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【書評】 グリーンイノベーションコンパス

現場視点で始める製造業のカーボンニュートラル実践

出版社:日本ビジネス出版
2023年 5月 31日発行/213 頁
1,980 円/ISBN978-4-905021-04-9

主要目次

Chapter1 カーボンニュートラルに取り組む必要性
Chapter2 グリーンイノベーションコンパスとは
Chapter3 正しく問題を提起する
Chapter4 有効な対策を立案する
Chapter5 継続的に実行・管理する
Chapter6 組織力・人材力強化

【著者】

江口 正芳 [エグチ マサヨシ]
株式会社ITID
早稲田大学大学院 理工学研究科修了、大手医療機器メーカーにて新製品企画・開発者として、コスト半減設計、新市場開拓、海外工場立上げなどに従事した後、ITIDに参画。「企業と地球の課題解決」を自身の使命と捉え、脱炭素経営支援、カーボンニュートラル実現に向けた業務プロセス改善、企業向け講演など、経営から現場まで、様々な業界の環境コンサルティングを実施。企業だけでなく、自治体や研究機関への支援も行っている。他に、経営戦略策定、管理会計、製品原価管理、品質問題未然防止などのコンサルティング、セミナー講師としても活躍中。NHK製品開発特集番組にも出演。
<資格>米国公認管理会計士(USCMA)、中小企業診断士
(上記は本書刊行時の情報)

