士は事業計画書の作成支援を武器としている。本研究会はITによる業務改善・改革と企業診断に基づく事業計画書の作成支援に特徴を持たせている。
2-1 構想・企画
コロナ禍で在宅勤務が普及、定着した。ワークスタイル、ライフスタイルの多様性が日本社会にも広く受け入れられるきっかけとなっている。仕事と余暇は二律背反するものでもなく、混在できる、を前提とした社会システムへの転換が進む。
本研究会はワーケーションを研究・活動テーマに選択した。ワーケーションは仕事(Work)と休暇(Vacation)を組み合わせた造語で、「リモートワーク等を活用し、普段の職場や居住地から離れ、リゾート地などで普段の仕事を継続しながら、その地域ならではの活動もおこなうこと」と定義されている。
ワーケーション地として北海道は帯広市、小樽市から西日本では小豆島、松山市、長崎市、そして沖縄を候補とした。沖縄、小豆島及び南紀白浜を6 月、9 月、11 月の月例会テーマとし、講師を招聘、講師と共に検討作業に着手した。具体的には
(1) 沖縄県今帰仁村観光協会 横澤一美 事務局長からは沖縄の現状について
(2) 瀬戸内・小豆島スポーツツーリズムについては当会会員の大澤能弘氏から
(3) 南紀白浜のワーケーションについてはクオリティソフト株式会社の浦 聖治社長
に講演いただいた。
今帰仁村観光協会の横澤事務局長からは(1)観光人口、(2)関係人口、(3)村民という区分で活動紹介があり、当日の意見交換の中で、本研究会との接点は(2)関係人口において①教育旅行民泊、②グリーンツーリズム、③ワーケーションに絞り込まれた。横澤氏はバケーションを中心にしたワーケーションが沖縄には向いている点を主張された。
クオリティソフト(株) 浦聖治社長はIT をコア事業に、近年、出身地である南紀白浜に本社を新築、ワーケーション事業など多数の新規事業を開拓されている。社会課題解決型事業、企業単独ではできにくい新規事業とその課題解決について首都圏人材と地域経済の活性化、『コラボレーション価値創造』などを中心に意見交換できた。後日、浦社長から『地域との関わりを大事にして動き出したら良い結果に繋がった』とのメールが届いた。
2-2 「ワーケーション研修」のコンセプト
構想・企画の作業を進める中で、「ワーケーション研修」のコンセプトづくり、ワーケーション日程、第三者と意見交換するためのプログラム案の作成を行った。コンセプトを図2に示す。検討作業によって課題も構造化でき、沖縄以外の地域へ応用展開できる複数のプログラムを作成した。
図2 ワーケーション研修のコンセプト
診断士が不足している地域の事業者の元へ実務スキルアップをしたい診断士をワーケーションと実務従事というスキームで短期的に派遣する仕組みを設計した。これによって地域事業者の経営課題解決へ向けた支援が実現できる、と同時に、企業内診断士の経験量、スキル強化、実務従事のポイント獲得も可能となる。現地でのワーケーションの前後はインターネットを活用し支援作業を進める。地方創生GL 研究会と協力関係にある(一社)地方創生GL推進機構が実務従事の指導員に相当する役割を担うイメージのものである。
2-3 ワーケーションに関係するステークホルダーとそのニーズ
ワーケーションの企画には企業と個人そして受け入れ先地域がどのような期待、ニーズをもっているかが重要な設計指針となる。
ステークホルダー ニーズ 地域社会、行政 産業振興、人口増、地域企業の活性化、交流・関係人口増加、移住人口増加 大企業 リモートワーク対策、生産性の向上、イノベーション力の強化、社員満足度向上 個人 ワークライフバランスの向上、非日常の刺激、発想の飛躍 地域企業 IT人材の不足、経営支援人材の不足、事業再構築へのアイデア、企業単独ではできにくい社会課題解決 中小企業診断士 (企業内) 経営現場から学ぶ診断士実務スキル向上、実践力強化 企業単独ではできにくい新規事業・課題解決へのリアルな体験
表1 ワーケーションのステークホルダーとそのニーズ
それぞれのニーズと中小企業診断士、特に企業内診断士のニーズを表で整理した。非日常の場でおこなう実務従事型のワーケーションは東京協会に所属する企業内診断士のニーズと親和性が高い。このことは沖縄以外の地域、例えば北海道帯広市、瀬戸内の小豆島などでのワーケーション企画へ充分に拡張できる。
2-4 受け入れ先の探索、ニーズとシーズのマッチング
