【書評】キセキの軌跡 会社を倒産させず「再生」させる方法、教えます。
(中央支部)太田 眞彦 著
サンライズパブリッシング株式会社
2021 年 4 月 26 日発行/267 頁
1 , 650 円/ISBN 978 -4 -7829 – 0524 – 1
主要目次
プロローグ ノック・ザ・ドア
1章 社長の急死、そして株主もいなくなった
2章 温泉の水道が止められる⁉
3章 粉飾だらけの決算書
4章 経営者は踏んだり蹴ったり
5章 金融機関がいじめ?
6章 黒字化したのに銀行が会社を潰す⁉
エピローグ
エピローグ
著者紹 介
太田 眞彦(おおた まさひこ)
経営コンサルタント/事業再生コンサルタント/インキュベーションマネジャー/中小企業診断士/経営革新等認定支援機関
株式会社さあ頑張ろうぜ 代表取締役
銀行にて数多くの融資案件に関わったのち、マーケティング会社、コンサルティング会社にてマーケティングリサーチ、経営コンサルティングに携わる。事業再生ファンドの仕事を請け負った際、当時日本にはなかったマッキンゼー流の最先端の再生スキルを身につけたことを機に経営コンサルタントとして独立。特に事業再生分野に注力し、苦境に陥っている中小企業の立て直しに奔走。銀行や弁護士から「絶対に再生は無理」と言われた企業をいくつも立て直してきた。現在は、創業支援・スタートアップ支援にも力を入れている。
著書に、「芸能人の成功に学ぶマーケティング入門」(総合法令出版)、「地域型サービス業の成長戦略」(税務経理協会)、「地域密着型金融のための経営診断・経営支援」(税務経理協会)など
概要
- 事業再生コンサルタントが苦悩する経営者に寄り添い、経営者や社員とともに奮闘しながら倒産危機の会社を再生させた、実話をもとにした物語。事業再生の基本が理解できる解説も設けられている。
- 事業を立て直すためには、その会社の社長、社員といった現場で働く人たちが動かなければならに。社長や社員のお互いを思う気持ちや、会社に対する強い思いが、会社を立て直す上での大きな原動力となる。
- 会社や事業を再生させる上での重要なポイントは、以下の点である。
・誠実な人柄や真摯さ:社長や社員は、誠実な人柄で、仕事に対し真摯に取り組む姿勢が重要である。
・社長・社員間の相互信頼:お互いを思う気持ちや信頼感が、有事の際に一つにまとまり、大きなパワーとなる。
・ネガティブ情報の認識共有:特に幹部社員には、会社の実態を知ってもらうべく、悪い情報も共有し、一丸となって難局を乗り越えていくことを心がける。
・社長は数字に関心を持つ:経理担当や税理士に丸投げせず、数字に関心を持ち自らチェックする。
・支援者は社長の気持ちに寄り添う:相談者の思いを明確に引き出し、適切な対応策をアドバイスする。
- 本書では、経営者に役立つ事業再生の基本的な仕組みをいくつか解説している。以下に主なキーワードを示すが、法律や制度が一部変わっており、行動に移す際には信頼できるコンサルタントなどに相談されたい。
- 事業再生とは
- 事業再生の流れ
- リスケジュール(リスケ)
- 経営改善計画の作成
- 担保
- 第二会社方式
懸命に働く人たちへの応援メッセージ |
事業再生コンサルタントが、金融機関や他のコンサルタントから見放された会社を、経営者や従業員たちと協力して何とか立て直していく、という著者の実体験をもとに物語調に書き下ろされた本である。
事業を立て直すのはコンサルタントではなく、その会社の社長、社員といった現場で働く人たちが動かなければならない。会社を存続させていくために、従業員を守るために、社員には見えない場所で社長がどういう思いで行動してきたか。一方で、ふだん社長には言えない、感謝や敬意といった気持ちを社員が抱えていることもある。こうした思いが、会社を立て直していく上での大きな原動力になる。
