【特集】専門性を訴求するための表現ツール「事典型コンテンツ」の開発
東京都中小企業診断士協会中央支部
実践的プロモーション研究会、
大谷秀樹(発表)、鈴木克実、池田明広、増田浩一
1.ツール開発の経緯
当研究会は、経営資源に制限がある小規模事業者の情報発信力を高めるための支援力の強化を目的に活動している。
これまで「コンテンツを引き出す呼び水ツール」を開発し、会員間で支援事例を共有しながら実績を積み重ねてきた(図1、令和3年度中小企業経営診断シンポジウム第二部第三分科会で発表)。
また、引き出したコンテンツの表現ツールとして、Instagramの投稿に焦点を当てた「実践的写真セット」を開発し、コンテンツの具体的な表現を研究してきた(令和4年度中小企業経営診断シンポジウム第二部第三分科会で発表)。
上記のツールは、コンテンツの素材を引き出して、それを表現するためのツールである。今回は、これらの実績を土台に中小企業に求められる専門性の訴求を可能にするツール開発を行った。
2.支援の現場でツールを運用していく中で浮かび上がった課題
前述の通り、当研究会では様々なツールを開発し、支援現場で活用してきた。これまでに成果に結びついた事例もあるが、中には事業者の理解や納得まで到達することができていない事例もある。会員間で情報共有したところ次のような事象が明らかになった。
〈ツール運用に関して明らかになった問題〉 ・ツールを見て、自分ではとても同じような発想はできないと手が止まってしまう。 ・ツールを説明する際は考え方から解説することになるが、理屈への抵抗感を感じさせてしまうためか積極性を引き出せない。 ・事業者がフレームワークに慣れていないため、断片的なアウトプットにとどまってしまう。結果的に支援者が手を貸す割合が大きくなり主体的な取り組みに結びつかない。 |
これらの事象から、「ツールありき」の支援になっている可能性を問題視し、「事業者にツールの存在を感じさせない支援」に課題として取り組んだ。
〈事業者にツールの存在を感じさせない支援〉 ・ツールを目の前に広げることは避け、支援者の頭の中に置いた運用とする。 ・事業者から引き出した事柄はむやみに抽象度を高めて言語化せず、事業者の言葉をできるだけ生かすことで主体的な取り組みを引き出す。 |
3.事業者取引における発注企業の行動と、中小企業に求められる販路開拓戦略
事業者取引(B to B)において、材料や資材、部品などを発注する企業の行動は、インターネットなどで情報検索を行い、複数社から資料を収集する「リサーチ段階」、比較検討し候補を選定する「比較検討段階」を経て、金額や条件を交渉する「交渉段階」へと進む、という流れが一般的である。
したがって、中小企業の販路開拓戦略に求められる最初の施策は、発注企業のリサーチ段階での選択に適うように自社の特長を発信することである。
さて、インターネット上に数多くの競合企業が存在する中で選択されるためには、発注企業が求める領域における高い専門性を有すること、柔軟な対応力や信頼性を兼ね備えていることなどを発信する必要がある。さらに、発注企業が行う情報検索の上位に表示されるためには、検索エンジンに対する対策(いわゆるSEO)も求められる。
しかし、多くの中小企業は、事業そのものには高い専門性を有するものの、情報発信のノウハウ不足により、その専門性を発信する術を持っていない。特に表現や検索エンジン対策については専門外であり、外部に委託する資金的余力にも欠ける状況にあることが多い。
したがって、自社の持つ専門性を社内でコンテンツとして仕立て、運用でき、基本的な検索エンジン対策にも適っている仕組みが求められる。
4.事典型コンテンツの開発過程
(1)事典型コンテンツの概要
当研究会では、前述のとおり「呼び水ツール」を開発し、これを軸に活動を行ってきた。
今回は、誰もが共通に認識している「事典」というフォーマットを利用することで、事業者は執筆しやすく、対象顧客は専門性を認識しやすいコンテンツを開発する表現ツールを開発した。なお、事典という整理統合された形式を取ることにより検索エンジン対策としても有用である。
(2)事典とは
「事典」とは、事物や事項を解説したもので、事物や事項を表す語を集め一定の順序に並べて、その内容を解説した書とされている。また、多くの事典は「分野」「項目」「説明」「図表」などの要素で構成されている。