ワーケーション候補地の中から、最初に、沖縄を選択、調査研究、準備を重点化した。沖縄はさまざまな切り口からワーケーションを代表する地域であり、先行研究に適している。単行本、ウェブ上に先行事例が沢山紹介されている。
内閣府沖縄総合事務局 商務通商課の鈴木圭三氏によるCEATEC 2021 で「Work とLifeが重なり合うワーケーションの可能性について」と題した沖縄ワーケーションに関する総合的な講演(2021.10.19)を聴講し本企画の参考にした。調査活動と並行して、受け入れ先のニーズと東京在住の企業内診断士のシーズとのマッチングを研修の前提として整理した。
筆者らは沖縄総合事務局 商務通商課の鈴木係長、鶴見課長補佐とコンタクトし、東京協会所属の中小企業診断士が「沖縄ワーケーション研修」というテーマで取り組む可能性(Why,What, How)、意義、課題などをWeb 上で討論することを提案し、機会(21.12.22)を得た。鈴木氏、鶴見氏ともに前向きに誠実に対応いただいた。
沖縄総合事務局の段取りで沖縄のCo-Working 施設、howlive(ハウリブ)の金子氏、沖縄タイムスの木下氏を交えて「沖縄ワーケーション研修」について意見交換(22.1.12)することができた。施設責任者の金子氏はハウリブをワーケーションの場として提供することが事業であり、本研究会が見つけた中小企業との診断作業をする場としての活用を期待している。地域企業の中を取り持つことには関心が薄い。ステークホルダーの本音は面談しないと見えない。
こんなはずではなかった症候群にならないためにも、ステークホルダーとの事前面談は極めて重要である。
2-5 企業内診断士へ向けた「ワーケーション研修」パンフレット
企業診断、企業支援ができる中小企業との接点を求めて以下の企業診断、企業支援ができる中小企業との接点を求めて以下のような複数のチャネルを開拓した。
(1) 今帰仁村観光協会の横澤一美事務局長を通じて今帰仁村周辺の事業者へのコンタクト
(2) 本研究会の人脈から沖縄県庁職員、沖縄の地域金融機関の職員などへのコンタクト
(3) 沖縄総合事務局の鶴見課長補佐が仲介・推挙する沖縄県中小企業診断協会
である。
2021 年秋、コロナ感染者数が激減、沖縄渡航の絶好のタイミングと準備したが、年末から年始にかけて、沖縄でオミクロン株の感染が急拡大し、残念ながら、沖縄サイドから懸念が出て、沖縄への渡航は実現できていない。
図3 が今回作成したワーケーション研修への募集パンフレットである。筆者は実務補習では10 回、実務従事で複数回、指導員をしており、このパンフレット内容だけを見ても、通常、東京協会が提供している実務従事の案件に比べても遜色がないものとなっている。
第三章 本研究会の目指す地域中小企業支援
本研究会は地域ニーズと診断士シーズのマッチングをする仕組みを構築することで双方にとって価値創出する、その価値を享受できる舞台をワーケーション研修で企てた。地域の中小企業はIT 人材不足に悩んでいる。また、経営改革、改善に不可欠な事業計画書の作成が困難な事業者も多い。
本研究会はIT による業務改善・改革と企業診断に基づく事業計画書作成支援に特徴を持たせた中小企業支援を特色とする。本研究会会員が取り組んだ支援事例を紹介する。表2 には小規模、中小規模、中規模の支援企業を規模別に支援メニュー、活用できる補助金、支援体制について一覧表の形で整理した。このことは、本研究会が実務従事型のワーケーション研修をする実績、スキルセット、組織体制を保有していることを示している。
規模 | 小規模~10人程度 | 30人程度 | 100人程度 |
支援メニュー | 【新規顧客開拓】 ・HP制作 ・WEB広告 ・ポスティング広告 【生産性向上】 ・システム導入(顧客管理、人材管理、採用管理 等) | 【新規顧客開拓】 ・HP/ECサイト制作 ・WEB広告 ・営業代行 【生産性向上】 ・システム導入(顧客管理、人材管理、採用管理、AI 等) | 【新規顧客開拓】 ・HP/ECサイト制作 ・WEB広告 ・営業代行 【生産性向上】 ・システム導入(顧客管理、人材管理、採用管理、AI 等) |
活用できる 補助金 | 小規模事業持続化補助金 ものづくり補助金 事業再構築補助金 IT導入補助金 | ものづくり補助金 事業再構築補助金 IT導入補助金 | ものづくり補助金 事業再構築補助金 |