【概要】                      

  • 製造業がカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにすること)の実現を推進するため、企画・開発・生産などの現場視点で実践方法が示された書籍。
  • 著者が行ってきた脱炭素経営化への支援を通じて支援先の課題における共通点を整理し、課題解決のためのソリューションとして「グリーンイノベーションコンパス」というフレームワークにまとめたもの。経営から現場のそれぞれの視点において、また、開発現場や生産現場など異なる部門間においての足並みの揃え方についても示されている。
  • カーボンニュートラルに取り組む必要性としては、温暖化による平均気温の上昇傾向やそれに伴う気象災害、国際機関による警鐘を踏まえ、世界各国の削減目標や政策、そして日本の目標と政策が説明されている。単なる義務や負担と捉えるのではなく、エシカル消費を指向する消費者への訴求や先進的な企業の取り組み、若手を中心に従業員の環境意識の高まりや投資家のESG(Environment(環境)、Social(社会)、Governance)観点重視など、多様なステークホルダーからも注目を集めるものであり、むしろこれからの企業価値を高める取り組みであることを示唆している。
  • 経営層から現場部門まで、カーボンニュートラルへの意識の高まりは広がりつつあるが、その一方で、打ち手に困る、見せかけだけの改善にとどまっているのでは、という懸念も挙がっている。
  • 製造業では、以前から品質改善やコスト削減にあたり、組織全体でプロセスを見直し教育に力を入れて実現させてきた歴史がある。これをカーボンニュートラル実現にも当てはめ、組織価値を高める「プロセス改善」「ツール整備」「組織力・人材力強化」の3つの観点で「グリーンイノベーションコンパス」を体系化している。
  • プロセス改善は、「正しく問題を把握する」「有効な対策を立案する」「継続的に実行・管理する」の3段階に整理されている。
  • 「正しく問題を把握する」段階では、まずサプライチェーン全体を捉え、目的に応じた精度の算出方法を用いる。以下のようなポイントが示されている。
    ・温室効果ガス排出量の算定対象については、事業者自身の「直接排出」「間接排出」だけではなく、「他社の排出(サプライヤーやその二次請け、サプライヤーが仕入れた原料など)」も対象とされている。これは、事業者が外部調達した部品や資材・資源に対しても責任を持つ必要があることを意味する。
    ・算出方法はいくつか方法があり、精度を高めようとするとそれだけ労力・コストもかかるため、目的に応じた算出方法を選択する。精度は活動量の測定方法で異なるもので、計算自体は「活動量×排出原単位」が基本式となり、排出原単位は環境省が公表しているデータを用いることができる。
    ・製品の企画・設計段階で排出量がほぼ決まるため、原材料の平均的な歩留まり率や排出原単位を用いることで算出できる。排出原単位テーブルの作成・整備手順についても「工程ばらし」→「工程と設計請元の関係整理」→「データの取得」→「重回帰分析」と具体的に示されている。
    ・具体的に算出削減の検討を行う目的であれば、精度を高める必要があり、サプライヤーごとに排出量を確認して積み上げることが望ましい。製品別排出量は、製品CFP(カーボンフットプリント)とも呼ばれ、これを開示することで買い手が温室効果ガス排出量を考慮して購入することができる。
    ・工程ごとの排出量を分析するには、各プロセスにおけるマテリアルやエネルギーの流れを図示した「マテリアルフロー図」を使うのが有効である。
    ・1台の製品に直接影響しない項目も算定する。生産ラインに乗せる前の製品企画や研究開発の活動が多い企業であれば特に、研究や試作工程といったエンジニアリングチェーンも考慮して算出することが望ましい。
    ・生産した製品が実際にどう使われているのか、も排出量算定に影響する。詳細なデータ収集のため、利用頻度の調査や測定センサを製品に設置、といった方法が実際に用いられている。
    ・シナリオ分析で事業インパクトを確認し、温室効果ガスの排出量削減のロードマップを設定し、現場目標を策定する。利益目標と排出量削減目標・評価体系とも組み合わせること、各現場部門のKPIに落とし込むことが最重要である。
  • 「有効な対策を立案する」では、以下の対策方針を示している。
    [削減方法の検討と投資意思決定]:排出量低減の基本方針としては、省エネの促進、再生可能エネルギーの導入、電化の促進の3つの方向性で考える。各工程・担当部署ごとに排出量削減を考えるが、すぐに気が付くものだけではなく、様々なアイデア発想で新製品開発・改良や工程改善、物流改善を図る。再生可能エネルギーの利活用やカーボンオフセットの利用も選択肢に入る。それぞれの試作に対しては、費用対効果を比較検討し、実行の優先度を検討して意思決定する。
    [サーキュラーエコノミー]:循環型経済と呼ばれる経済システムのことで、リサイクルや再利用を前提に製品・サービスを設計することで新たな資源の消費量抑制、部品・製品の生産量抑制の実現を図るものである。リサイクルだけではなく、製品利用の長期化を図るアップグレードサービスやシェアリングエコノミー、サービス型としての製品提供、パーツの回収・再利用を前提とした商流形成も含まれる。環境負荷低減に貢献するほか、工夫次第でユーザーにも好まれやすく製品価値向上にも寄与する。
    [気候関連の新たな事業創出]:温暖化問題は大きな社会的課題であり、エネルギー共有や自然災害対応といったニーズはこれまで以上に顕著になると予想される。これをビジネスチャンスと捉え、社会のニーズと事業者が持つシーズ(技術面の強み・独自性)とを組み合わせて検討することで、新たな事業を生み出すことも有効である。
  • 「継続的に実行・管理する」ためには、PDCAサイクル推進が必要である。管理者の設置や定期的なモニタリング、排出原単位データベースの最新版適用、製品CFP管理などを行う。デジタル技術を活用し、専用の管理ツールを導入することが望ましい。排出量やその削減対応については、社外に開示することで投資家や消費者に対して企業ブランディングを図ることができる。

l 製造業の現場部門に向けた指南書

日本では、2050年までにカーボンニュートラルを実現することを目標と掲げ、グリーン成長戦略を打ち出している。洋上風力・太陽光・地熱など成長が見込まれる14の重点分野を定め、この分野のイノベーションを促進するための2兆円の投資カーボンニュートラルに向けた投資促進税制などを進めるとしている。地方自治体でも、2050年までにゼロカーボンを目指すと表明した自治体(ゼロカーボンシティ)は2023年3月時点で934自治体にのぼり、政府も地方自治体の取り組みを定めた地域脱炭素ロードマップを発表し、先行地域での取り組みが始まっている。本書は、カーボンニュートラル実現の主役となるべき製造業において、企画・開発・生産などの各部門が自部署のオペレーション課題ととらえ、アクションプランに落とし込むための実践方法が示された指南書として書かれている。
企業によっては、上辺だけ環境に配慮しているように見せかける「グリーンウオッシュ」が疑われることもある。そうした疑いがもたれると、不買運動や株価下落、訴訟問題に発展するリスクもある。本書では、温室効果ガス排出量の算出範囲や方法について、製品別や工程別、など多様な観点で詳しく示されている。大変な取り組みではあるがそれだけ企業側が真摯に取り組む必要性が高まっていることを示すものと言えるであろう。大企業のサプライヤーを担う中小企業の製造業にとっても、大企業からの要望にある背景を理解し、積極的に情報開示することがますます求められる。取り組み事例や図表も豊富であるため、実践する中で都度読み返して活用できる内容となっている。

