【書評】経営戦略がわかる セオリー&フレームワーク53
【著者】日沖 健 (ひおき たけし)
日沖コンサルティング事務所・代表
産業能率大学講師、中小企業大学校講師
慶應義塾大学卒 MBA (with Distinction)
日本石油(現・ENEOS)勤務を経て現職
専門:経営戦略のコンサルティング 経営人材育成
【目次】
第1章 経営戦略の全体像
第2章 成長戦略
第3章 競争戦略
第4章 イノベーション
第5章 マーケティング
第6章 分析のフレームワーク
各章ごとに章題に応じたセオリー&フレームワークが複数(4〜13)挙げられている
【概要】
経営戦略に興味関心があるビジネスパーソンを想定して書かれており、経営戦略のエッセンスをコンパクトにまとめた実践ハンドブックとして、基本をわかりやすく解説した入門書としても適している。
フレームワークについては多くの類書があるが、事例も引きながら、経営戦略のセオリーとフレームワークを、網羅的に要点をコンパクトにまとめて、経営戦略のワークブックとして、学生から経営者まで幅広く活用出来る内容である。実務についている経営コンサルタントにとっても、実践に必要な要素が適切にまとめられているので、自身のコンサルティング業務の振り返りや、知識の整理にも役立つと思われる。
【感想】
フレームワークについては、どのような場面で用いるかをまとめとして書かれた類書があり、著者もいうように、辞書的な使われ方をする物が多い。この本は、いくつものフレームワークの、それぞれの用い方を実際のよく知られた企業の事例用いながら解説しているので、読者はすぐにイメージが出来てわかりやすい。
想定される読者は、項目ごとのチェックポイントで自社に当てはめて考え、実践的な理解が進み、読み物としても、面白く感じながら理解を進めることが出来る。企業が直面した経営上の課題についての、取るべき方策をフレームワークによって見直し、気付き、意思決定をする手段として掲げられているので、実践の場面で適切に用いれば、経営者・経営陣は、自社の課題を客観的に見直す役に立つだろう。
本書が想定する読者は、この本を手に、経営戦略の全体像を概観して自社の方向性をしっかりと認識し、その上で成長戦略を検討する。更に競合の存在を認識しつつ競争戦略を考える。市場に打って出る際の、画期的な商品サービスを企画開発出来る状況が自社にはあるか。出来上がった製品のマーケティングはどうするのが良いのか。フレームワークを用いながら自社の経営を要所要所で検証し、その状況を分析する。そして、また自社の経営戦略全体を見直して、次のステップに進む。
読み進むうちにおのずとPDCAを回すという流れになっているから、実践的なテキストとしてよく出来ている。経営者、経営陣だけでなく、経営の初学者にも、わかりやすい。診断士にとっては、経営者目線に立って読むと、新たな気づきや理解を得られると思う。
著者はコンサルタントとしての経歴も含め、実践的な立場で書かれているので、現場に軸足を置く我々診断士にも説得力を感じられることと思われる。著者は多数の戦略に関する著書も多く、この本をきっかけに、他の著書も手にとって、それぞれが持つ課題解決の参考にしてみるのも良いと思われる。
【本書を読んで思うこと】
☆経営戦略はなぜ思うように進まない?
中小企業診断士の仕事は、ざっくり言えば中小企業の経営支援である。多様な施策があって、専門家として派遣される。そこで、企業に行きヒアリングをしてSWOTなどで現状分析をしようとすると、一瞬怪訝な顔をされることがよくある。「御社の課題解決のために、状況を客観的に見る必要があると思うので・・・」と言うのだが、
「それは経営塾で聞いたけど・・・」「自社のことはよくわかっているから。」「そういうのは散々やりましたが、だからといってなにかが変わるわけではないですよ。」などと、あまり良い顔はしない。だが、自社のことは解っているという社長は、本当に自社をよくわかっているのか?