本書は、会社の経営者や社員の皆様が混沌と不安が覆っているこの時代を乗り越え、希望の一歩を踏み出して欲しい、という思いで書かれたものである。
会社を再生させる重要なポイント |
1章から6章までの物語から、会社や事業を再生させる上での重要なポイントを読み解く。
● 社長や社員の誠実な人柄と仕事に対する真摯さ
まずは何といっても、社長や社員の誠実な人柄や、仕事に対し真摯に取り組む姿勢が重要である。
1章の不動産管理・仲介会社の事例では、新会社の社長候補となる専務が、社員の雇用を守り取引先に迷惑をかけないよう、事業継続を強く望んでいる。営業部長は、取引先との関係を大切に考えている。法的には取引先に対する旧会社の債務を新会社で引き継ぐ必要はないが、債務を承継することを約束した。こうした真摯な姿勢が、全従業員の同意と大半の取引先の賛同が得られ、新会社立ち上げの成功につながった。
2章・4章・6章の日帰り温泉施設の事例では、地域を元気にしたい・困っている人を助けたいという社長の純粋な気持ちや、幹部の代表である支配人の「温泉を守りたい・お客様や従業員を大切にしたい」という強い気持ちが、地元客に愛されることにつながってる。事業存続のためには、第二会社を設立してスポンサーから資金提供を受けるしかない状況に追い込まれた際に、「難航したスポンサー候補の資金調達出来たこと」、「社長が経営者責任と負担を一人で負い、第二会社で事業を承継することについて最終的に債権者である銀行の合意が得られたこと」も、日頃の真摯な姿勢が成功を導いたと言える。
5章のクリーニング店の事例では、社長の実直な性格や、工場長や幹部社員の仕事に取り組む真摯な姿勢、確かな技術や品質が、「社会になくてはならない存在だ」との評価につながり、事業存続のためには必須であったスポンサーの獲得にtながったのである。
● 社長・社員間の相互信頼
「社長は社員のことを思う。社員は口に出すことはなくとも社長に感謝の気持ちを抱く。こうした信頼感が、有事の際に一つにまとまり。「みんなでやってやろうではないか」、という大きなパワーとなる。
日帰り温泉施設の事例では、社長は「ポジションに関係なく、やる気のある人に仕事を任せてくれる」タイプで社員を信頼しており、やりたいことをやらせてもらった社員は社長に感謝の気持ちを抱いている。
クリーニング店の事例では、社長は2代目として求心力が乏しいものの、工場長や幹部社員の仕事に対する真摯な姿勢に敬意をはらっている。社員も口には出さないが、社長のこうした気持ちに感謝の気持ちを抱いている。
日頃からこのような関係を築くことが出来ているからこそ、ボトムアップで様々な改善提案が出され、実行に移されることで、業績の改善につながっていった。
l ネガティブ情報の認識共有
深刻な経営状況について、社員に伝えることを躊躇する経営者は多い。伝えることにより、いたずらに社員に不安を与えてしまうリスクもある。しかしながら、特に幹部社員には会社の実態を知ってもらい、認識共有の上、一丸となって取り組んでいくことが重要である。彼らの協力なしには難局を乗り越えることは困難である。
日帰り温泉施設の事例では、情報共有によってキーマンとなる支配人がリーダーシップを発揮して様々な改善に取り組み成果を出した。クリーニング店の事例では、社長に求心力が乏しい点を踏まえ、まずは工場長に実態を話し協力者になってもらい、社員に情報共有を図ることにより、社員一丸となって現場発の改善アイデアがたくさん出て、収益改善の実績につながっていった。
l 社長は数字に関心を持つ
数字に疎い・苦手という理由から、経理担当や担当税理士に丸投げし、数字に関心を持たない経営者も見られる。
第3章の英会話教室の事例では、担当税理士と前経理担当の癒着・横領に気がつかず、赤字決算・苦境の一因となってしまった。