l カーボンニュートラル実現の重要なポイント

現場視点で製造業のカーボンニュートラルのプロセスを整備し、実践するための重要なポイントを読み解く。

● 経営と現場の良好な意思疎通

カーボンニュートラル実現の課題は、投資・融資やサプライチェーン継続、従業員の雇用にも影響を及ぼすようになり、経営層や経営企画部門・環境部門が先行して対策を考えてきた。ただ、実際に製造業が排出量削減に取り組むには、製造に直接かかわる現場部門が目標設定し行動していくことが不可欠である。また、各部門が排出量を算定した結果から、経営層は削減に取り組む製品・プロセスについて優先順位をつけて進めていく。排出量削減のための業務改善、さらにはサーキュラーエコノミー型のビジネスモデル創出や気候に関する新規事業創出を行うには、現場部門の適切かつ正確な報告・提案と、経営層による意思決定・投資判断との両輪が揃う必要がある。

● 各部門の協力と連携

製造業のプロセスにおいては、現場部門がそれぞれの担当の中で排出量削減の取り組みを工夫する必要がある。例えば、生産部門では作業時の電力量を下げる、設備の稼働時間を短縮するなどの打ち手を考える。開発部門では、そもそも加工の工程を減らしたり、1工程で複数の部品を生産したりすることを検討する。企画部門では実際の試作は減らしてITを活用し端末上でシミュレーションすることで製品企画を進める。間接部門でも、社有車購入を減らしレンタカー利用にする、出張の人数や頻度を最小限にする、といった対策が行える。「継続的に実行・管理する」フェーズでも、各部門の担当者が集まって膝詰めで課題解決を建設的に話し合う場をもつことが有用とされている。

● 排出量低減に向けたアイデア発想

製品改良策や工程改善策を検討する際、他社事例など外部情報も有効ではあるが、工程や設備は企業ごとに異なる。自社ならでは、の効果的な改良・改善を考えるには、アイデア発想が有効とされる。本書では、FA法(Function Analogy 機能類似法)が紹介されている。製品に求められる機能を目的と手段の関係で整理し、各機能とFA法の17の視点による問いかけを組み合わせて考え、いわば強制的に発想の転換を促すことができる。こうしたアイデア発想は、ワークショップ形式で行うことが有効で、参加者が活発に発言することを意識し出てきたアイデアは否定しないことが大事である。アイデア創出だけではなく、従業員の意識改革にも有効である。

● 自社のシーズ把握

製造業はその技術力が最大の経営資源といえる。カーボンニュートラル実現においても、保有技術(シーズ)を活かす子が重要であり、そのためには、技術を具体的に棚卸する必要がある。技術の特長、機能、効能(価値)、効能を発揮する場面や用途、進化の方向性、模倣困難性(特許や参入障壁)などを整理していく。大きさ・重さ・耐久性などを「効能」や「場面・用途」まで落とし込むことで今後当てはまるニーズを広範囲に考えやすくなる。別の技術で代替されることが無いか、他社が簡単に模倣できないか、と言った観点でも技術の価値を評価する。こうした技術が社内で認識されていると、前述のアイデア発想でも自社技術の活用や、技術進化の方向性まで深めてアイデア出しをすることができる。

● 脱炭素の取り組みや排出量の開示

投資家や取引先、ユーザー、従業員や採用候補者など多様なステークホルダーから、環境対策への力の入れ具合が注目されているため、積極的に情報開示をしていくことが望ましい。その際、ステークホルダーにとってわかりやすい形と、伝わりやすい発信の仕方を考える必要がある。仏ダノン社では、1株当たり利益(EPS)に温室効果ガス排出量1トン当たりの排出コストを計算して「1株当たり炭素調整後利益」を導出し2019年から公開している。企業活動が環境や社会にもたらすプラスやマイナスの影響(インパクト)を貨幣価値に関する、インパクト加重会計にも注目が集まっており、LIME2などの環境影響を金額で表す手法を採用する企業もある。金融機関や投資家向けには統合報告書や環境報告書の開示が有効であるが、一般消費者に対しては商品パッケージや宣伝広告に製品CFPを記載する、入社希望者には就職説明会で人事担当者から説明する、といった発信が必要である。

