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大手による寡占化が進む自転車小売業界における事業承継支援事例とその展開
~小規模自転車販売店の事業承継支援および事業承継セミナー開催の取り組み~

自転車ビジネス振興研究会(略称:BB研)
河村 康孝、阿部 一人、大倉 喜男、山上 潤

1.はじめに

本論文は、東京都内の自転車販売店の事業承継支援の事例を通して、自転車小売業界特有の事業承継の特徴および課題を検証するとともに、自転車販売店の今後の事業承継を成功させ、自転車ビジネス産業の成長および自転車ユーザーの利便性の向上に資することを目的とするものである。

2.取り組みの背景・経緯

A社(個人事業)は東京都内に1店舗を持つ老舗の自転車販売店である。現代表のB氏は、3代目の経営者である。当研究会は、令和2年(2020年)12月にA社からの相談を受け、令和3年(2021年)1月~2月にかけてA社の経営診断を実施したところ、70代となるB氏は親族への事業承継を決めてはいたものの、具体的な計画は何も立てられていなかった。
そのため、令和4年(2022年)に、あらためて事業承継計画の策定を含めた事業承継支援を行うことになった。事業承継計画の策定では、事業承継の実行がゴールではなく、事業承継後の戦略までを一連の施策として策定することとした。

3.自転車ビジネス産業の概要と特徴

自転車ビジネスを構成する業種としては、従来は、自転車(完成車)および自転車関連部品(パーツ)の製造業、卸売業、小売業というのが一般的であった。近年では、シェアサイクルや観光・イベント関連事業など幅広い業種に範囲が広がっている。
自転車の歴史は古く、約200年前に欧州で木馬に車輪をつけたものが登場し、これが自転車の原型と言われている。その後、改良が重ねられて現在の自転車のスタイルが確立し、日本でも昭和初期になると利用する人が増加していた。戦後、日本では自転車製造業が盛んになり、国民の移動手段として大いに普及し、世界的にみても高い自転車保有率となっている。しかし、1990年代に入って、製造機能が中国などの海外へ移転し、安価な製品が輸入されるようになると、日本の自転車ビジネスの中心は製造業から卸、小売業へと移行した。
自転車小売業の事業所数および販売額をみると、どちらも2007年まで減少傾向が続いていた。2007年から2016年にかけては、調査方法が異なるものの販売額は回復傾向に転じており、市場規模は約2401億円に拡大した(平成28年経済センサス活動調査。パーツ販売などを含む)。
一方で、事業所数は2007年以降も減少傾向が続いており、全国では11,207事業所になっている。自転車小売業の場合には、全事業所のうち73%は個人事業者が占めており、小規模な店舗が多いことが特徴である。近年は、イオンバイクやサイクルベースあさひなど全国で展開する大手企業が販売額および店舗数においてシェアを拡大している。

自転車小売業の特徴を整理すると以下のとおりである。

①大手企業(大規模店舗)の多店舗展開により、企業数と事業所数は減少
17,724事業所(1994年)→11,207事業所(2016年):約6割に減少

②電動アシスト、スポーツ車の増加傾向にともない、単価は上昇傾向(近年は物価高も影響)
10,563円/台(2008年)→17,157円/台(2017年):1.62倍
※「自転車生産動態・輸出入統計」(一般財団法人自転車産業振興協会)の「生産+輸入」データより計算

③小規模店(個人事業など)が多い
個人で経営する店舗は、全事業所数の73%。1事業所当たりの平均売り場面積は59.6㎡。平均従業者数2.4人。(経済センサス活動調査2016)

図表1 自転車小売業の事業者数および販売額の推移

出典 平成26年(2014年)まで=自転車統計要覧51版「商業統計」頁(2017版)((一財)自転車産業振興協会) 平成28年(2016年)=平成28年経済センサス活動調査(総務省統計局) をもとに筆者作成

4.支援内容と成果

1) 支援内容

令和4年(2022年)6月に、あらためてA社の現代表B氏および親族である後継者候補C氏に対し、事業承継に関するヒアリングを行った(図表2)。これをもとにA社における事業承継の現状と課題を整理し、事業承継計画および事業承継後の経営戦略について提案を行った(図表3)。

図表2 ヒアリング日時とヒアリング項目

図表3 主な提案内容

2) 成果と支援後の状況

当研究会の支援後、A社は法人化に方向性を定め、事業承継時期および法人化の時期について具体的に検討を進めている。

3) A社の事業承継支援のポイント

A社の事業承継のポイントを整理すると2つに大別できる。一つは、A社が個人事業であること、もう一つは、自転車小売業界は大手による寡占化が進んでおり、競争が厳しいなかでの事業承継という点である。

①個人事業における事業承継
自転車販売店は7割以上が個人事業という特徴がある。A社も個人事業であり、今回の支援で得られたノウハウを、多くの自転車販売店の支援にも活用することが可能となる。
A社の場合には、後継者候補C氏が既存事業の拡大や新規事業への進出に意欲的であった。このC氏の意向を踏まえて、法人化の是非や、法人化のタイミング(事業承継の“前”もしくは“後”)を検討することが大きな課題であった。最初に取り組んだことは検討に必要な情報を収集してシナリオを抽出することであった。そして、それぞれのメリットとデメリットを整理し、承継後の戦略も含めてA社とディスカッションを重ねたうえで提案を行った。