私が関わる専門家派遣の依頼項目に「何処から手を付ければよいか」という選択肢があって、経営者はよくそこにチェックを入れる。現状に頭を悩ませ、困惑している。明日の資金繰り、人繰り、営業、見積、納期と頭の中は、ぐるぐる回って、「何処から手を付ければよいか」と本当に迷っているのだと思う。そこで「では現状を分析し、これからの戦略を立てましょう。まずフレームワークで全体像を概観し・・・・」といっても言葉は空を舞う。
「経営戦略とはなにか」と言い出せば切はないが、まずは事業の継続性を維持することを目標とする。常に成長を考え、競争に打ち勝つ新たな製品を企画開発し、販路を拡大していく。そのため何をどうすればよいかを考えるのが戦略と一旦理解する。
ともかく経営戦略という言葉には、それぞれの立場や状況によって実に多様な意味が込められる。それを共通認識として落とし込み、全社で共有し、意図的に戦略を実践していけば良いのだろうか。成長した一流企業はそれを上手くやって、いまの大きな会社になってきたのだろうか。
例えば、成功伝説「プロジェクトX」で、経営戦略が語られることはない。そこにあるのは、現場の熱い思いを起点にした試行錯誤の果の思わぬ「瓢箪から駒」が語られる。多くは「ものつくり」の現場で、実直で優秀なミドルやローワーの熱い魂の賜物が、その企業を支え、土台石となるような製品になった、という誕生物語が語られている。
それは「運を実力に転換する力」「失敗から学ぶ能力」「怪我の功名をきっちり活かす能力」など、何があってもしっかり学習してしまう組織の事後的進化能力によって成り立ち、日本の企業力を高め、世界にその力を示す礎になったものではないか*1。長い間に日本企業はそうした組織の力、それもミドル・ローワーの能力と意欲を前提に進んできた。それこそが日本企業の創発戦略と呼ばれるものであり、ゴーイングコーサーンだった。規模の大小はともかく、それが日本企業の生き方だったはずだ。
しかし、その日本企業はいまどうだろう。ウォークマンで世界を席巻したソニーはアップルのiPodに打ち負かされた。世界の音楽シーンはそれを境に大きく変化した。なぜ、ソニーがiPodを作らなかったのかとよく言われるが、負けたのはハードではなくソフトつまり発想と仕組みだ。
iPodの発想を持っていた人材は、当然ソニーの中にも居たと思うが、大きく成長したソニーは、あちこちの柵の中で、それを受け入れ、挑戦させる企業として動くことはもう出来なくなっていたのではないか。
これがバブル崩壊後の日本企業への象徴的なカウンターパンチだったのか。グローバル化・IT化が進み、次々と巻き起こる大きな環境変化の中で、「何処から手を付ければよいか」なんて言ったりするほど、負け組意識が身についているとは思いたくない。
ただ「やってみなはれ。」*2とミドル・ローワーの力を活かし、創発戦略で世界に切り込んでいった日本は、厳しい環境変化の中で懐が浅くなったようだ。「やってみなはれ」は遠のき、ミドル・ローワーの企画は拒否され、モチベーションは下がっていく。意図的戦略を進めようとしても、予期されない機会に方針はぐらつき、発生する問題を解決することで瓢箪から駒を生むような、事後的進化の力はもはやなく、日本企業を発展させてきた創発戦略の機能不全が起きているという*1。
☆現場目線と戦略
経営者には「経営戦略」という言葉が救い主のように聞こえる時があるようだ。専門家の手で、自社を多面的に分析・検討してもらった結果、立派な経営戦略が出来る。中長期の事業計画と実行計画が出来る。しかし戦略は実施されず、計画はすすまない。そして「そういうのは散々やりました。だからといってなにかが変わるわけではないですよ」と、新たにやってきたコンサルに不満げに伝える。
ある分野の権威が依頼された経営戦略立案の作業に関わったことがあった。経営理念策定から始まって事業計画、行動計画に至るまで、見た目にも見事な報告書に目を通し、「先生ならこの状況を一気に変えて、売上のV字回復を提案してくれると思ったのに・・・」クライアントはそう言って、報告書を投げ出した。