応募支援時点 支援体制 | 中小企業診断士 ・・・事業計画書の作成(「経営デザインシート」「ビジネスモデルキャンパス等」) IT事業者 ・・・見積、仕様の提案 | 中小企業診断士 ・・・事業計画書の作成(「経営デザインシート」「ビジネスモデルキャンパス等」) IT事業者、機械メーカー マーケティング会社/営業代行会社 ・・・見積、仕様の提案 | 中小企業診断士 ・・・事業計画書の作成(「経営デザインシート」「ビジネスモデルキャンパス等」) IT事業者、機械メーカー マーケティング会社/営業代行会社 ・・・見積、仕様の提案 |
採択後 | 中小企業診断士 ・・・実績報告、導入後の改善チェック | 中小企業診断士 ・・・実績報告、導入後の改善チェック | 中小企業診断士 ・・・実績報告、導入後の改善チェック |
表2 事業者の規模別の支援メニューと支援体制など
紙幅の関係で一例ではあるが、以下本研究会会員が取り組んだ支援事例を紹介する。
【支援事例①】 ●小規模~10 人程度
(1)事業内容:一般建築物・築造物及び船舶に対する滑り止め床材の設計・施工及び販売。
歩行者の転倒事故が頻繁に起こっている道路や遊歩道など、雨天時の転倒防止として役立っており、セラミックタイルに滑り止め塗料を施工することにより、安全性が抜群に向上する。
(2)課題:大規模施設向けに、滑り止め塗料の施工をメインに行ってきたが、施設利用者などの口コミで、滑り止め塗料の販売を行って欲しいというニーズがあった。しかし、店舗があるわけでもなく、個別に対応するリソースがない。
(3)解決策:家庭〜小規模店舗等に活用できる塗料をEC サイト構築によって販売出来る仕組みを構築
■活用補助金:小規模事業持続化補助金
(1)募集要項ポイント:給与アップ等で上限200 万にアップ。WEB 関連費用は1/4 まで。
(2)応募申請ポイント:事業計画書8 ページ。商工会議所へ書類発行依頼が必要。
(3)採択後のポイント:事業期間約8 ヶ月間のうちに完了。
(4)EC サイト構築にて134 万円利用し、100 万円補助金採択
第四章 まとめ、あとがき
認定研究会の活動を持続的、発展的にするには講演会のような受動型からプロアクティブ、ドウタンク的活動へ転換することが求められる。東京協会4500 名会員と地方創生、地域中小企業のクロスポイントを図2 に診断士のためのワーケーション研修コンセプトとして整理した。これがMy Will My Vision である。月例研究会などを含めた事業プランニング作業をすることで構想・企画を具体化した。その出力が図3 の沖縄ワーケーションパンフレットである。
コロナで、このパンフレット内容は実施できていないが、近い将来、パンフレット内容を実践する、それがまた次の出力となり事業の質と量が強化される。
木佐貫会員が主に取り組んでいる「温泉地域活性化調査事業」は紙幅の関係で次の機会に発表したい。地域観光産業の競争力強化など関東経産局のホームページを参照されたい。
本稿をまとめるにあたって、図面作成では具志堅智彦会員、坂井敬介会員、屋敷圭志会員、ワーケーションの企画には西村尚会員、渡辺克也会員、近藤 巧会員に負うところが大きい。
◆ 参考サイト
1. ⽇本テレワーク協会 https://japan-telework.or.jp/
各都道府県ワークスペース検索には1000 を超えるワークスペースが登録されている。沖縄howlive も登録。
2. ⽇本ワーケーション協会 https://workcation.or.jp/
3. 株式会社ニット https://knit-inc.com/about/message.html
ワーケーションの実証事業をスタートさせた。同社の「くらしと仕事」は 「働き⽅提案メディア」です。
4. 鈴⽊圭三、「Work とLife が重なり合う。ワーケーションの可能性について」@CEATEC 2021
https://www.ceatec.com/ja/conference/conference11.html?area_category=2
5. クオリティソフト株式会社 https://www.qualitysoft.com/corporate
◆ 参考図書
[1] ワーケーションの教科書、 創造性と⽣産性を最⼤化する「新しい働き⽅」、⻑⽥英知 KADOKAWA 2021.7
[2] ワーケーション企画⼊⾨、選ばれる地域になるための受け⼊れノウハウ、松永慶太 学芸出版社 2022.4