日帰り温泉施設の事例では、社長が担保に差し入れしていたマンションを売却して会社の借入金の返済に充てた際、「保証債務履行の特例」が適用できたにも関わらず、税理士に丸投げして自ら情報収集をしなかったため、特例適用の機会を逃し、結果として多額の税金滞納が発生し、苦境に陥る一因となってしまった。
経理担当や税理士に任せきりにならず、自分でチェックすることが重要である。
l 社長の気持ちに寄り添う外部支援者
事業を再生させるためには社長や社員といった現場で働く人たちが動かなければならないが、同時にコンサルタントなどの外部支援者が相談者の気持ちに寄り添うことも重要である。
相談者のほとんどは、自分や事業をどうしたらよいのか明確にできていない。不動産管理・仲介会社の事例では、最初の依頼内容が「社長が急死した、会社を今までどおりに回していけるようにしたい、そのためには相談者である専務が社長になってもよい」であり、通常であれば相談者の希望通りにゴールを設定して支援を進めることが多い。しかしながら本ケースでは、会社は債務超過を抱え、多額の銀行借入を負っていることから、相談者個人に連帯保証人を要請される可能性が高いが、その過剰債務の一因は前社長の本業外の個人的な支出によることが判明した。コンサルタントは、「個人に多額の債務保証を負ってまで社長になる意志はあるか?」「個人で債務を負わなければ社長になって事業継続をする気持ちがあるか?」といった問いかけをし、新会社で従業員の雇用とお客様との取引基盤を維持し、事業継続の成功につながった。
事業再生の基本の解説 |
経営者に役立てていただける、本書のストーリーに関連する事業再生の基本的な仕組みをいくつか解説する。実体験をもとに書かれており、当時と現在で法律や制度が変わっている部分が一部あるため、実際に行動に移す際には、信頼できるコンサルタントなどに相談することをお勧めする。
① 事業再生とは
事業再生とは、企業が倒産状態に陥ったとき、経営を健全化させるために様々な施策を行い、事業を立て直すことである。企業が倒産すると、経営者が困るだけではなく、従業員は職を失い、取引先の売上にも影響が出て、場合によっては連鎖倒産してしまうこともある。倒産企業の債権を回収できない金融機関の負担もある。経営不振の会社が再建されれば、こうした負の連鎖を止めることができる。
事業再生の一般的な流れを見ていく。まずは、リストラをはじめとするコスト削減や、使っていない不動産などの遊休資産を売却にしてお金に換えるなどして、自力で再建を試みる。自力再建が不可能であれば、外部に協力を仰ぐことになる。借入金が重い企業であれば金融機関に返済猶予(リスケジュール)を依頼し、一定期間の資金を確保する。それでも立て直せない場合は、でも難しい場合は、第二会社を使った事業再生などの抜本的な手を打つ。
② 事業再生の流れ
重要なポイントは、資金が底をつく前に事業再生を実行することである。そのため、資金繰りが苦しくなった場合に早めに返済金を止めるなど、資金の確保策を行う必要がある。その上で、一般的には以下の流れで事業再生を行う。
- デューデリジェンス(DD)による実態把握:事業、財務、組織など様々な観点から分析し、企業の実態を正確に把握し、窮境要因に陥った原因を解明し、課題を抽出する。
- 再生方針の決定:その結果をもとに、再生可能性の見極め。可能な場合には自力再生ができるか、金融機関の協力が必要か、法的整理が必要かなどを判断する。
- 再生計画の作成:法的整理や支援機関を利用しない場合には、計数計画、具体的施策、実施計画などを盛り込んだ再生計画を作成する。
- 計画実行のために新たな資金導入が必要な場合には、スポンサーを探す。
- 計画書にそって事業再生を行い、関係者とともにモニタリングを行う。
③ リスケジュール(リスケ)
資金繰りに窮した場合、なんとか資金を確保する為、金融機関への返済猶予(リスケ)を要請する。本書事例の時代にはリスケはまだ一般的ではなかったが、今は一般的な手法になっており、制度も整って使いやすくなっている。