● 人材の教育や動機付け

温室効果ガス排出量削減の取り組み計画を実行するのは人であり、組織力と人材力の強化が欠かせない。人材力とは、個々人の知識、スキル、行動特性などを指す。組織力は、組織文化の醸成やチームビルディングなどを通じて、個々人が組織としてまとまった力としている。カーボンニュートラルへの意識を高めるところから始める企業では、例えば製品CFPの算定方法を構築する活動から取り組み始めることで意識が変わり、算出結果を目の当たりにすることでその削減目標が自分ゴト化される。EVシフトなど、環境配慮型の製品開発や改善につながるスキル習得を促進することも重要である。環境関係の目標と評価制度を連動させる企業も増えつつあり、組織全体の目標として捉え、社内外の関係者と協力してグリーンイノベーションを進める体制を構築することが要となる。

l 本書で使われる用語の説明

本書では、カーボンニュートラルを実践するための考え方や手法に関する用語が随所に使われている。多くの用語は丁寧に解説されているが、学び始めた方には馴染みにくい用語も含まれているため、重要な用語については以下の通り補足説明する。

① シナリオ分析

環境省のHPではシナリオ分析について以下のように説明されている。
『シナリオ分析とは、地球温暖化や気候変動そのものの影響や、気候変動に関する長期的な政策動向による事業環境の変化等にはどのようなものがあるかを予想し、そうした変化が自社の事業や経営にどのような影響を及ぼしうるかを検討するための手法です。不確実性の多い世の中において、これまでの事業の前提が大きく変わってしまう場合の事業影響を検討するために利用します。』
https://www.env.go.jp/policy/j-hiroba/kigyo/2-08_kaisetusyo_senryaku%28shinariobunseki%29_190411.pdf
本書では、環境省が公表している『TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド~』が紹介されている。2023年8月時点では、以下の「2022年度版」が最新である。
https://www.env.go.jp/content/000120595.pdf

② GHG効率

GHGは温室効果ガス(Greenhouse Gas)の略で、GHG効率は、「提供価値÷温室効果ガス排出量」で示される。提供価値を考慮しながら温室効果ガス排出量目標を管理するための有用な指標として紹介されている。企業レベルであれば提供価値は売上高、営業利益、付加価値額、生産量などを用いることができる。製品レベルであれば、提供価値は製品・サービスの便益と読み替えることができる。このように、分母を環境負荷、分子を提供価値とした効率指標を環境効率と呼び、GHGは環境効率の一つである。ただし、「提供価値を高めさえすれば排出量を削減しなくてもよい」という誤解を防ぐため、環境効率だけを目標としてしまうことは避けなければならない。

③ インターナルカーボンプライシング(ICP)

企業内部で独自に設定、使用する炭素価格。この仕組みを機能させるには、価格のほか、活用方法や運用方法まで定める必要がある。本書では、目的の明確化、ステークホルダー要求とICP要件の整理、外部炭素価格や他社動向調査、活用方法・価格の検討、運用方法の検討、と言った手順が説明されている。

④ ティアダウン

競合製品を分解・分析することで、次の製品開発の品質向上やコスト削減の参考のために用いられるが、環境に配慮する観点でも有効である。他業界製品のティアダウンからも、環境配慮型設計の理解を深めることができる。

⑤グリーンリスキリング

ビジネスの大きな変化に適応するために学び直し、新たな事業環境に求められるスキルや知識を身に着けることをリスキリングとよび、昨今注目を集めている。環境戦略やカーボンニュートラル実現戦略実行に必要な個々人のスキルをグリーンスキルとよび、そうしたグリーンスキルを製品開発や改良のために学び直すことを「グリーンリスキリング」と呼ぶ。政府の政策でもリスキリング支援に力を入れており、グリーン分野を含む成長分野への労働移動を促進するなど「人への投資」を打ち出している。求められるスキルや今後不要になるスキルを整理し、自社内メンバーの既存スキル・習得すべきスキルをマップのように一覧化していくと管理しやすくなる。外部研修や、ティアダウンなどを用いた設計スキル向上など、社内外の学びの機会を活用していく。

評者:東京都中小企業診断士協会中央支部 田口 愛味子

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