なお同じ読みをもつ「辞典」は言葉や文字の意味・発音・表記などについて解説したものである。
さて、事典の種類にはあらゆる分野を解説した「百科事典」と、分野ごとに用語や内容を編集した「専門事典」があるが、今回開発したのは、中小企業に求められる専門性を訴求しやすい「専門事典」である(図2)。
一般的に事典は上記のように定義されているが、体裁は様々であり、文字通り物事や事項を解説した体裁のものもあれば、読み物として仕立てられているものもある。
これを踏まえて、「事典型コンテンツ」は、事業者に培われてきた専門的な知識やノウハウを「分野」「項目」「説明」「図表」などの要素で構成し、「専門辞典」風に仕立ててコンテンツ化するもの、その体裁は柔軟に対応するものとした。
〈事典型コンテンツ〉 ・事業者に培われてきた専門的な知識やノウハウを専門事典風に仕立てたもの。 ・「分野」「項目」「説明」「図表」などの要素で構成する。 ・体裁は柔軟に対応する。 |
5.支援事例
(1)支援企業の概要
今回はアパレル付属品製造卸業のA社の協力のもとで開発、検証を行った。
A社はベルトのバックルを専門に扱っている。自社で設計した製品を協力工場で製造し、アパレル付属品卸へ販売している。
アパレルの国内供給量が減少する中、コロナ禍で営業活動にも影響を受け、付属品卸やアパレルメーカーとの新規取引先開拓を課題としている。
その課題解決のためのウェブサイトを活用した販路開拓に関する支援依頼を受け、既存のウェブサイトを活かしたコンテンツ開発に取り組んだ。
(2)支援の方向性
コンテンツ開発についてはこれまでに開発したツールを活用し、特にベルトのバックルに事業領域を絞り込んだ専門性が高い事業であることから、「事典型コンテンツ」を想定して支援を進めることとした。
また、2で課題として述べた「事業者にツールの存在を感じさせない支援」に取り組んだ。
(3)「バックル事典」の開発過程
①戦略の共有
支援にあたり、事業内容をヒアリングした後、課題である販路開拓の戦略を提案し共有した。
具体的には、3で述べた事業者取引における発注企業の行動を踏まえた上で、求められる戦略として、発注企業のリサーチ段階での選択に適うように自社の特長を発信することを確認した。
具体的には、バックルの発注の起点はアパレルメーカーのデザイナーであり、デザイナーが必要な資材を付属品卸(資材卸)に発注し、付属品卸から当社に発注が届くという、いわゆる下流から上流へと遡る流れであること、発注は資料写真などのイメージで送られてくることが多く、デザイナーはバックルに関する知識や情報を有していない可能性が高いこと、さらに、インターネット上や文献上にバックルを体系的に扱った情報がほとんどないことを確認した。これらを踏まえて「バックル専門の会社によるバックルの情報を網羅的に整理したコンテンツの開発」を共有した。
つまり、アパレルのデザイナーがデザインを起こす際に参考になる情報を届けることで、当社の専門性を印象付け、それにより指名受注を促す「プル戦略」である(図4)。
〈コンテンツ開発のポイント〉 ・アパレルメーカーのデザイナーが発注の起点であるが、バックルに関する知識や情報は不足している。 ・インターネット上や文献には、バックルを体系的にまとめた情報がほとんど認められない。 ・バックルに関する体系的な情報を発信することで専門性を印象付け、指名受注を促す。 |
②コンテンツ設計
まず、事典の見本を多数用意して見分し、事典にはさまざまな体裁が存在しているため固く考える必要はなく、可能な範囲で柔軟に取り組めることを助言した。
事業者は、初期の段階では懐疑的な様子も見られたが、文字通りの事典から読み物的にまとめたれた事典まで様々な事典があることで納得し、取り組みの意欲を高めた様子であった。特に自身の趣味の分野の事典の存在がきっかけになった様子が認められた。
次にコンテンツの具体的な内容を検討した。
この段階で「コンテンツ呼び水ツール」を活用して様々な方向性を引き出した。前述した課題の通りツールを挟んでの議論にはせず、倉庫内を歩きながら質問を繰り返すことで切り口を確認した。ここでも事業者は懐疑的であったが、質問を通じて「自分では当たり前と思っている事柄に、世の中の役にたつ情報が含まれていること」に気づいたとのことで、結果として、バックルの種類、機能、構造、製法などを主なテーマとして、ファッショントレンドや歴史的な話題を適宜加味し、短い読み物として成立させることを方向性として共有することができた。