今は、できるだけ金融機関と協調して進めたほうがいい。リスケ交渉の際に提出する計画書は「経営改善計画書」と呼ばれる。交渉をスムーズに運ぶには、メインバンクとの合意を取り付けることが重要である。
④ 経営改善計画の作成
まずは、会社の実態把握が必要であり、企業の経営環境、事業内容などを精密に調査し、分析を行うヂューデリジェンス(DD)を行う。経営改善計画書作成のためには、財務DD、事業DDが中心となる。財務DDは、会社の財政状況、経営成績、資金繰りなどの財務状況について詳細に調査、粉飾調査も行う。計画に盛り込む基本的な構成は、【はじめに(現状・経緯・想いなどを経営者の言葉で記載)】【債務者概況表】【概要(課題・問題点、計画の基本方針、計画期間・改善目標等)】【ビジネスモデル俯瞰図】【資金実績表】【計数計画・具体的な施策】【実施計画】【中期計数計画】【返済計画、金融支援計画、金融機関別保全状況】といったところである。
3章の英会話教室では、大規模な粉飾決算があり実態把握が容易ではないと判断し、複数の専門家によるチームを組んだが、実際には費用が高額になってしまう。費用の2/3(上限200万円)を国が負担する制度もあり、うまく活用されたい。
⑤ 担保
担保とは、簡単にいうと、お金を返せなくなった場合に金融機関などが処分して返済に充てることができるもののことをいう。担保は大きく2つに分けて、物的担保(代表的なものとして不動産)と人的担保(個人保証)がある。
物的担保には、「質権」「根抵当権」「抵当権」があるが、このうち「根抵当権」「抵当権」は、担保物を債権者に預けず継続利用したまま担保に入れることで、代表的な不動産は不動産である。借入金が返済されない場合、債権者は担保である不動産を競売に出し、競売で売れた代金を自己の債権の返済に充当することができる(担保権の実行)。しかしながら、競売だと安く買いたたかれる傾向があるため、債権者は担保提供者に対し、競売にかけずに自らが任意で物件売却して債務を弁済するよう、強く迫ることが一般的に見られる。
経営者による連帯保証について、本書事例の当時は、社長個人を連帯保証人とすることが中小企業では当然であった。現在では、「経営者保証に関するガイドライン」ができ、その問題も相当程度改善されてきた。今後融資を受ける際には、ガイドラインの存在を把握し、必ずしも経営者が保証しなければならないことを念頭に入れ、交渉することを求む。
「保証債務の履行の特例」は、連帯保証人となった個人が本来の債務者の代わりに弁済(=保証債務の履行)した場合で、本来の債務者が支払えない結果として弁済したと認められる場合、救済措置として所得がなかったものとされる制度である。
⑥ 第二会社方式
「第二会社方式」は、財務状況が悪化している中小企業の収益性のある事業を事業譲渡などにより切り離し、他の事業者(第二会社)に承継させ、不採算部門は旧会社に残して特別清算等をすることにより、事業の再生を図る手法である。
債務がなくなった状況で新会社が黒字事業を承継するため、リスクが小さく、スポンサーの協力を得やすい。債権者側も、債権回収が困難になっている債権を、旧会社清算で税務上損金処理できる、というメリットがある。一方で債権者にとっては債権放棄になるため、裁判に行くこともあり、詐害行為取消権が認められれば新会社が旧会社の負債を負うこととなり、事業が立ち行かなくなるリスクもある。専門家の助言や、中小企業再生支援協議会等の公的機関と共に行うことが肝要である。。
新旧両会社が全くの無関係であることが必要で、旧会社の社長が新会社の社長になることは不可であり、温泉施設の事例で支配人が新会社社長に就任したのもそのためである。また許認可新規取得が必要であり、許認可が下りなかったり、下りるまで時間を要し空白期間が出来てしまうリスクに留意されたい。