戦略の策定には、まずその企業の情報を適切に知る必要がある。専門家は調査やヒアリングで情報を得る。だが経営陣が自社の情報を十分に把握しているとは限らない。さほど大きくない会社でも、社長の視点と現場の視点は異なる。現場によりすぎていては、見通せないものもあるが、企業は現場が支えている。そのバランスが難しい。必要な情報を「もれなく、ダブり無く」(MECE)集めるも難しいが、その優先順位を付けていくことは、もっとハードルが高い。
依頼した専門家は、そんな企業毎の微妙な部分に拘泥せず、データと経営陣からのヒアリングをもとに、ボタンを掛け違えたまま、戦略を起てていく。不十分でずれた情報を基に、きれいに分析して、見事に現場から乖離した机上の空論を立案してくれる。クライアントはその見事な机上の空論を持ち帰って、現場の拒否にあうという、構図が描かれていく。
ヘンリー・ミッツバーグの「MBAが会社を滅ぼす」では、MBAを始めとする専門家というような外部の人間が経営戦略を立てる愚かしさを説く。だが言われなくたって、現場から乖離した机上の空論が、役立たずのまま、時間と費用をただの負債にしてしまうのはよく分かる。
では、現場に沿って立案された戦略なら適切に実行されるのだろうか。もちろん将来を見据えた長期的な視点で立案され、全社で共有、納得できる戦略ができたとすれば、どうだろうか。そこではたと気づく。問題は戦略ではなく人なのだと。意図的戦略の実行を経営目線も現場目線も持ちながら、ぶち当たる壁を柔軟に乗り越え、包括的に統括できる人材が適切に配置されなければ、どんな立派な戦略も上手くは行かない。そもそも配置以前にそういう人材をちゃんと育成してきたか?
今日まで、何人もの優秀な経営者に出会い、たくさん学ばせてもらった。抜群の経営センスとリーダーシップ。
会社は確実に成長し、企業の永続性や次世代のことも視野に入っている。だが、共通する課題は「人」である。社長は自分と同じ優秀さを部下に求める。部下は「社長のようにはできない」と嘆く。そんな場面を何度か見てきた。その優秀な社長に必要なのは、自分と同じ能力を初めから求めるのではなく、優秀な人材に育てるノウハウではないだろうか。
「組織は戦略に従う」*3というけれど「戦略は組織しだい」ということだと。意欲あるミドル・ローワーの存在の重要さを改めて思う。人を育て、力のある組織を構築しなければ、戦略は机上の空論になり何も生まない。
☆フレームワークと創発性
コロナ禍以降の厳しい経済情勢の中で診断士の多くは、小企業や小規模事業者に伴走しながら、現場の課題に誠心誠意向き合って、なんとかしようと苦闘している。解決すべき問題点は一目瞭然で、課題解決の提言はあれこれと浮かぶ。戦略だ、何だという前に、まず目の前の課題を片付ける。フレームワークはいらない、使う場面もない。
だが、社長はその問題に気づかず、受け入れようとしない。必死に思う診断士の独り相撲だ。そんな状況の整理にフレームワークは思いの外役に立つ。社長の客観的目線を引き出し、活かしていく。経営陣だけでなく、現場の人間が気づいた課題解決にも使える。彼らにも現場目線だけでなく、経営目線が生まれる。
社長の仕事は、現場をしっかりと見据え、その現場で考え創造する事の出来るミドル・ローワーを育て、彼らが気づいた問題や課題を、大きな懐で受け止め、その解決の方策を「やってみなはれ」と言ってやる。企業の戦略は、進めながら時々に生まれる創発性を受け入れ、企業を再生させていくものであって欲しいと思う。
そういう組織を育てることで、アフターコロナの社会での、新たな立ち位置を得ることができるのではないかと、希望を込めて思う。フレームワークは誰が、どう用いるかによって極めて有用なものになるということだ。
中小企業診断士・MBA 横小路八重子
*1: 水野由香里著「戦略は組織の強さに従う」
*2: サントリーの創業者である鳥井信治郎の口癖。
*3: アルフレッド・チャンドラーの命題