また、円滑で継続的な運用のためには、切り口から具体的な構成への展開をあらかじめ準備しておくことが必要である。今回は「バックル事典の構成」として、種類、構造、製法を大項目に、中項目として製品の種類や構成部材、製造方法などを具体的な視点として設定した上で、さらに細かな論点までを整理した(図6)。
なお、論点については、専門性を印象付けることと、ターゲットであるデザイナーを意識して、トピックとして歴史的な視点とファッションに関する視点を含めることとした。
③コンテンツの執筆
記事のボリュームについては、各項目100字〜300字を目安とし、冒頭のサマリーや文末のまとめを合わせて1000字程度を目標とした。
文章の執筆は基本的に事業者に任せた。プロが執筆したような綺麗にまとまった文章より、人間味が感じられた方が読み手の共感や親近感に繋がり訴求力があがること、文章は公開後に効果測定などで反応を測りながらリライトするため、80点程度の出来で良いこと、などを助言して、肩の力を抜いた取り組みを促した。
④写真
写真は、コンテンツの情報の質を高めるとともに、事典らしく印象付けられることや、検索対策の上で良い効果が期待できること、アイキャッチとして働きクリック率を高めるなどの機能があるため、積極的に活用することとした。
撮影については、スマートフォンのカメラ機能を使い、照明や背景に配慮することで質を担保することにした。
ただし、専門性とビジュアルインパクトを訴求するために、いわゆる製品写真ではなく、クローズアップなどを用いて印象的に仕上げることとした。
⑤デザインツールなどの利用
写真の加工や、後述するS N Sの投稿原稿の作成についてはデザインツールが必要になるが、無料のアプリを紹介し、基本的な利用方法をレクチャーして活用した。
⑥資料の活用
社内や事業者の知見にない情報は文献など外部資料の参照や引用を助言した。特にコンテンツ設計で述べた歴史的なトピックやファッションに関するトピックについては資料を準備して活用方法を解説した。その際、引用などの表記方法などを具体的に共有した。
(4)コンテンツの発信
開発したコンテンツは、既存のオフィシャルブログで発信した。このブログは外部の無料ブログで、イメージや検索エンジン対策、効果測定などの面で物足りなさがあったが、予算や人員の余力がない事情を踏まえて、今あるものを最大限活用する方針とした。
また、これまでの発注の中にはInstagramなどのS N Sを参照したものも多く含まれていることから、Instagramを拡散ツールとして活用することとし、フォロワーが増える仕組みや、具体的な投稿方法などを共有した。
6.開発したツールの効果
「事典」という共通認識があるため着地点(完成形)をイメージしやすく、コンテンツ開発工程の議論が円滑かつ活発に進んだ。
また、事業者の執筆に意欲的な姿勢が認められ、現在でも順調に執筆が続いている。
さらに、課題とした「ツールの存在を事業者に意識させない支援」についても、円滑な支援に結びついた。
加えて、準備が必要なものはツールではなく、事業者を前向きな気持ちに導く資料などの下準備であることを改めて確認できたことを合わせて報告する。
7.今後の課題
今回は事業者取引(BtoB)を題材としたが、専門性が求められるのは消費者取引(BtoC)でも同様であるため、小売やサービスなどの業種でも効果検証を継続する予定である。
参考文献
- 国立国会図書館レファレンス共同データベース「事典と辞典,字典の違いはなにか。」https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000100100
- ファインスチール用語事典 浅田 千秋 、加藤 哲男 編、1996年、理工学社
- 香りの百科事典 谷田貝光克、川崎通昭 、ギル佳津江 、榊田千佳子、 2005年、丸善出版
- 世界楽器大事典 黒沢 隆朝 編、2019年、雄山閣
- 図説服装の歴史 アドルフ・ローゼンベルク 著、エードゥアルト・ハイク 文、マックス・ティルケ 画、飯塚信雄 監修 高橋吉文/土合文夫 訳、2001年、国書刊行会
- 服飾の世界史 丹野 郁 著、2009年、日本図書センター
- アクセサリーの歴史辞典 キャサリン・モリス・レスター、ベス・ヴィオラ・オーク 著、古賀敬子 訳、2020年、八坂書房