②大手による寡占化が進む自転車小売業界における事業承継
大手自転車販売店では、店舗数や売上高を伸ばしており(図表4)、市場シェアが拡大している。一方で、個人や家族経営で営む小規模な自転車販売店では、店舗数も売上高も減少の一途を辿っている。この状況が続けば、大手による自転車小売業界の寡占化がより一層進むものと考えられる。

図表4 大手自転車小売店の売上および店舗数

小規模な店舗にとって非常に厳しい競争環境にあるなかで、A社は比較的良好な経営状態を維持し、老舗として今日に至るまで事業を継続している。特にA社は特定の車種に非常に大きな強みを持っており、寡占化が進む自転車小売業界において事業を継続するための一つの大きな解となりうる可能性がある。
今回行った小規模な個人事業の自転車販売店の事業承継は、大手がなかなか進出できないエリアにおいても、自転車関連サービスを維持し、ユーザーの利便性を保つという点において非常に重要な視点である。ユーザーの支持を得たサービスの供給体制を維持することは、自転車ビジネス産業全体が維持・発展するためにも重要な視点となる。

5.自転車販売店向けの事業承継コンテンツの開発とセミナー開催

1) セミナー開催の背景

令和2年(2020年)から令和4年(2022年)にかけて行った事業承継支援の取り組みおよびそれまでに至るノウハウは、多くの自転車販売店にも生かすことのできる内容であったため、そのノウハウをコンテンツ化し、セミナーとして広く自転車販売店の方に知っていただく取り組みを行うこととした。
令和5年(2023年)9月に、自転車販売店向けの事業承継セミナーを実施し、好評を得たため、今後も実施の継続を検討している。

2) コンテンツの特徴

このセミナーの特徴は大きく2つある。一つは、自転車販売店に特化したセミナーであること、一つは、事業承継に関する知識や手続きを知るだけでなく、「自転車販売店がいかに経営を改善して良い経営状態で次世代へバトンタッチできるか」を重視していることである。

①自転車販売店に特化したセミナーの開催
事業承継に関するセミナーは数多くあるが、自転車販売店向けに特化したセミナーは他にはない。自転車販売店の経営者が事業承継を考えたとき に、一番に関心を持つことができるセミナーとなっている。
また、内容も当然、自転車販売店に向けた内容となっているため、「一般的な話で自分ごとにできない」ということにはならず、自社の経営課題を解決する手法を含めて役に立つコンテンツとなっている。

②「事業承継の基本的知識」と「経営磨き上げ手法」の組み合わせ
事業承継に関心をもった方がその後に事業承継に取り組むためには、基本的な知識が欠かせない。事業承継は取り組みのきっかけをつくることが難しいたため、まず最初のきっかけとしてこのセミナーが機能するように、基本的な知識を押さえることを重視している。
一方で、基本的な知識だけで自転車販売店の事業承継が完結するわけではない。経営の苦しい店舗も多く存在する自転車小売業界において、自転車販売店に特化した経営の磨き上げ手法を説明することは非常に重要である。
具体的には、以下のような内容のコンテンツとしている。

図表5 セミナーコンテンツ

図表6 セミナー開催案内(チラシ)

6.今後の課題と展開

1) 他士業・専門家との連携によるワンストップの支援体制構築

A社の支援事例では、個人事業のまま事業を承継するか、法人化して事業を承継するか、具体的に検討を行った。しかし、税金面での具体的な試算を行うことはできないため、事業者の一番関心の高い視点に対して、具体的な比較ができない状況にある。そのため、今後は税理士との連携によって、試算を含めたより具体的な検討を行うほか、他士業・専門家と連携して、ワンストップで事業者の期待に応えられる体制をつくることが求められる。

2) セミナーコンテンツの充実・改善と集客の強化

自転車販売店向けの事業承継セミナーについては、初めての開催であった。参加した事業者の好評は得たものの、コンテンツのより一層の充実と改善は継続した課題である。
さらに、セミナーの集客に関しては、事業承継を必要とする、もしくは社会的に必要とされる多くの事業者に知ってもらい、参加してもらうことにまずハードルがある。自転車販売店との接点の多い事業者や業界団体とも連携して、より多くの販売店に知ってもらい参加してもらう工夫も必要となる。

3) 廃業予備軍の販売店と創業希望者とのマッチングの実現(マッチングプラットフォームの構築)

図表7 マッチングプラットフォームイメージ図

A社の支援事例は、後継者がいる店舗の支援であったが、後継者のいない店舗も多く存在する。後継者のいない店舗がすぐに廃業を選択してしまうのではなく、店舗と開業希望のある人材とのマッチング機能を提供することによって、自転車販売店をめぐる多くの課題を解決して事業承継を成功させたい。自転車サービスの空白地帯を生み出させず、自転車ユーザーの利便性を向上させ、ひいては自転車産業の成長に貢献する取り組みと考えている。

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